※別マガ12月号ネタバレ。エレヒス本気罵り合いにつき注意。
猛る天
(解ってしまえば、呆気無いこと)
何をどうしたって、受け入れられないものがある。
(己の意思を、行動を、他人の手により勝手に捻じ曲げられることだ)
ロッド・レイスが一方的にヒストリアへ話す過去に、エレンは脳の神経が焼き切れてゆくのを感じていた。
背後に居た2人が、また下へ降りていくのが見える。
(ああ、)
エレンの父は、確かに罪を犯したのだろう。
脳裏に閃く誰かの姿は、すべて父の視点であるのだろう。
彼がヒストリアの義姉を『喰った』のは、事実。
エレンが父を『喰った』のも、事実。
ゆえにエレンの記憶の中に、彼女の姿がある。
(けど、)
「許さない」
そうこちらを睨み上げたヒストリアの隣、彼女の父が取り出したもの。
見覚えのあり過ぎる、モノ。
(こ、の、クソ野郎が…っ!)
姉にもう一度会いたいという、純粋な想い。
それを捻じ曲げ、その先にあるのは。
「会いたいよ…もう一度お姉ちゃんに会いたい!」
「そうか、ヒストリア。ならば、」
怒りで何かが焼き切れる。
(何か、何か)
少しでいい。
僅かでいい。
(許さねえ)
猿轡に力の限り歯を立てる。
グローブの中で指を懸命に手繰り寄せる。
(許さねえ、絶対に)
この、世界は…
ーーー腐ってる。
間近に爆ぜた轟音。
身体が飛ばされるほどの突風。
寒さも感じない熱。
ヒストリアが気づいたときには身体は自らの制御を離れ、宙に浮いていた。
「うっ?!」
飛ばされたのだと、分かった。
地面へ落ちて転がって、打ち身に眉を顰めて身を起こす。
「…っ?!」
自分の真上に出来た影。
それはあのとき、ユミルが離れて行ってしまう直前に遭ったもの。
巨人の腕。
「っ、あ…っ!」
身体を鷲掴みにされ、骨が内側でミシリと鳴った。
ヒストリアは目を見開き、眼前の『巨人』を見つめる。
(エ、レン…?!)
初めて、見た。
そうだ、初めて…見た。
彼と同じ金色の目をして、ヒストリアの身体を潰さぬ程度に握っている。
「う、ぐ…!」
別のうめき声にハッと蒸気の向こう側を見れば、父が自分と同じように顔を歪め同じ高さに居る。
強く唇を噛み締め、ヒストリアは可能な限りの殺意を『巨人』へ向けた。
「私を…お父さんを離せ! この人殺しっ!!」
殺したんだ。
(殺したんだ、こいつが)
お姉ちゃんを、みんなを。
(こいつが、こいつの父親が!)
怯んだわけではないだろうが、『巨人』がガクリと頭を俯ける。
拍子にヒストリアと彼女の父を掴む腕も下がり、足が地面に付いた。
が、『巨人』の指の力は変わらない。
「言いたいことはそれだけか? このクソアマ」
声が、聴こえた。
『巨人』の向こうから。
シュゥ、と大量の蒸気が『巨人』の後ろから昇っている。
下がった『巨人』の頭の奥から、『何か』が出てくる。
白い靄の中でずるりと繊維を引き千切り、人の影が産まれてくる。
羽化、するように。
(あっちぃ…)
開いた視界に見えるのは、鍾乳石の天井。
重たい瞼に反比例して、頭の中は驚くほどに澄み切っていた。
今までに知り得てきた端的な物事が加速度的に噛み合い、組み上がっていく。
言葉が、論理的に接続されていく。
(こういうのは、アルミンの得意分野だろ)
くっ、と口の端が上がった。
(なんだ)
簡単なことじゃないか。
カチカチと音を立てて組み上がるそれは、真実という名の1枚の絵画だ。
ぶちぶちと巨人体と繋がる繊維を引き剥がし、溶け始めたその肩に身体を引き上げた。
自分の巨人の姿はこんなものなのか、と場違いな感想が出てくる。
こちらを見上げる2人に込み上げた笑い、それにエレンは逆らわない。
「アッハハハハハ! 人殺し? 人間に人間喰わせてるテメーらが言うのかよ?」
金色の虹彩が光を反射し、限界まで開いた瞳孔がより強く浮き立つ。
リヴァイをして『化け物』と云わしめた意思の乗るそれが、ヒストリアを射抜いた。
はく、と彼女の喉が干上がる。
「なあ、ヒストリア」
薄い笑みを敷いたエレンの唇が、言葉を紡いだ。
「さっきの注射器の中身、教えてやろうか?」
知らない。
(こんな、の)
こんなエレンは、知らない。
「あれな、俺が父さんに注射されたもんと同じだぜ」
注射されたら自我を失くして巨人化しちまって、傍に居る人間全部喰っちまうんだ。
「……ぇ」
今、なんと言った?
「喰った人間の中に『巨人化を制御できるヤツ』が居ると、人間に戻れる」
確かユミルも言ってたぜ。
「あいつ、巨人のまま60年近く、人間喰い続けて彷徨ってたんだってよ」
人間に戻れたのは、ライナーたちの仲間を喰ったからだって。
「な、…」
なにを、いっているのだろう。
問いたくても、ヒストリアの喉は声を発せられない。
エレンの浮かべる笑みが、深まった。
「お前の大事なユミルを巨人にしたのは、そこに居るお前の父親とその先祖だろ?」
結局お前は、空っぽなまま。
「初めて親の愛情みたいなもんを受けたのか? けど、それにしたって今のお前はただの人形だ」
ロッド・レイスの言葉のどこに真実がある?
「そいつが都合よく弄ったかもしれねえ言葉を、全部鵜呑みにして」
つまり今のお前は、ロッド・レイスの人形ってことだ。
その言葉を丸ごと飲み込み動く、ただの人形。
「前に言ったよな、兵長に」
『次の役目は女王ですね? やらせてください』って。
「お前が見てきたもんは何だったんだ? お前なりに何か考えてたんじゃねーのかよ?」
役目をこなすのは、馬鹿でも出来る。
「人形が死んだって、誰の礎にもならない。心にも遺らない」
ひくり、とヒストリアの身体が小さく震えた。
エレンは腰裏に手を回して、武器がないことを思い出し舌打つ。
(千載一遇のチャンスなのに)
あの、恐ろしく腕の立つ男は居ない。
もうすぐこの巨人体も蒸発してしまう。
ヒストリアとその父を睥睨し、エレンはひらりと地面へ飛び降りる。
蒸気が多量に満ちる中をゆったりと歩き、ヒストリアとは反対の側へ。
未だ拘束の解けない男のはくはくと開閉する口が、滑稽だ。
右の拳を血が滲むまで強く握り、振り被る。
「…っ!!」
ヒストリアの目が大きく見開かれた。
その視界で、血飛沫がぴしゃりと弧を描いて。
「あっぶねぇ危ねえ」
ピッ、と血振りをくれたのは、刃渡りがそこそこのナイフだ。
中々に薄汚れて男前の上がったらしい人間が、エレンとロッド・レイスの間を刃で遮っていた。
びしゃっと音を立てて転がったのは、エレンの右手首だ。
死んでも良いくらいの力で殴ろうとした拳は、その寸前で斬り飛ばされたらしい。
ありったけの憎悪を流し込んだ金色が、男へ向けられる。
「…いってぇな」
血を広げるのと遜色ない、快楽さえ産ませる殺気だ。
ケニーの口角は意図せず吊り上がる。
「イイ目だなぁ、エレン。ゾクゾクするぜ」
だが、この男は俺の上司なんでなぁ。
「現役兵士の本気の拳なんて食らった日にゃあ、顔形が変わっちまう」
「こんなクソ野郎、顔変わったってクソ野郎のままだろうが」
ついにケニーは腹奥から笑い出した。
「! おっと」
エレンとケニーの、そしてヒストリアの眼前を、鋭い何かが掠める。
咄嗟に上体を倒したケニーへ、上方から別の風が襲い掛かった。
「…おい、これは一体どういう状況だ?」
修復の始まったエレンの右手首を見て、蒸気を噴き上げる巨人の身体を見て。
リヴァイは立体機動装置のトリガーを握り直した。
(間に合ったと思ったが…)
間に合っていなかったのか。
エレンとヒストリア、そしてロッド・レイスの様子は、明らかに『何か』が崩れた後だ。
そうして改めてエレンを振り返ったリヴァイは、息を呑む。
嗤っている。
(あの、エレンが)
この状況で。
「このクソ野郎が言ったんですよ。娘の1人が巨人の頂点に立っていたって」
金色は嗤っている。
数限りなく存在する敵へ向けるものではなく、凝縮されたソレを向けて。
「それってつまり、この王様だっていうクソ野郎と…」
ぐるりと動いてヒストリアを映した金色に、すでに情は無かった。
「その娘だっていうソイツを殺せば、これ以上巨人が増えることはないってことですよ」
これで、巨人が駆逐出来る。
(…ああ、)
地下牢での出会いを、思い出す。
(それ以上に)
1年に満たないこの僅かな期間で、目の前に積み上げられてきた様々な事象で。
(化け物みてぇな意思は、立ち止まることを知らねえ)
エレンと彼の飼うバケモノは、この先も成長し続ける。
口角が上がったことを自覚し、リヴァイはブレードを持ち上げ口許を隠した。
(…悪くない)
--- 猛る天 End?
2014.11.9
この後、ハンジさんたちも呆気に取られるようなブリエレ様のターンになる(はず)
しかも本誌のあの状況、つまりエレンは『声(座標?)』も『記憶操作(消去?)』も持ってるってことになるよね??
つまりエレン様最強伝説の始まりってことです???
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