エンドマークの裏側に

(邂逅、未知の生物様)




畏怖と敬意を込めて、彼らは『化け物』と呼ばれた。
赤羽業(あかばね・かるま)は、彼らのことを凄く気に入っている。
「だってさあ、幾ら見てても飽きないんだよ」
面白いし、面白いこといっぱい知ってるし。
ねえ覚えてる? と話を振られ、潮田渚(しおた・なぎさ)は業を振り返った。
「覚えてるって、何が?」
「『化け物』って言われてたあいつらのこと」
ああ、と渚はすぐに頷く。
「隣のクラスだった2人? そういえばカルマ君、仲良かったよね」
でも唐突にどうしたの?
問われ、業は自分のスマートフォンを見せるように振った。
「んー? ひっさびさに連絡あってさあ。これは面白いこと起きそうだな〜って」
業の楽しげな顔というのは大概ロクでもないのだが、このときは渚も気になった。
「本校舎行っても会わないからね。元気にしてるかな?」
「あれ、知らない? あいつら、前の学年末テスト始まる前に学校来なくなったよ」
「え?!」
渚のハイトーンアルトは思いの外よく響き、まだ教室に残っていた茅野カエデ(かやの・かえで)が寄ってくる。
「なになに、どうしたの?」
「あ、茅野」
「あー、茅野さんでも見たことはあるかも」
「何が? まさかお化け?!」
「『化け物』とは言われてるけど、れっきとした人間の同級生だよ」
喋っていると、教室前方の扉からひとつ顔が覗く。
「ほらあんたたち、ガキはとっとと帰んなさい」
今日は烏間居ないから自主練もないでしょ、と長い金髪を掻き上げ、英語担当教師のイリーナ・イェラビッチが3人を催促した。
「ねえビッチ先生。烏間先生が丸1日留守って珍しいけど、何かあったのかな?」
「私は特に聞いてないけど」
「先生も聞いていませんねえ」
ヌルフフフ、と特徴的なぬるっとした笑い声は、今まで誰もいなかったはずの場所の黄色いタコからだ。
「あれ、殺せんせー聞いてたの?」
「中々帰らない生徒がいましたので」
自分たちのことだと察し、渚は決まり悪く笑った。
「ところでカルマ君。先ほど聞き捨てならない単語を耳にしたのですが」
業は眼差しを宙に送り、ああ、と思い当たる。
「『化け物』?」
にゅるん、と黄色い触手が1本、指の代わりに立てられた。
「聞けば同級生だそうですが、先生やイオナ君、あるいは律さんのような人でもないのでしょう?」
黄色いタコ…もとい『殺せんせー』に、業は頷く。
「うん、そうだよ。『能力が化け物級』って意味」
優れた才能の持ち主は、その能力ゆえに大多数の人々から異端の扱いを受ける。
日本もようやく寛容になってきたが、欧米に比べればまだまだだ。
「Aクラスにはそれなりの生徒が多く居ますが、先生の耳には入っていませんねえ」
「殺せんせー、来たの3月でしょ? あいつらその前からずっと学校来てないよ。浅野くんも知らないらしいし」
「浅野君とは、A組の浅野君ですか?」
「そう。停学中にばったり会ったことあってさ。聞かれたんだよね」
「へえ…。あの2人って、もしかして浅野君とも仲良かったの?」
渚の問いにかもね、と返し、荷物をまとめた業が立ち上がる。
茅野が荷物を持っていることを確認した渚は、殺せんせーとイリーナを振り返った。
「じゃあ殺せんせー、ビッチ先生。また明日!」
「はい。渚君、カルマ君、茅野さん、また明日」

やや暗くなった山道を3人で下る。
『茅野さん。ペースを上げないと、楽しみにしているドラマが始まってしまいますよ?』
不意に茅野のスマホに美少女…目に見えるAIとでも言えば良いか?…である律(りつ)が映る。
言われた茅野はあからさまに動揺した。
「えっ! やだやだ、あれ絶対リアルタイムで見るんだから!」
先に行くね、それじゃ! と敬礼っぽく手を上げたかと思うと、彼女は全速力で駆けて行ってしまった。
「はは…よっぽど見たいんだね」
「ま、殺せんせーにハワイまで連れてって貰って映画観たオレらが言えるもんでもないけど」
「…確かに」

椚が丘学園中等部3年E組、通称エンドのE組。
学園の他のクラスから明らかな差別扱いを受け、進学校の落ちこぼれのレッテルを貼られたクラス。
しかし彼らは、椚が丘のみならず世界のどんな学生よりも充実した学校生活を送っていた。



翌日。
渚は珍しく1限目から出るらしい業と、途中から一緒に登校していた。
「あれ? なんだろ…」
ようやく校舎が見えてきたところで、クラスメイトたちが固まっているのが見えて首を傾げる。
「おはよう、皆。こんなところで何してるの?」
「あっ、渚とカルマ」
「おはよう、2人とも!」
口々に挨拶を交わすと磯貝悠馬(いそがい・ゆうま)が渚と業を手招きし、2人は皆の間を掻き分けた。
「!」
校庭で少年が2人、驚くべき技量で格闘訓練を行っていた。
渚たちも本来ならあり得ないような技量を身に付けつつあるが、そんなものは児戯なのだとひと目で判る。
「あれ、見えるか?」
問うてきた磯貝に、渚は視線を逸らさず返した。
「全然…」
唸るような右ストレート。
躱した相手の左足が蹴り上げられ、咄嗟に避けたことで距離が開く。
ぐっと踏み込み距離を詰め、突き上げた右拳は止められたままに宙返るような左足がアッパーの如く襲う。
渚に見えたのはそこまでだ。
気づけば左足を蹴り上げていた方の少年が地面に抑えつけられていて、目を丸くするばかりだった。
「えっ?!」
「な、何が起きたの?」
動体視力クラス上位の業には、渚たちには見えていなかった部分が見えていた。
「オレが説明してあげるよ。あの一瞬で、黒髪の方が…」
業は徐ろに寺坂竜馬(てらさか・りょうま)へ近づくと、彼の右拳を左手で掴んだ。
「こう…」
「おいカルマ! 何しやがんだっ…?!」
右拳から手首へ素早く掴む位置を変えぐいっと勢い良く引けば、業よりも大柄な寺坂の身体が体勢を崩しつんのめる。
その身体を避けるようにして掴んだままの右腕を外側へ捻ると、ダンッ! と寺坂は仰向けに背を地面に打ち付けた。
「…ってカンジ」
渚は引き攣った笑いを返すのみだ。
「カルマ、てめぇ…っ!!」
勢い良く起き上がり殴りかかった寺坂をひょいと避け、業は校庭へと駆け降りた。

「おーい!」
声に気づいた2人がこちらに顔を向ける。
「あっ…」
渚は彼らを知っていた。
仲が良いとかそういうことではなく、知らざるをえなかったと言うべきか。
渚が業を追い掛け校庭に降りたことで、他の面々も釣られるように校庭へ向かう。
駆け寄った業に、引き起こされた方の少年がパッと顔を輝かせた。
ブルネットの髪に猫の様な金色の眼、整った顔のパーツにすらりとした身体も相俟って、モデルもかくやという容姿だ。
なんだあの美少年!! と、なぜか茅野がショックを受けている。
「カルマ!」
その彼が、駆け寄ってきたカルマへぴょーんと飛びついた。
「ひっさしぶりだな! 元気だったか?」
「もちろん。そっちは無断欠席中、何してたの?」
「いろいろ! 後で話すからカルマも教えろよ!」
「いいよ」
渚は声を掛けそびれた。
(なんだろう…これ)
業と少年が、ゴロゴロとじゃれついているように見える。
そう、猫のように。
(いやいや…猫は可愛すぎる)
たとえば、
「豹とかチーターがじゃれあってる、みたいな」
しまった、洒落にならない。
自分で出した例えに渚が凹んでいると、片岡メグ(かたおか・めぐ)が確かに…と同意してくれた。
「うん、遠くで見てたい感じだよね」
いらない、そんな怖すぎる同意。

渚たちの目の前で行われていた遠くで見てたい系のじゃれあいは、少年が勢いよく業から引き離されたことで終わる。
「おい、エレンよ。他のヤツにべたべたくっつくんじゃねえ」
鋭い目付きに低い声だ。
もう1人の少年は、業や金眼の少年よりも背が低い。
ヤのつく人?! なんて囁きが後ろから聴こえた。
「ははっ! エレン君もリヴァイ君も相変わらずだね〜」
相変わらず怖いもの知らずなのはお前だ、と何人のクラスメイトが心の中でツッコミを入れただろうか。
「ふん。てめぇもそのようだな」
もしかして知り合いなの? と茅野が渚へ尋ねようとしたところへ、唐突に風が吹いた。

「皆さん、もう予鈴が鳴っていますよ」

殺せんせーだ。
校舎から体育担当教師…実際は保護監督者な感じが凄くする…の烏間惟臣(からすま・ただおみ)も出てくる。
「おや、君たちは…」
まんまるの黄色い顔を向けられ、少年2人は揃って驚く素振りを見せた。
「うわあ、ほんとに人外だ…」
「面白ぇ面してやがるな」
殺せんせーは少年たちの感想に対し、にゅにゅ? と謎の相槌を打つ。
「烏間先生。この子たちが明日からの転校生ですか?」
「そうだ。暇だから下見すると着いてきた」
仕方なさそうに息を吐く烏間の姿は、まさに保護者だ。
思い出した、と竹林孝太郎(たけばやし・こうたろう)が眼鏡のズレをかちゃりと直す。

「2-Bだった、エレン・イェーガー君とリヴァイ・アッカーマン君だね」

大部分の生徒の視線が竹林へ集まった。
「えっ、外人さんなの?!」
「そう」
あと、彼らは本来A組だ。
「「「「「は?」」」」」
全員の視線が少年2人に戻る。
カルマが肩を竦めた。
「この2人ねえ、前の6月だっけ? 編入試験満点で入ってきたんだよ。で、人数の関係でB組。
けど3学期の2月からまるっと無断欠席!」
「「「「「はあ?!」」」」」
意味が分からない! と全員のツッコミが1つになった。
何と殺せんせーまでもが困り顔で頬を掻いている!
「えー…イェーガー君にアッカーマン君」
「なに?」
「何だ?」
2人は通常運転で殺せんせーを認識している。
(人外に耐性でもあるのかな…)
いやそんなバカな、と渚は胸中で自身にツッコミを入れた。
殺せんせーはとても言い難そうに告げる。

「まずはちょっと、お互いに離れてみませんか…?」

首を傾げたのはエレンとリヴァイの2人だけで、後からやって来たイリーナさえ微妙な顔をした。
「…ちょっとそこの2人。何であんたら抱き着いてるの?」
(((((ド直球!!)))))
その言葉通り、自分より背の高いエレンの腰をリヴァイがしっかと抱き寄せ、エレンは彼の手を手慰みに撫でたりしている。
どう見てもおかしな距離感で、余程のバカップルでなければ人前で出来るものではない。
しかも彼らは渚たちと同じ15歳、それも同性。
エレンが斜め後ろの烏間を見返る。
「烏間先生、そんな校則ありましたっけ?」
「……ないが」
(あ、烏間先生、ものすごく後悔してるような顔になった)
苛立ちを募らせた寺坂が、暴言に近い勢いで吐き捨てる。
「校則云々の問題じゃねーよ! お前らホモかよ?!」
(((((ド直球!!!)))))
聞きたかったことではあるが、触れると危険な気がして誰も口にしていなかったことだ。
変わらずエレンを抱き寄せたまま、リヴァイの視線が寺坂を向く。
「単純な脳みそだな。他の人間なんざ興味ねえ」
「んだと?!」
烏間が額を抑え、間に入った。
「とりあえず、落ち着け。彼らのことを説明するから、どちらも余計な口を挟むな」
「先生も駄目ですか?」
「駄目だ」
即座に否定されて、殺せんせーが目に見えて落ち込んだ。
今ナイフを出せば、掠るくらいは出来るだろうか。

本鈴が鳴った。
HRの時間は潰れるようだ。

「先ほど竹林君が言ったように、エレン・イェーガー君とリヴァイ・アッカーマン君だ。
2人とも、明日からE組の生徒になる」
烏間が昨日居なかったのは、おそらく彼らの手続きがあったからだろう。
竹林曰くの『本来A組』の彼らがE組になるのは、業の言った『長期に渡る無断欠席』の所為だという。
「暗殺の件はすでに話している。君たちも見ただろうが、俺から見ても能力は桁違いだ」
「えっ…」
あの烏間が『桁違い』とまで言い切った。
殺せんせーがおそるおそる尋ねる。
「烏間先生、あなたから見て例えると…?」
「防衛省内でも中の上レベルだろう。もちろん、年齢によるハンディキャップは大きいが」
驚きすぎて、顎が外れるかと思った。
「あの、律とか前のイオナって子みたいのじゃあ…ない、ですよね?」
中村莉桜(なかむら・りお)が口篭りつつ問うと、リヴァイがちらりと目線だけを寄越す。

「安心しろ、俺たちは人間だ。触手もなけりゃマッハで飛ぶこともねえ。
擬似人格を持った人工知能でもねえよ」

すでに律のことも知っているらしい。
リヴァイはエレンの腕を取り、渚たちに背を向ける。
「エレン、帰るぞ」
書類の日程では明日から。
どうせE組のメンバーにならなければ暗殺は出来ないので、エレンも素直に従った。
「はーい。じゃあカルマ、また明日な!」
「うん。ばいばい」
フリーダム、とでも言うのか。
2人が非常にマイペースなことは、この短い時間の中でもよく分かった。
暢気に手を振り返した業がそれと同類であることは、彼と3年間同じクラスである渚がよく知っている。
「…相当に癖の強そうなガキねえ」
容姿は抜群なんだけど。
イリーナの呟きに、かもなあと頷いた。
「でもさあ、先生。あいつら勉強いらなくねえ?」
呆れたような菅谷創介(すがや・そうすけ)に、『中の上』と訊いたときには冷や汗を掻いていた殺せんせーが返した。
「いいえ。生徒というものは、磨けば必ず光るものなのですよ」
(そういえば殺せんせーの趣味って、暗殺者の『手入れ』だったね…)
業も爪を綺麗にネイルされたりしてたっけ。
「もっとも、彼らは本来E組に配されるような存在ではない。
ゆえに君たちから見ると完璧すぎて、嫉妬や自己嫌悪に陥ることもあるでしょう」
渚ですら、日に1度は業がE組に居ることに疑問を覚えるくらいだ。
(A組の浅野君が居るようなものかな…?)
想像すると無理だ、いろいろと。
「何にせよ、」
ぷに、と妙な音を立てて、殺せんせーが触手を合わせた。
「彼らが君たちのクラスメイトになるのは明日からです。君たちはまず、今日の勉強をこなさなければなりません」
さあ1限目を始めましょう、と歩き出した殺せんせーと一緒に、渚たちも教室へ向かう。

「今日は今日。明日は明日。楽しみですねえ」
ヌルフフフ。

ぬるっとした笑い声は、殺せんせーが上機嫌な証。
「あいつら、明日から同じクラスか〜」
楽しげに笑う業の横顔を見上げ、渚も少し明日が楽しみになった。
--- エンドマークの裏側に end.

2015.4.18

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