出し抜けにインターホンが鳴り、買い出しに出た2人の両手が塞がっているのかと推測した吉野は玄関のドアを開けた。

「トリックオアトリートっ!」

だのに日本語英語と共に目の前に突き出されたのは、一抱えはある立派なカボチャ×2である。
「えっ…と」
吉野は何とも言えず頬を掻く。
ごつごつとした表面に細かな傷の目立つ、深い緑。
そこには中身と同じであろう、鮮やかなオレンジの紙がぺたりと貼ってあった。
半円で釣られた両目。
ギザギザと切られ笑みを作った口。
そう、Jack-o'-Lanternだ。
二の口に迷った吉野に焦れたか、Jack-o'-Lanternもどきの横からひょいと持ち主の顔が覗いた。
「ほら吉野! トリックオアトリートっ!」
「そうだよ、ノリが悪いよ吉野君! トリックオアトリート!」
葉風と潤一郎が、なおも笑顔で反応をねだる。
溜め息が出ないだけマシだと思ってほしいのだが、無理だろうか。
「とりあえず中に入りましょうよ、2人共。後ろにいっぱい食料品があるでしょう?」
言ってやれば、彼らはああそうだった、と思い出したように顔を見合わせる。
葉風の持っていたカボチャだけを受け取り、吉野は家の中へと引き返した。

「…おい、何だそりゃ?」
リビングへ入るなり、意味が分からないとばかりに真広の不機嫌な声が出迎えてくれた。
吉野としては、予想通り過ぎる。
「葉風さんと潤一郎さんの、ちょっとした遊び心の篭った余計な買い物だよ」
「ほんと、吉野君ってサラっと辛辣だよね…」
羽村の言葉はスルーだ。
さて、この大きなカボチャはどこへ置けば良いのか。
しかも2つだ。
吉野がキッチンの流し台へと移動したところに、葉風と潤一郎がやって来る。
再び真広の声が飛んだ。
「おい潤一郎…。お前まで何やってやがんだ?」
先程よりも幾分声が低くなっていると、さて誰が気づいたやら。
潤一郎はといえば、元々の掴みどころの無さが真広を寄せ付けない。
「まあまあ、良いじゃないか。せっかくのイベントなんだから。
ほら、真広くんもトリックオアトリート!」
手にしたままのカボチャを見せるように真広へ突き出し、彼はにこにことお決まりの文句を繋げる。
ずいっと突き出されたカボチャを反射で受け取ってしまい、真広はさらに眉根を寄せた。
顔型に貼られた色紙をぺしっと弾いて、あからさまな溜め息を吐いてみせる。
「このご時世に呑気なやつだな」
「このご時世だからこそ、だよ真広くん。お菓子はあるかい?」
あくまで貫き通すらしい潤一郎に、渡されたカボチャを突き返す。
「ねーよ」
途端、流し台の方から嬉々とした声が上がった。
「真広が菓子を持っていない? それは好都合ではないか!」
食材の片付けを放り出し、葉風は真広へと駆け寄った。
「ならばイタズラされても文句は言わぬな?」
人の悪い笑みを向ける彼女に、負けぬくらいに人の悪い笑みが返される。
「…へえ? 報復は覚悟のうちってか?」
真広の言葉にぽかんと呆けた葉風と潤一郎は、それぞれに反論を述べた。
「お遊びのイベントくらいもっと気楽にいこうよ、真広くん」
「そうだぞ真広! たかだかお菓子の代わりのイタズラだろう!」
ビシリと葉風に指を差され、人の悪い笑みは引っ込むばかりか深まった。
「遊びだからこそ、本気でやる方が面白いんじゃね?」
うわあ。
羽村は静かにキッチンへと回り、吉野へ問い掛ける。
「止めなくていいの?」
ランタンのコスプレをしたままのカボチャを流し台で見下ろして、吉野は羽村の言を素気無くあしらう。
「あの2人なら、自分でフラグを回収出来ますよ」
うわあ。
吉野も真広も、いつまで経っても羽村の中では規格外だった。
きょろりとキッチンの中を見回して、吉野は棚を1つ開ける。
「遊び心は良いんですが、この大量のカボチャはどうする気やら」
「ああ、確かに…」
吉野の言葉に羽村は流し台に置かれたカボチャを覗き、確かに立派なカボチャだと頷いた。
カチャリ、と隣室の扉が開く。

「あら、賑やかだと思ったらハロウィン?」

潤一郎の持つカボチャを見るなり、フロイラインが笑む。
「カボチャを用意してきたってことは、お菓子もあるってことよね?
さ、トリック・オア・トリート?」
一番近くに居たがために問われてしまった潤一郎は、己の服のポケットを探った。
「コンビニで買ったどら焼きならありますよ」
ほら、と取り出されたのは、確かにパック詰めのどら焼きだ。
真広が吹き出す。
「ハロウィンには似合わねえ菓子だな」
僕が食べたかったものだけどね、と潤一郎も釣られて笑った。
「フロイラインさんのイタズラは、何されるか怖いからねー」
大人の方が意外と遊び心ありそうだし。
手にするカボチャをぽんと撫で、今度は葉風に渡す。
「どこかに飾っておこうか。今日1日くらいは」
自分が持っていた方はどこへやったっけ? と首を傾げた葉風は、玄関でのやり取りを思い出した。
「こら吉野!」
「はい?」
首を傾げた吉野に、葉風は手のひらを上にして向ける。
「トリック・オア・トリート?」
誰が見ても愉しげな葉風が吉野に好意を持っていることを、この場に居る誰もが知っている。
ゆえに彼女が求めるのは、TreatではなくTrickだ。
(そう上手く行くかな?)
どう見ても吉野は菓子を持っていないが、彼の食えなさは真広と同等。
その性格の悪さも知っている真広は、吉野の反応パターンをそれなりに推測できる。
…残念ながら、葉風の望む展開にはならない。
そして真広の予測は、外れない。

「Trickはめんどくさそうなので、Treatで」

ぽいと放られたものを掴み手のひらを開いてみて、葉風は思い切り不満の音を上げた。
落とされたのは、個包装にされたチョコレート。
「これはTreatではないか…!」
なぜイタズラさせてくれんのだ! と喚く少女が鎖部一族の長などと、誰が思うだろう。
吉野はあっさりと種明かしをしてみせた。
「キッチンに入れば、お菓子くらい手に入るでしょう?」
これは真広のツボに嵌ったらしく、彼は本格的に笑い出した。
「マジで性格わっりぃな、吉野」
「真広にだけは言われたくないね」
ところでこのカボチャ、どうすべき?
吉野が流し台のカボチャを示せば、真広もそれを見下ろし首を捻った。
「めんどくせえ量だな。けどミキサーがありゃ、1個はすぐ片付くだろ」
「ミキサーなんてあった?」
「知らね。おいフロイライン、この家にミキサー入れた記憶あるか?」
問われたフロイラインも首を捻る。
「わっかんないわ〜。とりあえず、棚を全部開いてみたら?」
「ミキサーか。僕も見たことないなあ…」
羽村も吉野に倣い、棚を調べ始める。
「潤兄さん、そのカボチャはどこへ置くんだ?」
「そうだね…玄関?」
葉風と潤一郎は、カボチャを飾る場所を物色しに玄関へと向かった。

「…とても世界の命運が掛かってる面々とは思えないよね」

苦笑交じりに零した吉野に、真広が肩を竦める。
「世界を救うなんて、大概そんなもんだろ?」
世界救済者たちのハロウィン ---end.


2012.10.31

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