Double Gardener

(財閥当主エレン・イェーガーは双子である)




白い廊下の角、影が覗いた瞬間に撃ち込む。
綿密な計算の上に発射された銃弾は床にめり込むこと無く跳ね返り、襲撃者を撃ち抜いた。
「もうひとり!」
跳弾を警戒する別位置には、通常軌道の弾丸をお見舞いだ。
「よっし、これでノルマまであと4人!」
屋敷内を縦横に巡るサーモグラフィを目視し、ハンジは即座に走り出した。
「ミケ、そっちは?」
無線に問い掛ければ、あと2人といつも通りの声音が返る。
「うわ、はっや! なに、今回はうちの分隊不調なの?」
『お前のところに居ないだけじゃないか?』
「あはっ、そうかも…」
廊下の先に掠めた影、左足を踏ん張り右の廊下へ飛び込む。
「ねっ!」
受け身で即座に銃身を立て、撃つ。
廊下の先の影が、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「うっし、西1Fは終わったよ!」

容赦ない銃撃が、オルオとペトラ両名斜め前方の壁に穴を量産していく。
「もう、爆薬使えないとかめんどくさいったら!」
「しゃーねーだろ! 前に屋敷吹っ飛ばしてこってり絞られたんだからな!」
マガジンを入れ換えながら、オルオは天井を見上げた。
「…ペトラ、上行けるか?」
同じく天井を見上げて、察したペトラは壁をガツンとひと蹴り。
蹴った箇所がガコンと開き、ライトマシンガン4丁と予備のマガジンが現れる。
左手にそのライトマシンガンを構え、ペトラはにっこりと笑った。
「誰に言っているのかしら?」
天井に向けた彼女の右腕の先からワイヤーが発射され、吊られたシャンデリアに絡まる。
同時にギュル、と腰部にある装置が唸り声を上げると、ペトラの身体がふっと上へ消えた。
「手前は頼んだわよ、オルオ!」
小柄な彼女の身体が次のシャンデリアへ移り、灯りの一部が落下する。
「ハッ、誰に言ってやがる!」
ガシャアン! という音を合図に、オルオは銃弾の嵐の途切れた曲がり角へ飛び出す。
もちろん、その手には新たなライトマシンガン。
見舞った銃弾でも倒れない、そんなラッキーさんには上からの銃撃を。
2分もすれば、すっかり蜂の巣の廊下はオルオとペトラ以外に誰も立ってはいなかった。
「3F東の殲滅、完了しました」

今回のルールは2つ。
『銃器以外は使用禁止』
『敵方のターゲットたる人物の部屋には、他に1人しか置けない』
エルヴィンは素早く屋敷全体のリアルタイム投影図を確認し、敵戦力の状況に目を眇めた。
「リヴァイ、そろそろだ」

無線連絡を受け取り、リヴァイはちらりと自身の後ろを見遣る。
黒檀で誂えられた美しい執務机に、かったるいという感情を隠さず机と仲良くする青年の姿があった。
「俺も参加したい」
「阿呆か」
今日出来そうな業務処理は、すべて終わらせてしまった。
PCは壊されると面倒なので、安全そうな所へ仕舞ってしまった。
まあつまり、やることがない。
リヴァイに一分の隙もなく却下され、エレンはむぅとむくれた。

「勝てるなら、文句ないですけど」

呟いて顔を上げる。
…刹那、ピリと空気が張り詰めた。
無言で銃を構えたリヴァイが、北側の扉へ3発撃ち放つ。
無論扉は閉じたままで、かつかなりの厚さがある。
だが彼の愛銃はいわゆるマグナム弾を使用するものであり、弾丸は易々と向こう側へと突き抜けた。
当然、突き抜けたのは扉だけではないが。
扉の錠を外し蹴り開ければ、まごうこと無き死体が幾つか。
「チッ、汚ねえ鼠が」
舌打ちした彼は愛銃をホルスターへ仕舞い、右足でガン! と床を打ち付ける。
すると嵌め板が跳ね上がり、連射の効くアサルトライフルが2丁飛び出した。
両の手にしたアサルトライフルを肩に、リヴァイは東側の扉へ向かう。
彼はそこでちらりとエレンを見た。
「エレンよ、耳は塞いでおけ」
「はぁい」
気の抜けた返事をしながら、エレンは両手で耳を塞ぐ。

東側の扉が開かれる前に押し開けると、襲撃者に一瞬の硬直が生まれた。
…開かないと思っていた扉が勝手に開いたことへの、驚きが殺意を阻害する。
アサルトライフルはその間に前面を一巡し、弾切れの前に一掃してしまった。
しかしリヴァイは眉を寄せる。
(足りねえ)
訊いていた数と合わない。

ここは2Fの中央に位置する部屋だ。
階段は両側…部屋を2つ挟んだ箇所にそれぞれ1箇所ずつ。
天井と下階から、直接侵入可能な経路はない。
(あるとすれば…)
リヴァイはハッと目を見開き、執務室を振り返る。
「エレン!!」
ガッシャァーン! と耳を劈く高い音、バラバラと降り注ぐ硝子片。
…執務机にエレンの姿は無い。
嵌め込み窓から侵入した者たちは、目標地点に目当ての人物が見当たらぬことで反応が遅れた。

「ここがあんたらのGoal、そしてEnd point」

吹き出る赤。
崩れ落ちた先にある金は、獲物を狙う肉食獣。
美しい銃身を持つ装飾銃が、ちろちろと煙を吐いていた。

エレンは熱を持つ愛銃をひと撫でし、は、と息を吐く。
「…何で負けるんだよ」
ジャケットの内ポケットで、着信音がした。
エレンは着信を告げるスマートフォンを無視し、自分が殺した人間の身体を乗り越える。
靴がピチャンと血を撥ね、替えないとなあ、なんて考えた。
「ねえ、リヴァイさん」
死体と血を乗り越えて近づいてくるエレンを、リヴァイは微動だにせず見つめていた。

パシン!

乾いた音と共に、右の頬にピリリとした痛みが走る。
「今回は、どう考えてもリヴァイさんの手落ちですよね」
貴方だけって訳でもないですけど。
エレンはリヴァイの頬を叩いた左手を軽く握り、掌の痺れをやり過ごした。
そうして着信を告げ続けるスマホを取り出して、一言。
「出てきても良いけど、血で汚れるぞ」
程なく、後ろでカタンと音がした。

「ちょっ、うわ?! 死体くらい避けろよ!」

エレンとそっくり同じ声が執務机の下から発せられ、机下の羽目板が持ち上がる。
勢い良く裏返された羽目板は血の海に突っ込み、盛大に撥ねた血にまたうわっと声が上がった。
血に触れないよう極力注意を払って、彼はこちらへやって来る。
その両手はエレンに後ろから抱き着くように回され、彼の肩口から瓜二つの顔が笑う。

「今回は、俺たちの勝ち」

エレンとまったく同じ顔姿をした青年は、やはり名前を『エレン』という。
違うのは眼の色が翠であることのみで、身内以外が見分けることはほぼ不可能だ。
リヴァイは不愉快げに舌打つが、否定はしない。
「…ああ。てめえらの勝ちだ」
やった! と翠眼のエレンが笑う。
その笑みは、にぃと揶揄するように吊り上がった。
「ざーんねん。エレンがせっかく準備してたのに」
「準備?」
「レン、黙れよ」
エレンがその口を塞ごうとすると、"レン"と呼ばれた翠眼のエレンはムッと眉を寄せる。
「何でだよ!」
黙っとく理由もねーだろ!
「おや、喧嘩中かな?」
指令室に居たエルヴィンがやって来た。
彼の言に、"レン"はエレンに抱き着く力を僅かだけ強める。
「喧嘩じゃないです」
次の土曜日、何の日か覚えてます?
「次の土曜…?」
リヴァイだけでなくエルヴィンも首を傾げ、"レン"は困ったように笑った。
「2人共覚えてないんですか? エルヴィンさんたちのチームが、うちに正式に雇われた日ですよ」
言われてみれば。
リヴァイとエルヴィンは顔を見合わせた。
観念したように、エレンが目を逸らしたまま口を開く。

「…5年目になるから、皆にお礼するのも良いかと思って」

リヴァイは咄嗟に、口を突こうとした言葉を呑み込んだ。
それはおそらくエルヴィンも同様で、彼は別の言葉に取り替えるという器用な真似を見せた。
「…負けは負けだ。2日後から10日間、エレンは君たちに預けるよ」
さらに次の90日間、『表』に出るのは君だ。
"レン"は頷き、エレンを抱き締める腕を外し彼の左手を取った。
「着替えようぜ、エレン。すげー血の匂い」
即され、エレンはようやく肩の力を抜いた。
「屋敷の修復手配は任せます。次の屋敷は西方面が良いです」
エルヴィンに向けて告げられた指示は、いつもと変わらない。
彼が首肯したことを確認して執務室を出る直前、エレンはちらりとリヴァイを見た。
「じゃあ、リヴァイさん。また後で」
「…ああ」

ぱたぱたと駆けていった、2人のエレンの気配が消える。
リヴァイは舌打ちと共に手近の壁を殴り付けた。
「壁に当たるな、リヴァイ」
エルヴィンの苦笑は、神経を逆撫でするだけだ。
明らかな手落ちは理解している、ゆえに怒りの行き場がなかった。
「…チッ」
何度目かの舌打ちで、何とか怒りを胸の内に納める。
足音はないが、気配が幾つかこちらへやって来た。
「うぅーん、ちょっと気が緩んでたかなあ…私も」
すでに弾倉が空になったピストルをくるくると回し、ハンジは肩を落とす。
「ねえミケ、そっちはもうデータ取り終わった?」
「いや、まだ集計中だ」
ハンジが来たのとは反対側から、ミケが直属の班員たちを連れて現れた。
先程から押し黙ったままのリヴァイを不思議に思ったハンジは、彼の顔を覗き込んで眉を下げる。
「あぁー…リヴァイ、怒られた?」
「…うるせえ」
常なら揶揄いに走る彼女も、リヴァイの右頬が赤くなっているのを見て追及を止めた。
自分の両頬をパチンと両手で叩くと、ハンジは気持ちを入れ替える。
「今回は私たちの敗けだ。引き継ぎの準備に入るよ!」
結果は覆らない。
ならば、為すべきことをするべきだ。
リヴァイもまた溜め息をひとつ、己の班員へと無線通信を入れた。



弱冠二十歳にして、各財界に絶大な影響力を持つ青年が居る。
名はエレン・イェーガー。
兼ねてから名の知れていたイェーガー家の4代目当主にして、その地位を不動のものとした逸材。
彼の周囲を固める人材もまた食わせものばかりで、当主と直接会話する機会を得られる者は少ない。
そうして正式に当主エレン・イェーガーと言葉を交わした数少ない者たちは、称賛を込めてこう言う。
『彼はバケモノだ』と。



エレンが"レン"と自室へ戻ってくると、そこにはすでに幼馴染みたちがスタンバイしていた。
血の色を白いシャツに染み込ませたエレンに、ミカサが眉を顰める。
「エレンが穢れる…早く脱いで」
「…お前、女なんだからせめて後ろ向け」
ミカサが渋々とこちらへ背を向けたことを確認してから、エレンはシャツを脱ぎ捨てた。
「なあアルミン、ベルトルト居るか?」
「ん? 確か昨日戻ってきたはずだよ。どうかした?」
エレンが手を伸ばすより先に、"レン"が彼の愛銃をホルスターごと外しアルミンへ手渡す。
「…よく判ったな」
エレンが"レン"へ首を傾げれば、彼はそっくり同じ笑みを寄越した。
「撃った後、何か微妙な顔してたし」
その通りだ。
「何かよく解んねぇけど、違和感があるんだ」
アルミンは頷く。
「分かった。渡しておくよ」
「おう、頼んだ」
着替え終えたエレンが手を差し出せば、"レン"は迷いなくその手を握る。
「お前はどこ行きたい?」
「決めてないけど、トルコとか? 地中海で遊びたい」
「あったかそうだな」
彼らが向かう先は、屋敷の1Fにある図書室だ。
アルミンは楽しそうな2人に笑みを浮かべ、ミカサを振り返った。
「僕はベルトルトに会ったら、ジャンと一緒にエルヴィンさんのとこに行くから。
ミカサ、エレンたちと一緒にいてくれるかい?」
「もちろん」
彼らの後を追い掛けて行ったミカサを見送り、アルミンはエレンの部屋のクローゼットを開く。
片開きの扉の内、表が全面鏡となっているものを開ければ、そこにあるのは服ではなく通路。
迷うことなく隠し通路へ足を踏み入れ、アルミンもまた部屋を後にした。



エレン・イェーガーは一卵性双生児である。
しかしその事実は公然と伏せられ葬られ、『エレン・イェーガー』はひとりとなった。
…金と翠のオッドアイ、時に獣のように強く、時に朧月のように儚い青年。
それが、世間の知るエレン・イェーガーである。
彼は気分により、オッドアイを金か翠のコンタクトで隠す。
眼の色で受ける印象の違いは、まるで盲信のような信者を増やす要因となった。
特に年若い経営者や、名のある者を父母に持つ二世に受けが良い。

誰も、『エレン』が金眼のひとりと翠眼のひとりの2人であるなんて、思わない。

会議やパーティーに出席するのは、どちらか片方。
だがピアスに仕込んだ集音機を通して、もう片方も遣り取りをすべて聞いている。
ボディーガードの面子はあらゆる観点で吟味して組まれるため、偏りもない。
普段はリヴァイたちが金眼のエレンを、エレンと同年代の者たちが翠眼のエレンの警護に就いている。

2人のエレンは、3ヶ月ごとにある"勝負"をする。
そして勝った方は表舞台へ、負けた方は表から決して見えないように姿を隠す。
勝負の方法は簡単。
そのとき表に出ている護衛チームが、姿を隠した側の面々が計画に加担した襲撃者たちから、『エレン』を守れるか否か。
"守る"のは当たり前なので、正確には『エレン』に武器を抜かせることなく襲撃者をすべて始末出来るか、である。



引き継ぎと行き先を決め、スケジュールも大体の目測が定まった。
金の眼をしたエレンは襲撃による被害を免れた自室へ戻り、広いベッドへドサリとダイブする。
…羽毛布団が、自分の体重で沈み込む。
ふっ、と吐いた息は重く、まだ胸の内で消化出来ていないのだともう一度息を吐いた。

「エレン、入るぞ」
ノック音、次いでドアの開かれる音。
エレンはベッドに垂直になっていた身体をもそりと動かし、身を起こした。
「…リヴァイさん」
音を立てずに扉と鍵を締めたリヴァイは、真っ直ぐにエレンの元へやって来る。
「エレン」
即すように名を呼ばれても、顔は上げなかった。
…子供っぽいと思われたって、まだもやもやしているのだから仕方がない。
するとそろり、と硬い指先がエレンの頬に触れた。
両手が頬を包み込み、俯けていた顔がくいと持ち上げられる。
強制的に上向かされたエレンの間近には、狼を思い起こさせる銀灰色があった。
瞬きを、ひとつ。

「エレン。…悪かった」

真摯に告げられてしまえば、もう強情でなんかいられない。
リヴァイの襟首を掴み、引き寄せた胸に顔を埋めた。
「っ、ほんとですよ。リヴァイさんのバカ…っ!」
翠の眼をしたエレンとの勝負、護衛対象であるエレンは2人とも手が出せない。
それに、負けて欲しくない理由があったとしても、言って結果が変わるようでは駄目なのだ。
『エレン』がいつ、どこで、どのような襲撃に遭うか。
そこに特別な理由など無いのだから。

泣いてはいないが、限りなくそれに近い。
拗ねて胸元に懐くエレンの顔にまた両手を添えて、リヴァイは顔を上げさせると額にひとつ口づけた。
「エレンよ、機嫌を直せ」
「…無理です」
エレンはそんな簡単な性格をしていない。
知っている癖にそう聞いて来るのだから、リヴァイも質(タチ)が悪いのだ。
「んっ…」
やんわりと口づけられて、耳許から項へゆるりと手が下る。
「ふ、…んん」
拒まぬ内に少しずつ口づけは深まり、エレンの身体はぽすり、とベッドに押し倒された。
「んぅ、ふ…ぁ、は…」
自分のものではない舌先が上顎から歯列をなぞり、ゾクゾクとしたものが身の内から上がってくる。
ようやく唇を離された頃には、絡め取られていた舌先が痺れて、熱い。

心無しか先程よりも温度の高い掌が、エレンの頬を撫でる。
「機嫌が直らねえって云うなら、」
微かに柔く緩められたリヴァイの目元が、笑った。

「明日中使って、どろどろに甘やかしてやる」

エレンは金色の眼をうっそりと細め、唇に弧を描かせた。
「やってみてください」
受けて立ちますから。

次の口づけは、もっとずっと深く。
--- Double Gardener end.

2014.2.10

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