「アリババ君が王宮へ乗り込んだ?!」

粗末な土作りの集合住宅で、壁は有って無いようなものだ。
ゆえにシンドリアの王族(言い方が合っているのか微妙だが)の驚いた声は、少し離れていた己にもよく聞こえた。
避難しているスラムの住民たちが、もっとも集まっている部屋の入口。
昼でも明かりの点った部屋から伸びる、3つの影。
近づけば住民たちが道を開けてくれた。

「参ったな…あの子は何を考えているんだ…」
呼び寄せた同盟国の代表たちも、明日には着くというのに。

その言を次いで耳にし、口角が自然と上がった。
口元は頭と同じく布で覆われているので、そうと気づいた者は居ないだろう。
しかし、これは嬉しい情報だった。
「モルジアナが飛んでいったのも、アリババの為なんだな」
声を投げれば、3対の眼がこちらを見る。
うち2つはやや険しめだ。
「突然失礼しました。シンドバッド王、八人将」
軽く頭を下げれば、かの国王は肩の力を抜いたようだった。
「…いや、構わないよ。君は確か"霧の団"の」
確認の問いに対しては、頷くだけに留める。
残念ながら、名乗る必要性を感じない。
「盗み聞きで申し訳ないですが、今のお話は事実ですか?」
シンドリアの同盟国が動いているというのは。
隠す気は元々無いのだろう、シンドバッドが首肯する。
「ああ。煌帝国の姫君を交えて、政治的会談の場を設けようと思ってね」
「なるほど」
政治の知識はほとんど無い。
駆け引きも、生きるための駆け引きしか行ったことがない。
ゆえに更なる情報を聞き出す気はなかった。
(いや、たぶん予定外だから新しい情報は出てこない)
ただ気分が良い、それだけだ。

アリババが、シンドバッドから『王になれ』と告げられたことを伝え聞いた。
カシムが"霧の団"を離れた理由を、当人から聞いた。
誰よりも無力を痛感しながら、現在と未来のために悩むことを止めぬ強さをアリババが持つことを、知っている。
だから気分が良い。

「やっぱりアリババは、オレが信じたあいつは『王』だったな」

八人将の2人が軽く首を傾げ、シンドバッドは眼差しで続きを即してきた。
どうやら意味が伝わっていないようだ。
こちらが愉快げであろうことは目元だけで判別できるのだろう。
相手方の気分はよろしくないようで、何となく楽しい。

「だってあいつが王でないなら、シンドバッド王の望んだ道筋が今も続いていたはずだ。
でも他ならぬアリババが、その道を塞いだ。王様ってのは、相容れないもんだろう?」

経験が足りない、知識が足りない、力が足りない。
アリババとシンドバッドを比べれば、キリがないのは自明だ。
けれど彼は、誰かの掌に乗りはすれど踊らない。
踊らせようと思ったそのとき、アリババはその掌から飛び降りてしまう。

「着いて行きたくなる人間っていうのは、きっとシンドバッド王みたいなタイプなんだ。
けどオレは違う。モルジアナが飛んでいったのも、たぶんオレと同じ理由で」

着いて行くのではなく、支えたいのだ。
彼の未熟さをこの手で補うために追いかけ、着いて行くのだ。
「出立前に邪魔をしました。オレはここに残りますので、アリババをお願いします」
もう一度頭を下げ、1歩踏み入れた部屋から退く。
来た道を引き返そうとした刹那、他ならぬ己に問う住民たちの声が足を止めさせた。

「ア、アリババ様が王宮へ…一体どうして」

今度は微笑む。
見えないだろうが、安心させるように。
「そんなの、オレたちバルバッド国民の為に決まってる」

だからここで待ってるよ、オレたちの王様。
『王』の定義 ---end.


2013.1.6

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