花愛でる伯爵

4.リヴァイ伯爵は、花を女のように愛している。



*     *     *



本日は、ゾエ・コーポレートの業績発表会兼祝賀会であった。
何を祝うのかというと、季節の変わり目たる四半期を終えての好業績だ。
近代的な本社ビルの1階奥、広く壮麗なダンスホールにはすでにアルコールの匂いが散見された。

会場の至る所に配置された装飾花は、当然のようにリヴァイ伯爵邸を産地とする。
リヴァイ自らが飾る花を選び、飾り、配したという。
けれど花は会場の視線を散らすことなく、それはただ『飾り』として機能している。
「いやあ、やっぱリヴァイに頼むのが正解だよね!」
花の扱いをここまで心得ている者は、彼の他にいない。
ハンジはやけに満足気で、機嫌よくアルコールをがばがば飲んでいる。
酔うなよ面倒だ、とリヴァイは注意を即すに留めた。
何せ彼女はザルなので。

クラシックではなく先進的な曲が奏でられるホールで、リヴァイは壁の花を決め込んでいる。
ちらちらと寄越される視線は鬱陶しいが、視線だけなら…まあ許可しよう。
それでも猛者は居るものだ。
ハンジに言わせれば、命知らずと同義なのだけれど。
「ご機嫌麗しゅう、リヴァイ伯爵」
今回はどこぞの政治家婦人のようだ。
この国から少し離れた国の民族衣装は、そういう女しか着用しない。
彼女は穏やかな声音で会場の装飾花を褒め、リヴァイの機嫌の良し悪しを図る。
(頭は悪くねぇようだな)
以前の令嬢は、気分の悪さでは上位に来た。
「それにしても。リヴァイ伯爵は、エルヴィン統括かハンジ社長の主催パーティにしか参加されませんね」
「他に参加する気はありませんので」
彼らはリヴァイをよく理解している、ゆえに鬱陶しいとしか思えぬパーティでも我慢出来る。
婦人は話の種にしたかっただけのようで、すぐに引いた。
「ええ。伯爵が参加される場があるだけでも、有難いことですよ」
ところで、と彼女の視線は会場を滑る。

「今宵の、リヴァイ伯爵ご自慢の花はどちらに?」

既婚の女にとって、リヴァイが毎回出してくる花は楽しみのひとつらしい。
たかが花、されど花。
彼がパーティ会場で披露する花に、老いも若きも、ただのひとりとして勝てた者はいないのだ。
ゆえに彼は、今宵も花を披露する。

リヴァイがもっとも愛する、その姿を。

白いクロスに重なる白のレース模様、白い花器に飾り立てられた花。
それは、見事なまでに咲き誇るチューリップ。

パーロット咲きから一重咲きまで、すべてのチューリップが鮮やかな黄をして、白いクロスの上によく映えた。
同じ黄色でも、その彩度も明度もそれぞれに異なる。
特に中央の黄色は陽光のように、見る者の目を惹きつけて止まない。
リヴァイは会場を見渡し、満足げに眦を緩めた。

「どうやら今回も、俺の花に勝る者はいないらしい」

この可憐さに優る者は、と僅かに笑む彼に、ハンジは笑いを堪えるのに苦労した。
隣のエルヴィンと、口元をグラスで隠してクスクスと言い合う。
「やだねーもー。こんなところで惚気けないでよ〜」
「言ってやるな。それだけ浮かれてるんだろうさ」
何せ、5年も待ったのだからね。
そんな愛ある陰口を叩かれているとは知らず、リヴァイは手袋を外した指先でチューリップをなぞる。

それは優しく、それは愛おしげに。



邸へ戻る頃には、すでに多くの星が空を彩っていた。
道に慣れた馬に揺られて、リヴァイは邸の厩舎へ辿り着く。
愛馬の首を叩いて労ってやり、水と飼葉が十分であることを確認して邸へ入る。

「お疲れ様です、兵長」
1階裏口に繋がる仮眠室から、エルドが顔を出した。
何かと面倒事に襲われる伯爵邸の、今日の夜間当番である。
「特に異常はないか」
「はい」
軽く挨拶を交わし、リヴァイは自室のある2階へと足を進めた。
階段から廊下からすべてに敷かれた薄い生地の絨毯は、賊の足音が掻き消えぬようにという計算。
そのためリヴァイの足音は、すっかりと消えることなく夜の静寂に響く。
自室の扉へ辿り着き、首に下げた鍵を鍵穴へと差し込んだ。

主を迎え入れた扉は、逆らうこと無くその口を閉じる。
内側から鍵の掛かる音が響くと、部屋の奥の気配がようやく動いた。
寝室と繋がる、ドレープカーテンの向こう側。
そこからひょこりと覗いた少年の顔が、星にも負けない輝きで笑う。


「おかえりなさい、リヴァイさん!」


礼服のクラバットも、手袋も、ジャケットも要らない。
身を飾り立てるものすべてを乱雑に放り投げ、リヴァイは少年へと足早に近づいた。
そぅっと眼前の頬を撫でてやれば懐く猫のように目を細め、その身体を抱き締めればくふくふと笑い声を上げる。

夜に閉じる花とは違う。
夜にだけ咲く花とも違う。

太陽があるなら、それに負けないくらい。
星がないなら、太陽のように。

宝石のような輝きは、いつだってその内側から発せられている。
それが彼の彼たるゆえんであり、それが曇るときがあるなら、リヴァイがその手で磨いてやるのだ。

あらゆる種類の満足を吐息に、リヴァイは少年の耳元で囁く。

「ただいま、エレン」




ーーーリヴァイ伯爵は、花を女のように愛している。
(リヴァイ伯爵には、花に喩えるほどに愛する者がいる)
End.

2014.9.7(花愛でる伯爵)

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