サウィンの遺り火
(それでも、逢いたかった)
ーーーOne years ago.
かつての旧リヴァイ班の皆に守られ、エレンは生き残った。
救われた命であるがため、彼はそう簡単には死ねない。
しかしエレンは、皆の目の前で死んでしまった。
大切な家族を、親友を、そして愛する人を守って、彼は命を散らした。
それが、ふた月前の出来事。
ミカサが守りたかったのは、エレンだった。
アルミンが守りたかったのも、エレンだった。
リヴァイが喪いたくなかったのも、エレンだった。
心が砕けそうな程の衝撃を受けた3人に、けれど時流は悼む時間など与えてくれない。
あるとき、ミカサが市場でカボチャを見つけた。
そこでアルミンは思い出す。
ウォール・マリアには、農耕で生活を立てる者が多い。
シガンシナとて例外ではなく、ゆえにある風習があった。
それは、実りの収穫を感謝する祭り。
その祭りの期間は『死者の世界』と『この世界』を繋ぐ門が開くという、言い伝え。
…死んでしまった人々の霊も、堕ちて悪霊となった者共も、みんな等しくこちら側へ。
(それなら、)
それなら、エレンも会いに来てくれるかもしれない。
2人はカボチャを購入し、帰路へ着いた。
食堂でカボチャをくり抜くミカサを見て、同期たちはアルミンへ尋ねる。
けれど彼から答えを聞いた皆はもう、何も言わなかった。
一言だけ、
「あいつが来たら、死に急いでんじゃねえ! って文句言っとけ」
「エレンのバカ! って言っといてください…」
「あー…俺も、このバカヤローッ! って言っといてくれよ」
「…夢はどうしたの、って」
と口々に言って。
エレンは、皆の中心に居た。
だからまだ、誰もがその喪失を消化できない。
そして、祭りの日が来た。
日が暮れて、ミカサとアルミンは作ったランタンを手に宿舎のベランダへ出た。
ランタンはカボチャとナイフ、それに蝋燭があれば作ることが出来る。
「エレン、来るかな」
「…来ないかも、しれない。でも、来てほしい」
アルミンが部屋から持ってきた毛布を2人で被り、ランタンに火を着ける。
この場所に誰かが来そうなときは、同期の誰かが教えてくれる手筈だ。
夜は更けていく。
2人で身体を寄せ合っても、夜は随分と冷える。
こうしていると、開拓地で暮らしていた頃が思い出された。
「アルミン!」
ミカサの声に、ハッと目が冴えた。
彼女の見据える方向へ目を凝らせば、ぼんやりと浮かぶ"何か"。
ミカサはランタンを突き出し、正体を見極めようとした。
「良かった。迷ってなかった」
大きく、身体が震えた。
(だって、その声は)
"それ"は人の形をしていて、あまりによく知る声をしていて。
やっぱりどこかで傷を癒していたんじゃないか、と勘違いしてしまう程の。
「エレン…っ!」
ミカサが放り出したランタンを危うく受け止め、床に置いたアルミンも駆け出す。
駆けて抱きついたミカサに、エレンの身体がぐらついた。
(温かい…!)
ああやはり、エレンは死んでなどいなかったんだ!
ミカサに続いてエレンを抱き締めたアルミンも、大きく目を見開く。
(体温がある…?!)
思わず身体を離し、彼を見上げた。
「エレン、君は…っ!」
続きを、幼馴染は言わせてくれなかった。
アルミンの口許へ人差し指を触れさせ、彼は金色の眼をゆっくりと瞬く。
命ある光を宿すその目に、哀しみを湛えて。
「俺の心臓は、二度と動かない」
End.
2014.11.1(死者の世界と生者の世界が繋がる日)
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