ハイヒール

(靴デザイナーリヴァイさんとパートナーのエレン君)




え? ハイヒールについて、何か面白い話はないかって?
とあるブランド服メーカーの、靴のデザイナー室に勤めているってだけのオレにそれ聞く?
あー、ハイハイ、判ったよ。
んじゃ今から話すエピソードは、別に他言無用じゃねえけど自己責任でやれよ?
…下手したら本人様に削がれるからな。
どこをって? バカ、聞き流せよ。

で、ハイヒールな。
ここに話聞きに来るってことは、春と秋にあるコレクションは知ってるよな。
そのコレクション企画のときにだけ、アトリエに来るデザイナーがいるんだよ。
名前はリヴァイ・アッカーマンって言って、東洋の2世って言ってたかな。
どんなって…うーん、目つきめっちゃ怖くて背が低い。
まあ、その辺と人種の話で馬鹿にすると完膚なきまでに叩き潰されるけどさ。
…察しろ、話さねえよこれは。

んで、そのアッカーマンさんな。
靴のデザイナーなんだけど、自分担当のデザイン試作で最終版になると、必ず違うカラーリングで2足分作らせるんだ。
例えばこのハイヒール。
ターコイズブルーのグラデーションとシルバーのリボン彫刻だろ。
これ、決定稿がターコイズブルーであって、最終版の試作はクリームイエローとオレンジのが別にあった。
そんで出来上がった2つの試作を持ち帰って、一晩考えて翌朝に自分の決定を全員に伝えて最終審査に入るんだ。
オレは思ったね。
「ハイヒールをじっくり眺めて決めるなら、アトリエでやっても同じじゃね?」って。
だから、恐れ多くもご本人に聞いてみたんだ。
「なんでわざわざ家に持ち帰るんですか?」ってよ。
…うっせ、同期にも「死に急ぐなバカ!」って散々言われたっての。
ああ、あと「死に急ぎは間に合ってるから戻ってこい!」とか言われたわ。
ある意味プライベートに関わる話なわけだろ?
オレ死ぬかも、ってさすがにちょっと思ったけどさ。

訊いたとき、アッカーマンさんびっくりしてた。
どんな美女に言い寄られても鉄壁な無表情のあの人が、なんか目ぇ丸くしてたし。
驚いたからか珍しかったからか、休憩時間に答えてくれたよ。
…先に言っとく。
そのコーヒー、零すんじゃねえぞ?
あの人こう言ったんだよ。

『恋人に似合う方を選ぶためだ』

…ってよ。
っぶねえ?! だから零すなって言ったんだろが!!
大丈夫か? そ、ならいいや。

コレクションは時流を作るから、いろんな人間が知恵と予測を持ち寄ってデザインとかを決める。
もちろんアッカーマンさんもそれを元にデザインを作る。
けどあの人の中では、最終的にはいつも『恋人に似合う方』を選ぶのが正しいんだとさ。
あー、はいはい。
気持ちは分かるよ、ゴチソウサマってやつな。
でもまだ終わりじぇねえよ?
恋人っつーかな、あの人もう結婚してる。
正確に言うと恋人じゃなくて『パートナー』なんだけどな。
…うん、相手は男だ。
なんつーか、乱暴な表現になるけどキラッキラしてる子だな。
イケメンでモデル体型だけど、それよりも身の内から輝いてるってーの? そんな感じ。
もちろん訊いたさ。
「男性ならコレクション用デザインのハイヒールなんて履けませんよね?」って。
…だーから、死に急ぎ言うな!
そんでアッカーマンさん、オレの質問に当たり前だって言った後に、珍しく笑ってみせたんだよ。

『履けなくても似合うかどうかは分かる』ってよ。

おい、おい、机叩くんじゃねーよ、やかましい。
『すえながくばくはつしろください』? なんだその呪文?
オレもその続き聞いて居た堪れなくなったけどよ…。

『あいつの足元に1足ずつ置いてじっくり見て、その次はあいつに片方だけ持たせるんだ』
『シンデレラの硝子の靴みてぇにな』

…っ、そうだよ! 惚気に使われたんだよオレはっ!!
右か左かどっちかの靴だけそのパートナーに持たせて、絵になる方を選ぶってこったよ!!!
もう、マジで居た堪れなくてオレバカだったわ…ほんと走り去りたかった。
あっ!
おいこら待て、まだあるんだよ続きが。

ほら、ちょうどあそこにアッカーマンさん居るだろ。
そうそう、エントランスの。
黒髪は珍しいからすぐ分かるよな〜。
で、隣がアッカーマンさんのパートナーな、確かエレン君って名前だったかな。
…な? なんかキラッキラしてるだろ?
でさ、そのエレン君の足元見てみろ。
見たことある色とデザインしてねえか?
ご名答。
この間の春夏コレクションで、うちが女性用で出したデザイン。
アッカーマンさんが担当したやつのな。
紳士靴でも出してたのかって? いいや、出してねえ。
あれはアッカーマンさんが、決定稿になったやつを紳士用にデザイン落とし込んだやつだ。
コレクション分の作成が一段落した頃に、あの人自分でアトリエの職人に発注してるんだってさ。
名目は「紳士用への転用試作」らしいんだけど、もうだーれもそんなこと信じてない。
けどあの人、厳しいけど誠実だから信用力凄くて、みんなそういうことにしてる。
まあ、な?
あんたもあれ見りゃ、ピーン! と来るよな。
紳士用への転用試作なんかじゃなくて、恋人に贈るために作ってるってさ。
社員だしデザイナーだし、ってんで若干は安いらしいけど、でもほぼオートクチュール料金だぜ。
信じられるか?
オレは無理だね…オートクチュールなんて頼めねえよ。

あー、うん。
アッカーマンさん居ないとこで、エレン君と話す機会あったんだけどさ。
その靴のこと聞いてみたんだ、去年だったかな。
コレクションと同じアッカーマンさんデザインの靴、贈られてどんな感じ? って聞いてみた。
そしたらまず苦笑してたよ。
そりゃあな…。

『どう見ても高そうじゃないですか…。タグには本革って書いてありますし。
初めはもちろん断りましたけど、すでに作って俺の手元にあるわけで、しかも俺しか履けないし』
『なんで仕方なく履いてたら、見る度にすっごい嬉しそうな顔してるんですよね…。こっちが恥ずかしいくらいに』
『しかもコレクション終わったと思ったら、また違うやつ作って持ってきますしね…』
『こんな高いものは止めて下さい! ってきっぱり言ったら、なんて返したと思います?』
『"年に2回だけの俺の趣味を奪うんじゃねえ。こいつの発注費はxxx(桁が凄い)だが、俺の年収はxxx(やっぱり桁が凄い)だ。何の問題もねえだろうが!"って何か勢い良く…』
『あはは…。お察しの通り、諦めましたよ』

言ってたエレン君も、負けず劣らず嬉しそうな顔してたとオレは思うけどな。
2人の家、かなり立派なシューズクローゼットあるらしいぜ。

…おっと、アッカーマンさんたち帰るみてえだ。
こんな偶然ないだろうし、エレン君の今履いてる靴の話聞いてみたら?
惚気話はもう結構? そりゃそうか。

んじゃ、オレの話はこれでオシマイ!
良い話だっただろ?
--- ハイヒール end.

2015.6.14

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