この穹(ソラ)に願いを

4.適材適所




「未知のウイルス?」
「うん。シャオとカリオストロに診てもらったけど、進行を遅らせるのが精一杯みたいで」
グランはサンダルフォンとルシオに、カレンを含めた状況を説明する。
そのカレンはルシオを見て固まってしまったため、カタリナに任せてきた。
「それで我々に、魔法の観点で治療出来ないか、と」
「そう」
「…治療なら、こいつだけで十分じゃないか?」
サンダルフォンは『空』の世界を構成するすべての要素を管理下に置いており、今となっては自身の属性として四大元素が備わっている。
だが『光』だけを取ると、ルシオの方が余程強いし、扱える。
「……いや、ガブリエルを呼んだ方が良いな」
ちょっと呼んでくる、と艇の舳先へサンダルフォンが向かうところに、船室棟からルルーシュが出てきた。
「…えっ」

彼が目撃したのは、ぶわり、と広げられた極彩色の6枚羽。

「なっ、天使…?!」
ここが異世界であると誰よりも認識しているルルーシュですら、言葉を失い息を呑んだ。
「あー…ええと、ルルーシュ?」
「っ! あぁ、グランか…」
おそらく、負の意味を持った驚愕ではないのでマシなのだろう。
しかしグランの隣に立つルシオを見て彼は再度驚愕に固まってしまったので、悪いことをしたなと思った。
「なんだ…? 人間では、ない、…のか?」
いつものようにニコニコと笑うルシオは、そうですよと頷く。
「先ほどの極彩羽の彼はサンダルフォン。星晶獣が開発される遥か二千年の昔に生み出された、原初の星晶獣。
そして私は、ルシオと申します。主により創られた伝令者です」
なるほど、解らない。
生憎と今のルルーシュは思考のほとんどをナナリーの容態に持って行かれているため、深い考察は無理だ。
ルシオは笑みを穏やかなものへ変える。
「貴方の肉親を侵す病を、魔法の力で止められないものかと。団長から相談を受けまして」
「!」
ルルーシュの目が見開かれる。
「我々は自分自身にしか再生の力を使いません。ですが、まあ応用としてなんとかなるような気もしてまして」
「気休めかもしれないけど、同じ騎空団の仲間だから。頼れるときは頼ろうかなって」
ね、ルルーシュ。

自分よりもさらに年若いグランが巨大な騎空団を纏める団長であることに、このときほど納得したことはなかった。
自身が狭量であることを自覚しているルルーシュは、彼の器の深さに素直に脱帽する。
「…ありがとう、グラン。ルシオも、よろしく頼む」
グランとルシオは共に笑みを返す。
「どういたしまして!」
「任されました。最善を尽くしましょう」







「ハールート、マールート。居るか?」
舳先で翼を広げるサンダルフォンが呼び掛ければ、即座に空から降りてきた2つの影。
「お呼びかな? サンダルフォン」
「サンちゃん! やっと呼んでくれたのね!」
双子の伝令天司は大喜びで彼の眼前へと降り立った。
いろいろあったけれど、この一番歳下で、天司を纏める立場にある彼のことを気に入っているのだ。
やっと、というマールートの言葉に、サンダルフォンは首を傾げる。
「君らを呼ぶほどの出来事はなかったはずだが」
そうだけど、そうじゃない。
マールートはハールートと顔を見合わせ、むぅと頬を膨らませた。
「そうじゃないの! そうじゃないんだけど…」
「マーちゃん、抑えて。まずは僕たちの役目を果たさなければ」
急ぎではなさそうだが、サンダルフォンはわざわざ『伝令』を呼んだ。
四大天司を直接、あるいは彼の使い魔…ヴァーチャーズを使って呼ばなかったことには、理由があるはずだ。
双子天司が改めてこちらを見つめたので、サンダルフォンは軽く頷き要件を告げる。
「この騎空団に新たに加わった人間が、重篤な病に掛かったそうだ。何でも、異世界で開発されたウイルスだと」
「それは大変! じゃあ、呼ぶのはガブリエル様ね?」
「だが異世界の病を、『天司』が何とか出来るのか…?」
ハールートの疑問はもっともだ。
「分からないから試すんだろう。呼ぶのはマールートが言ったとおり、ガブリエルだ。
エウロペもちょうどそちらへ行っている。ガブリエルを呼べば、彼女からラファエルにも話が行くだろう」
そして司る元素の特性から、伝令が遅くてもラファエルの方が先にこちらへ着く。
わざわざ双子を使うのは、最善の手段を持ってきてくれという依頼が込められているためだ。
「なるほど。合理的、かつ最短の伝令だ」
「任せて、サンちゃん! すぐガブリエル様へお伝えするわ!」
ハールートとマールートは空へと舞い上がり、身をエーテルへ換えて飛び去った。
彼女たちの『役目』は上位天司から下位天司への伝令であり、それだけに限ればサンダルフォンのヴァーチャーズよりもずっと早い。

「…そういえば、船室の場所を訊いていないな」
彼女らが戻るまでに訊いておこう。
翼を仕舞い、サンダルフォンは船室棟へ向かった。


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2019.7.29
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