That's peace!

(リア充爆発しろ!)




「ねえリヴァイさん。俺、あそこで飯食いたいです!」

平日の昼下がり。
早くも春休みに入ったエレンは、"仕事も一段落したんだから休みなさい"と上司に諭され有給を取ったリヴァイと出掛けていた。
平日に共に遊びに出掛けるなど、一体いつぶりだろうか?
はしゃいでいることが一目で分かるエレンに、リヴァイも偶には悪くないと付き合ってやっている。
エレンが向かう先はティーンズ向けの服屋であったりゲーセンであったり、世代が1つも2つも違うリヴァイには新鮮だ。
そうして気づけば昼も過ぎ、冒頭のエレンの言葉である。

エレンが指差した店は、全国チェーンで大抵の人間が知っているファーストフード店。
こんなものより美味いものなど幾らもあるというのに、とリヴァイの眉間には皺が寄る。
「…ダメ、ですか?」
「……」
リヴァイよりも背の高いエレンは、首を傾げてこちらを覗き込んできた。
困ったように眉尻を下げ、その大きな目でじっとリヴァイを見つめる。

 どうする? ア◯フル〜♪

ひと昔前のCMキャッチコピーが流れた。
もちろん、リヴァイの脳内で。

読者の皆様はお分かりであろうが、この時点でもう負けである。
リヴァイは吐きそうになった溜め息を言葉に塗り替えた。
「…チッ、まあ良い」
「やたっ!」
小さくガッツポーズを決めたエレンは、嬉々として店舗へ入っていく。
(畜生、はしゃぎやがって…クソ可愛いな)
やはりリヴァイの負けは決定的である。



ところ変わって、エレンとリヴァイが入った店舗の2F。
2人掛けのテーブル席にて、リコが資格試験の参考書と格闘していた。
久々の有給休暇を取った彼女は、買い物がてら勉強場所を探してここに落ち着いたのである。
程よい騒がしさと安くてそこそこ美味いコーヒーは、中々のコンビだ。
誤算とするなら、春休みという概念をすっかり忘れていたことだろうか。
平日だというのに学生のグループが多く、騒がしさが騒音に近い。
ふう、と参考書から顔を上げ、コーヒーを飲む。
「…?」
何やら、騒がしさのパターンが変わった。

「ちょっ、やっべぇwww」
「えっ、何あれ2.5次元?」
「写メりてぇんだけど…」
「よせ、絶対死ぬ!」

「ちょっ、イケメンwwwがwww」
「ふたりも!!」
「写メ写メ写メ写メ」

リコに聞き取れたのは、空きを挟んだ4人掛けテーブルの男子高校生らしいグループの会話。
それから、向かいの4人掛けテーブルに3人で座っている女子大生らしいグループの会話だ。
彼ら彼女らの視線の先を追ったリコは、咄嗟に手で自分の口を抑えて顔を背けた。
(なぜお前らが居るんだ?!)
噴き出してしまうことは、何とか避けられた。
が、リコの視界…通路を挟んで斜め右方向…にある光景は、幻のように消えてくれはしなかった。
ああ無情。

「お前…高カロリーの塊を5段も食うのか」
「え、10段の方が良かったですか?」
「阿呆か」

リコが一方的に見知っている少年と、フロア違いの同僚の男。
名は、エレンとリヴァイ。

「(おい、まじであれ芸能人じゃねえの)」
「(サイン貰っといた方が良いのかwww)」
「(やめとけたぶん殺されるマジで)」
「(どう見てもヤのつく自由業だろ!!)」

「(いやああああ、なにこれ眼福すぎるぅう!)」
「(何あの子ちょうかわいいまじかわいい)」
「(背低いけど向こうの人ちょうイケメンんんん!!)」

騒がしさが倍増した。
騒いでいるのは彼らだけではなく、リコがそっと首を巡らせただけでも視線がこちらに向いている者が多数。
(うるさい…)
迷惑だ、周りも含めて全員沈め。
リコは物騒な言葉をぽそりと呟いたが、誰の耳にも届いていない。
そういえばこの2人、特異な肩書さえ知らなければ以前も人気者だったな、と思い出した。

閑話休題。

斜め向こうのエレンとリヴァイを見ながら、リコはさっと手を動かす。
テーブル下の手元でスマートフォンを持ちロック解除し、静音シャッターカメラを起動して。
カメラのレンズは当然、リヴァイとエレンに焦点が当たっている。
試しに1度撮ってみれば、良い感じに写っているので満足に頷いた。
…解っている。
静音シャッターはこのような、隠し撮りという犯罪紛いに使うものではないことなど。

(まあ、しかし…)
リヴァイがこのような店に入るとは、意外だった。
エレンのテンションが高めに見えることから、彼に押し切られたのであろうと予測する。
そして、リコはエレンが手にしているものを注視した。
(食えるのか…あれを)
この店の代表商品である、ハンバークとチーズがサンドされたバーガー。
…の、ハンバークとチーズ5倍もの。
しかも今はキャンペーン中で、これが10倍にもなるのである。
見ているだけで胃が凭れてきてしまう逸品だ。
(若いって良いな…)
ちょっと遠い目になったことは、許して欲しい。



通路を挟んだ斜め左後ろに、会社の同僚が居るとは露知らず。
リヴァイはハンバーガーの包みを剥がすエレンに、げんなりとした表情を隠しもしない。
「…胃が凭れるぞ」
「? 大丈夫ですよ?」
遠回しに俺は若くねえと言いたいのか、このガキは。
きょんと目を瞬いているエレンが、そこまで考えていないことは判っているが。
リブサンドをひと口齧り、リヴァイは無言でエレンを見返した。
…数年後も同じであることを祈るばかりだ。
(夜は魚と野菜だな)
そんなことをリヴァイが考えていると、エレンが包みを剥がしたバーガーを前にううん、と唸る。
「思ったより分厚い…」
ひと口でバーガーを挟むパンを口にするには、難しい厚さだ。
とりあえず、服にソースを落とすようなことだけは阻止しなければならない。
(せっかく遊びに来てるのに、怒られるのやだし)
エレンは胸中でよし、と気合を入れて、バーガーへがぷりと噛み付いた。

出来たてバーガーのハンバーグから、じゅわりと肉汁と脂が滲み出る。
塩気が強いのは、段数が多くチーズが多いゆえだろうか。
(んー、久々に食ったなあこの味!)
思ったよりも噛み切れずに、咀嚼できた量は少なかった。
普段は大きく齧り付いて食べているエレンだが、今回は戦法を変えることにする。
一回で食べられる量が少ないなら、何度も齧れば良いのだ。

「……」
リヴァイは飲もうと手にしたコーヒーを手にしたまま、エレンを凝視した。
通常の5倍の厚さになったバーガーは食べるエレンの口元を完全に隠し、エレンは一心にバーガーに噛み付いている。
食べ難いのだろうということは容易く想像出来るのだが、如何せん、
(何だコイツ…)
クソかわ、とうっかり口に出してしまった言葉は、バーガーに夢中なエレンには聴こえなかったようだ。

自分の口より随分と大きなものを必死に食べる、その姿。
口元が見えないというオプションが、こんなにも破壊力を持つとは知らなかった。
…などと思考が飛んだリヴァイに、さすがにじっと視られていることに気づいたエレンが首を傾げる。
「?」
常々、食べながら喋るなと言い聞かせてきたので、彼は声を出しはしない。
代わりに何だ? とでも聞くように、バーガーを食べながらその大きな目でリヴァイを見上げた。
「…っ」
それはあざといだろう、と零してしまうことだけは、根性で避けた。
誰か褒めろ、と誰ともなく八つ当りして。

そう、幾らエレンの方がリヴァイより背が高いと云えど。
服にソースが付かないよう気を遣っているエレンは前屈みで、座っているだけのリヴァイを見るにはどうしても上目遣いになるのである。
(クッソ可愛い…)
誤魔化すように、持ったままのコーヒーに口をつけた。
意味が分からず未だこちらを見上げたままのエレンに、気にするな、とだけ辛うじて告げてやる。
エレンはさっぱり納得出来ないようで、けれどまたあむあむとバーガーを齧り始める。

リヴァイはそっと取り出したスマホを向けて、写真を1枚。
スマホの標準カメラであったので、シャッター音もバッチリだ。
驚いたエレンは急いで口の中のバーガーを飲み込み、抗議する。
「ちょっ、リヴァイさん! 何撮ってるんですか?!」
「あ? 別に良いだろ、減るもんじゃねえし」
「そうですけど! 変なとこ撮らないでくださいよ!」
「可愛いから撮ったんだろーが」
「?!!!」
照れも隠しもしない発言に固まったのは、何もエレンだけでは無い。
しかしエレンもリヴァイも周囲が騒がしかったり沈黙したり、そんなことはまったく気が付いちゃいない。

2人は互いしか見ちゃいないし、聞きもしていないのである。

(リア充爆発しろ!!)
リコは笑いを堪えながらムカつく感情を抑えるという、危機的状況にあった。
口元が引き攣っているのが、自分でも分かる。
スマホのカメラは連写モードで己の役割を果たしており、メモリーがお腹いっぱいだと愚痴りそうだ。
店内はすっかり静まり返って、笑い声のひとつでも発しようものなら悪目立ちすること請け合いである。
この場に居合わせてしまった人々の脳内が、リコには手に取るように判った。

ススス…(;-_-))) だったり、┌(┌^o^)┐ホモォ だったり、←≡└(┐卍^o^)卍ドゥルルル だったりするのだ。
間違いなく。

エレンはリヴァイの発言に完全に虚を突かれ、はくはくと何かを言おうとして失敗していた。
(こ、こんなとこで…!)
顔が熱い。
穴があったら入りたい。
「そ、そういうこと…、そ、んな簡単に言わないでください…」
恥ずかしい、心臓が保たない。
ハンバーガーを持ったまま真っ赤になって俯くエレンを、リヴァイは素知らぬ顔でもう1枚写真に撮った。




昼休みが明けて、しばらく経った頃。
ハンジはプライベートスマホへの着信に気づき、届いていたメールをタップする。
タイトルに写真の添付、本文はない。
差出人はリコだ。
(めっずらし、あのリコがこの時間にメール?)
彼女は至極真面目で、たとえ自分が休みであろうと、仕事の邪魔になるようなことは控えるタイプだ。
それがこんなことをするとは、何があったのだろう。

 タイトル:これを見た私の身にもなれ
 添付写真:3枚

「ブッフォオ!www」
添付写真を開いたハンジは思い切り噴き出し、悶絶し、自分の机をバンバン叩きまくった。
「止めてくださいチーフ! 皆さんの邪魔です!」
副チーフのモブリットが止めに入るが、彼女は逆に勢いを増す。
「モブリット! あんたこれ見て悶絶しないなんて有り得ないよ!!」
ずいぃっとハンジのスマホを眼前に突き付けられ、焦点位置がずれる。
モブリットは目の焦点が合うまでじっとスマホ画面を見つめ、そしてガタン! と机に突っ伏した。
「ふっふーん、私の勝ち〜」
ハンジがひらひらとスマホを持つ手を振り、彼女らから少し離れた位置にスペースを持つペトラたちは目を剥いた。
「(あ、あのモブリットさんが…)」
「(負けた?!)」
こちらを見る彼女たちに気づいたハンジは、ニィとチェシャ猫のように意地悪く笑う。
「よし、諸君らにも送ってあげよう!」
宛先には当然、エルヴィンも入っていた。

この後軽く1時間は彼らが仕事にならなかったことは、完全に余談である。



次の週末。
クリスタ、ユミル、ミカサに引き合わされたリコは、彼女らに『リコさん、リコ様、女神様!』と崇められたという。
--- That's peace! end.
(へいわっていいね!)

2014.3.9

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