拝啓、蒼穹の彼方より

4.星の獣の話(サンダルフォン+星晶獣)




日はすでに落ちて久しい。
雲のない満天の星空を望める船首の甲板で、サンダルフォンは独り、己の内側へ意識を向けていた。

『空』の管理を司る、天司長としての力。
覇空戦争の遥か以前より存在し続けていたそのシステムは今、サンダルフォンの中に在る。
ルシファーの遺産、そしてベリアルとの戦いで使い果たしてしまったそれ。
使い果たしたといっても、『そのときのサンダルフォンに出せる力のすべて』でしかない。
初めから『天司長のスペア』として創り出された存在であれど、力を馴染ませる時間すらなかった。
ゆえに早々に使い切ってしまい、この艇に身を置く原因となっている。
(だが…)
じわりじわりと染み込む水のように、白く輝く6枚羽の力が、己の鳶色の2枚羽の元へ集約してきている。
(使い切ってしまったから、戻るまでに時間が掛かる。ならば)
使い切らないようにすれば良い。
少しずつ満ちてきた力を、普段から意識的にコントロールすれば。

薄っすらと、サンダルフォンの背に光の粒子が集まり始める。
かの6枚羽がこの背に在る様を目撃したのは、あのとき戦列に参加していた者だけだ。
「…?」
一部の元素の力が、サンダルフォンの意図しない回復を見せている。
(外から力が流れ込んでくる…?)
サンダルフォンは、『天司長』という大きな力を受け取り、扱うための『器』だ。
ゆえに"力を受け取る"という部分だけで云えば、天司の中でも随一の扱いが出来た。
まあ、気づいたのはごく最近のことであるが。

「 ーーー 」

人ならざる声。
サンダルフォンへと自らの力を流し込んでいたのは、星晶獣ユグドラシルとティアマトであった。
四大天司ラファエル、ウリエルの直下にあたる、元素を司る星晶獣。
征服と記録を役目とするはずの彼女らは、自ら拠点たる島を離れ空の民に交じるという決断を下した。
人には聞き取れない彼女らの言葉を過たず聞き、サンダルフォンは口の端を上げる。
「…そうだな。望む、望まないに関わらず、今は俺が『天司長』だ」
まだこの『空』は、天司の管理下にある。
『天司長』に再び大事あれば、いつかのように空の島々は落ちるだろう。
そうなれば、本来島を拠点とする彼女らも無事では済まず、穏やかである今の色は、戦時中と変わらぬ苛烈に染まる。
「君たちは、眠るほど静かではない今の続きを望むのか」
「ーーー」
「まあ、言いたいことはあるが。力を分けるというなら有難く受け取ろう」
「ーーーー」
「ふん。好きにしろ」

彼と彼女らの様子を、そっと伺う影が船尾近くに2つ。
「貴方、近頃サンダルフォンに物言いたげだったわね。どうかしたの?」
星晶獣ローズクイーンことロゼッタは、自分と同じように船首の様子を伺う人物へ尋ねた。
尋ねた相手は魔族だというアザゼルだ。
「気づいてしまうと、捨て置くには大きい問題があった」
「…そういえば、貴方もパンデモニウムに幽閉されていたのだったかしら」
ロゼッタの言わんとした先を、アザゼルは訊かずとも察した。
「顔見知り程度だ。正直、噂でしか知らん」
サンダルフォンと面識はなかったはずだ、『天司であった頃も』。

「おい。さっきから何だ、じろじろと」

すぐ傍にサンダルフォンが立っていた。
彼のやや後ろで、ユグドラシルとティアマトが不思議そうな顔をしている。
ロゼッタはふふ、と笑みを零した。
「いいえ。私の大事な家族が微笑ましいことをしていると思って、見守っていたのよ」
星晶獣が何を言っているのかと思ったが、人格を移植されている以上、致し方ないことかと考え直す。
覇空戦争の時代に生み出された星晶獣たちは、総じて天司のシステムの枠外だ。
「おい、サンダルフォン」
サンダルフォンはアザゼルに視線を移す。
彼のことは知っているが、二千年前の反乱で面識を持った程度だ。
アザゼルは思いの外、真剣な眼差しでサンダルフォンを見ていた。

「お前、なぜ堕天していない?」

アザゼルは天司であったが、魔族へ堕天した。
それを思い出した今なら分かる、同胞たちもみな堕天した元天司だ。
堕天せず反乱に参加していた天司たちも、パンデモニウムに幽閉されている間にみな堕天した。
あの地は光が射さないから。



「そーなんだよねえ。ファーさんが生きてたときから知ってるけど、堕天してねぇんだよなあ」
ベリアルは、珍しく真面目に考えた。

暇つぶしに覗き見た特異点の艇で、興味深い話題が出た。
ベリアルの知る中で、パンデモニウムに幽閉されて堕天していないのはサンダルフォンだけだ。
例外はあるかもしれないし、未だパンデモニウム内に居るかもしれないが。
「四大天司の羽を奪い始めたときはゾクゾクしたぜ。他の天司にゃ出来ない芸当だったからなあ」
第五の天司、『天司長のスペア』は伊達じゃない。
「けど、あいつも天司だ。ファーさんが命令して造らせたなら、天司であることは間違いない」
ならば堕天する。
二千年間、空を落とそうとするほどに愛情の裏返しの憎悪を溜め込んでいたなら、前提条件は整っていた。
「…ファーさんの最高傑作が天司長ルシフェル。そうか、つまり」
ルシフェルが造った天司は1体のみ、それもルシファーに命じられて造ったのなら。

「サンダルフォンは、天司長ルシフェルの最高傑作ってか」

ならば堕天…コアを淀ませる一切を排除する、そんな機能をひっそりと仕込んでいたか。
「ファーさんの目を盗んで何か載せるってのは、難しそうだよなあ」
ではいつ仕込んだのか?
「パンデモニウムに収監する直前…?」
抵抗出来ない状態に捕らえたのなら、コアを弄ることは造作もないだろう。
そこまで考察して、ベリアルは込み上げる笑いを抑えきれなかった。
「ハハハッ! 天司長ルシフェル、つまらない存在だと思ってたが」
どうやら『平等』以外の感情を持っていたようだ。
「あいつが空を落とそうとしたときも、コアを砕かずに自分に取り込んじまったもんなあ」
カナンへ侵入したベリアルは、ルシフェルがセラフィム・クレイドルを愛おしげに見つめている姿を見た。
「なるほど、あの中にサンダルフォンが居たわけだ。さっさと気づきゃ良かったぜ」
これは良い楽しみが出来た。
「天司長ルシフェルの唯一。事実を今さら知ったら、どんな顔するだろうなあ」
天司にしては珍しく、感情豊かなサンダルフォンのことだ。
「嫌でもそそる表情してくれんだろうなあ。あー、想像するだけで達しそうだ」
くつくつと漏れる笑いが止まらない。
まだ、動き出す時期ではないのが惜しいところだ。

「ま、我慢するほどご馳走は美味いってな」


End.


2018.4.28
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