ケルビムの祝福





「サンダルフォン!」
呼ばれ、サンダルフォンは声の方向を振り返った。
やって来たのは何かと構ってくる『特異点』グラン、『蒼の少女』ルリア、『赤き竜』ビィだ。
「何だ? 揃ってやって来るのはいつものことだが」
いつもと違うのは、彼らが三者三様に本を持っていることだろうか。
グランは5冊。
ルリアは3冊。
ビィは1冊。
「その本は?」
尋ねてみれば、グランがにこりと笑って頷いた。
「うん、これね。ラジエルの書っていうんだ」
「ラジエルの書?」
そんな名前の天司が居たような、居なかったような。
「戦いに慣れて強くなっていくことを、僕たちは『経験値を積む』って言ってるでしょ?」
「そうだな」
「このラジエルの書は、読む人に必要なものが書かれているんだって。だから、これを読んだら経験値が増えるんだってさ」
「へえ…」
また随分と不思議な本だ。
「まったく同じ装丁にしか見えないが、俺と君が開いたら、違うことが書かれているということか」
「そうだね。といっても、僕は使ったことなくて…」
眉を下げたグランがルリアを見て、彼女が言葉を繋ぐ。
「私は読んだことあるんですよ! 騎空士のこととか、騎空艇のこととか、私でもすぐ分かるくらい、すっごく解りやすく書いてありました!」
「いつだったか、アルタイルとかジークフリートも読んでたよな。新しい戦術が〜とか言ってたぞ!」
なるほど、興味深い本のようだ。
他にもすごいことがあって! とルリアが言い募る。
「まだ誰も読んでいないラジエルの書は、手渡すとその人に読んでもらいたいものが書かれるんです!」
「…ん?」
即座に理解することは出来なかった。
「う〜ん、これじゃあ伝わりにくいよなぁ。えぇと、今オイラが1冊持ってるだろ?
これをお前に渡すと、その本はオイラがお前に読ませたい内容になってるんだ!」
「俺に何を読ませようというんだ?」
「もちろんリンゴのことだぜ!」
サンダルフォンはつい吹き出してしまった。
グランも笑っている。
「あー! 馬鹿にするなよ! リンゴはなあ、地方が変わると全然違うんだからな!」
「フッ、すまない。あまりにもらし過ぎたから笑っただけだ」
同じようにクスクスと笑いながら、グランが続ける。
「ルリアの読んだラジエルの書は僕が手渡したから、きっと騎空士の話になったんだろうね」
「…手渡す、ということは。俺がその本の山を取ったら、ただ俺に必要なことがランダムに書かれた本になるのか」
「うん、たぶん。僕が君に渡したら、僕が知ってほしいことが書かれるんだと思う」
聞けば聞くほど、興味深い。
「…それで?」
なんとなく先は察せられるが、サンダルフォンは敢えて問う。
すると彼らは、それぞれが持つ本を彼へと差し出した。

グランは5冊。
ルリアは3冊。
ビィは1冊。

「僕たちの本を、サンダルフォンに読んでほしい」
「サンダルフォンさんに教えたいこと、いーっぱいあるんです!」
「力が回復するまでは休みだろ? 暇つぶしだと思ってよ」

本当は、倉庫の一角に置いてある書を、各自で持っていってもらうのだけど。
でもそれでは、勿体なくて。
(僕らの独り善がりだけど、でも)
助けると決めた相手だ。
落下する彼の手をこちらから掴みに行くのは、天司という原初獣の特性を思えば不要だったろう。
それでも掴むと決めたのはグランで、ルリアで、ビィだった。
3人揃ってサンダルフォンを見つめていれば、彼はくすりと笑う。
初めて見る、晴れやかさを湛えた笑みで。

「仕方がないから、読むことにするよ」

グランは5冊、ルリアは3冊、ビィは1冊。
計9冊がサンダルフォンの手に渡る。
「…渡しといてなんだけど、その量だと何日ぐらい掛かるかな?」
「さてな。3、4日といったところじゃないか?」
邪魔が入らなければ、とサンダルフォンが自室へ帰っていったところに、カリオストロが通り掛かった。
「お? ありゃあラジエルの書か?」
サンダルフォンの抱える書をひと目で見抜いた彼女は、彼と同じく休暇組だ。
「うん。サンダルフォンしばらく休暇だし、ちょうど良いかなって」
「倉庫の肥やしだったしなぁ」
マカロンにクッキー、チョコレートにカタリナのお菓子(仮)もあって、書を持ち出すには至らなかったのだ。
おかげで倉庫の一角には、ラジエルの書タワーが出来ている。
カリオストロはふぅん? と首を傾げた。
「あの量じゃ足りねえだろ」
「えっ、9冊って結構ある方だと思うけど」
お前らの本なんて辞書1冊程度だよ、と彼女は唇を皮肉に上げた。
「エテメンアンキでの話を聞いたが。ルシフェルの創造主ルシファーは、あいつをこう言ったそうじゃないか」

ーーあり余る容量が為せる技だな。

ルリアが持っていたルシフェルの力の核、スペアとして受け継いだ天司長の核、四大天司それぞれの力の核、そして自分自身の力の核。
「サンダルフォンじゃなきゃあ、出来なかった芸当だろう。だが『容量』って言葉が出たってことは、『力』の話だけじゃねえってことだ」
「…どういうこと?」
さすがに疑問を覚えたグランを、カリオストロは腰に手を当てて見上げた。
「良いか、力を使うには知恵が要る。知識が要る。頭で考えて使わなきゃあ、それは使えているとは言えない」
「うん」
「原初獣の構成を思い出してみろ。火、水、風、土、エーテル、空を構成する5つの要素を、天司が一人ずつ担っていたんだ。だがエテメンアンキでは?」
「…あ、」
ミカエルたちは万が一に備えて、己の管理下にある要素の半分近くをすでに手放していた。
「四大天司の力は、半減でも相当だっただろうが。そこに天司長の力とルシフェルの力まで取り込んだ。そして使った。…つまり?」
ゴクリ、と息を呑む。
「サンダルフォンには、その全部を使うための知識が有った…」
「そうだ。そして天司長のスペアとして造られたなら、ある程度の期間は天司長として働くんだろ?」
天司長としての役割を担えるだけの知識を、サンダルフォンは備えられる。
けれど。
「でもよぅ、アイツの空の世界の知識って、そんなになかったよな」
ビィの問いはもっともだ。
空を落とそうとした彼は、覇空戦争のために造られた星晶獣について明るくなかったように思う。
文明や文化、島ごとの特色など以ての外だ。
はっ、とカリオストロは嘲笑う。
「そこはアレだな。親が過保護すぎて、光と影で言うなら『光』しか与えられなかったんだろうよ」
えぇっと…、とルリアが戸惑いつつも口を開いた。
「それはつまり、ルシフェルさんも悪かったってことですか…?」
「悪かねえが、一方的すぎて破綻した教育体制だったってことだな。ルシフェルとベリアルを足して2で割れたら良かったんだろうが」
その例えはちょっと止めてほしかった。
(想像したくない…)
「ま、そんなわけで」
カリオストロは話を戻す。
「たった9冊。読むスピードはともかく、サンダルフォンには知識の欠片ひとつだろうさ」
だからオレ様にラジエルの書を寄越せ、と彼女は不遜に言い放った。
「えっ、いや、何が『だから』なの?」
「手渡せば、手渡したやつの望む内容になるんだろ? 錬金術でも教えてやろうと思ってな」
ついでに、と彼女は意地悪く笑う。
「他の連中にも教えてやるといい。教えた分だけ『使える』やつが居るってな」





サンダルフォンの同室はルシオだ。
この艇に乗ってしばらくはアザゼルだったのだが、ある日変更となった。
理由は知らないが、大したことではないのだろう。
「サンダルフォン。そろそろ昼食の時間ですよ」
「…ん? ああ、ルシオか」
ここのところ、サンダルフォンはずっとこの調子だった。
日がな一日、ラジエルの書を読み耽っている。
彼のベッド上とテーブルの上には、常に5冊を越えるラジエルの書が積んであった。
「それ、減ってはいるんですよね?」
「カリオストロの分は終わってるぞ。騎士団長を務める者たちが、挙って持って来たんだ」
「ああ…」
ルシオの脳裏に、食堂で見かけた騎士団長が3名浮かぶ。
(そういえば、件の錬金術師殿はとても機嫌が良かったですね)
彼女の弟子は理論的なことが非常に苦手だそうで、教えれば理知を返すサンダルフォンは別の意味で教え甲斐があるのだろう。
「あとは…そう、教職と言ったか。それに就いている奴も置いていった」
「なるほど」
教えれば伸びる相手が居れば、教えたくなるのは教師の本能のようなもの。
天司の因縁にひとまずの決着が着いた今、心の余裕が出来たサンダルフォンにあれこれと『空』を教えたくなるのも性か。
(ふむ…)
ルシオはルシオで、彼ならば、と思うところがある。
「…サンダルフォン。四大天司からは貰っていないのですか?」
「ラジエルの書を、か? ないな。四大元素を還した今、定期報告など不要だしな」
ただ、と言い置いて、サンダルフォンは手にしていた本を閉じた。
「彼らもお節介だ。そのうちまたこの艇に来るだろう」
で、昼食の時間だったか? と立ち上がるので、ルシオは先導するように部屋を出た。

星晶獣に飲食は不要だ。
けれどこの艇では、余程のことがない限りは摂るようにという方針だ。
曰く、『同じ釜の飯を食おう!』ということらしい。

サンダルフォンは一度甲板に出て、伸びをした。
今日は天気も良く、風も穏やかだ。
(随分と良い顔をするようになった)
空の陽気とは、星晶獣の心持ちすらも動かしてしまう。
ルシオはふっと自身に笑った。

「サンダルフォン」

呼び掛け振り返った彼に、ひとつ問うた。
「貴方は、『空』と『星』の創世の物語を、知りたいですか?」
「…創世神話のことか?」
頷き、ルシオはその指先で自身を指し示す。
「『私』は『空』、【彼】は【星】でした。エテメンアンキの災厄を止めた貴方と団長なら、神話の真実と向き合えるでしょう」

彼の手には、いつから持っていたのか。
1冊のラジエルの書があった。
End.


2019.3.17
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