久々に、本丸の全刀剣が集まった宴会だった。
大広間は所狭しと並べられた料理と酒でいっぱいで、厨の精たちはそれらを入れ替えるのに大忙しだ。
歌仙兼定や燭台切光忠を始めとした料理好きの刀は、時折厨に籠っては手製のツマミを手に戻ってくる。
「貞ちゃん、鶴さん、伽羅ちゃん、お待たせ!」
「おっ、きたきた!」
待ってましたと盃を置いた鶴丸国永に、太鼓鐘貞宗がそわそわと燭台切を見上げた。
燭台切は手にした大皿を彼らの前に置く。
「特製、枝豆の天ぷらだよ!」
「おおー!」
揚げたての天ぷらはきらきらと輝いて見えるほどで、早速箸を付ける。
「貞坊、この天ぷらは塩でも天つゆでも美味いんだが、俺の一押しは醤油だぜ!」
「鶴さんにそんなこと言われたら、全部試すしかないじゃん!」
うまーい! と太鼓鐘がにんまり笑う隣で、大倶利伽羅も満足げに天ぷらを食べている。
すると伊達の面子がワイワイやっているところへ、鯰尾藤四郎と骨喰藤四郎が別の大皿を持ってやって来た。
「燭台切さん! うちのチーズ入り磯辺揚げとその枝豆の天ぷら、ちょっと交換してください!」
「茄子田楽もある」
「おっ、良いねえ!」
宴会ではよくある場面だ。
こんなときのために、厨で作る面々は大抵が本来の倍量で作ってくる。
交換に否やを唱える者はいない。
「美味いもの食べるのって幸せだなあ!」
付喪神の身で飲み食いしていた者は、およそ半々といったところだ。
そういう者たちは総じて酒に強く、料理に対する意見も的確だった。
ちなみに、鶴丸も含めた平安刀と御神刀は皆が皆揃ってザルである。
「水の代わりに酒飲んでたんじゃね?」とは厚藤四郎の談だ。

宴会のあった日の翌日は皆が非番となるため、刀によっては黎明まで飲んでいる。
切り上げるタイミングは各自に任せられており、今晩も一番酒に弱い審神者が真っ先に抜けた。
続いて部屋で飲み直すらしい国広の三振りや、粟田口の短刀がおやすみなさいと残っている面々へ告げて広間を後にする。
伊達に縁のある者たちは太鼓鐘が最近顕現したばかりということもあって、話題が尽きない。
しかし限度というものがあるので、大倶利伽羅と燭台切が密かに目配せをしたときだ。

「おい、鶴丸」

縁側から声を掛けてきた者があった。
「膝丸じゃないか。どうした?」
「どうした、じゃない。切り上げ処を間違えると、酔わずとも身体に響くぞ」
おや、と鶴丸は広間の掛け時計を見上げる。
気づかなかった、日付が変わろうとしている。
同時に膝丸がわざわざ声を掛けに来た理由に思い当たり、鶴丸はクスリとひとつ笑みを零した。
「そうだな。伽羅坊たちも何か言いたげにしているし、きみの厚意に甘えようか」
一緒に飲んでいた面々を振り返れば、燭台切が頷く。
「大丈夫。今日の後片付けは伽羅ちゃんと貞ちゃんにやってもらうよ」
やっぱりかー、と内心で溜め息を吐きつつ、太鼓鐘は首も傾げた。
(鶴さん、源氏の刀と仲良いのか?)
「それじゃ、お先に失礼するぜ」
ふらつくこともなく立ち上がった鶴丸は、膝丸に着いて広間を後にする。
その様子が、太鼓鐘には何とも不思議に思えた。
まだ、広間はワイワイと賑わっている。

「なあ、みっちゃん。今のってどうゆうこと?」
気になってしまうとさらに気になる。
直球で尋ねてきた太鼓鐘に、燭台切は余程気になるのかと笑みを浮かべた。
「僕はここに来てからだけど、貞ちゃんは鶴さんからもう聞いてるんじゃない?」
「えっ、何を?」
「髭切さんのこと」
髭切。
先の膝丸の兄刀にあたる太刀だ。
(伊達に居た頃に…?)
大倶利伽羅もそうだろうが、太鼓鐘にとっての鶴丸は『伊達の鶴』以外の何者でもない。
うーん、と唸る彼に、大倶利伽羅が助け舟を出した。
「…あいつが、霜月の頃はいつも昼夜逆転していたのを覚えているだろう」
「うん。『縁が深い季節で、連れて行かれたくないから起きてる』って言ってた」
それと何の関係が? と言いたげな太鼓鐘へ、大倶利伽羅ははぐらかすことはしない。
「その頃に、一番縁の深い刀が髭切だ」
「あっ…!」
太鼓鐘もようやく思い出した。

鶴丸が、ある主の副葬品として墓に納められたことを訊いた。
そこから暴かれたことも、暴いた相手が墓の主を死に追いやった仇敵であったことも訊いた。
…それから。

『この時節だけは、思い出に浸りたいのさ』

優しく哀しい顔で言っていた姿を思い出す。
「同じ時代の朋輩が居たって…。もしかしてそれが髭切さん?」
「みたいだよ」
「へぇ〜…」
全然気付かなかった、と目を瞬く彼に、燭台切は酒を注いでやった。
「貞ちゃんは来たばかりだからね。近いうちに、鶴さんから直接紹介してもらえるんじゃないかな」



広間から離れるほどに、草木の揺れる音と虫の声が聴こえてくる。
静かな夜だ。
上機嫌な黄金色(こがねいろ)をゆるりと細め、鶴丸は前を行く背に言葉を投げた。
「わざわざ来てくれてありがとな、膝丸」
彼はちらりと鶴丸を振り返る。
「構わない。今日は他の者も、君に声を掛けるのを躊躇っていたからな」
それは気が付かなかった。
どうやら太鼓鐘が来たことに、自身で思う以上にはしゃいでいたらしい。
それにしても、と鶴丸は膝丸の後ろ頭を見つめた。
「伽羅坊や光坊はともかく、きみまで俺に甲斐甲斐しくならんでも良いんだぜ?」
伊達は龍と鶴で興った家だ。
鶴丸がかの家に長く在ったというのもあるが、大倶利伽羅と燭台切は何だかんだと鶴丸を気にする傾向がある。
もちろん太鼓鐘も同様だ。
たとえ鶴丸が膝丸の兄刀・髭切と深い仲であったとしても、膝丸が自分に構う理由が増えるわけでもない。
そんな意を込めて言ったのだが、膝丸が今度は足を止めて身体ごと鶴丸へ振り返った。
「愚問だ。俺が勝手にやっていることだから、気にしなくて良い」
それに、と彼は軽く溜め息に近いものを吐く。

「兄者が大切にしている相手を、蔑ろにする道理は俺にはない」

まるで、疑わなくても良いと諭されているようで。
鶴丸は思わず笑うと手を伸ばした。
「ふっ、ははっ! きみは良い子だなあ、膝丸」
「やめろ、君と俺はほとんど同じ歳だろうが!」
わしわしと頭を撫でられ、膝丸はつい声を上げてしまった。
しかしそれも、鶴丸を喜ばせただけのようで。
「きみは自慢の弟だと、髭切が言うのも頷けるなあ」
そう言われてしまえば、邪険に振り払うことも出来ない。
(狡い男だ…)

この先の角を曲がれば、すぐに髭切と膝丸の部屋だ。
膝丸は足を止める。
「…そろそろ、部屋を変えてはどうだ?」
「え?」
鶴丸が目を丸くする。
「ここは、初めは兄弟や刀派で同室となっても、各々で調整して部屋割りを変えられるんだろう?」
例えば、世話好きの前田藤四郎と平野藤四郎は、朝が早いからと粟田口の大部屋から二人部屋へ移った。
一期一振は鶯丸と同室で、時々粟田口の大部屋に泊まっている。
新撰組も初めは皆同じ部屋だったが、今では沖田組、土方組と分かれている。
(…他所では蜂須賀虎徹と長曽根虎徹は仲が悪いそうだが、ここはそうでもないな)
長曽根は虎徹の真作たちと同室だ。
膝丸の言わんとするところを悟り、鶴丸は苦笑する。
「気を回させちまって、すまんなあ」
「だから、気を遣っているわけではないと言っている」
そこで口籠った彼は、部屋で待っているであろう兄刀を思う。
「…兄者が、そうすれば喜ぶ」
その一言に込めた多くを、聡い相手はしっかりと受け取ったのだろう。
ふわり、と柔らかな笑みを向けられ、柄にもなく息を呑んだ。
「ありがとな、膝丸」
そのまま歩いて行った鶴丸の背を見送り、膝丸は先の余韻を飛ばすように緩く首を振る。
(…まったく、心臓に悪い)
来た道を引き返しながら、そんな悪態を突く。

「おや、ちょうど良いところに」
膝丸が引き返す道すがら、連なる部屋のひとつから小狐丸が顔を覗かせた。
「そろそろ霜月に入るが、そなたは霜月の鶴丸を承知か?」
唐突ではあるが、事情は即座に飲み込めた。
「ああ、知っている」
なれば話が早い、と他と同じく酒の入っている小狐丸は上機嫌のようだ。
「昨年は、気づいた三日月と獅子王、石切丸で毎夜斬り伏せていたそうじゃ。伊達の者たちは、護ることは出来ても斬ることが出来ぬようでな」
そう言う小狐丸も、霜月を過ぎてからここへ顕現したので詳細は知らぬらしい。

霜月は、かつて『鶴丸国永』が墓へ納められた頃。
霜月のある日に惨劇となり、そこで死んだ当時の主の墓へと鶴丸は副葬品として埋葬された。
ほんの数日後に『鶴丸国永』は暴かれることになるのだが、人の執念は生きても死んでも在り続けるものだ。

墓を暴いてまで奪った生者の執念に、亡者の無念が己が持ち物に対する執念と合わさり、『鶴丸国永を返せ』と手を伸ばす。

「今年は大丈夫だ。兄者が居るからな」

ほう、と小狐丸が目を眇めた。
「なるほど、『鬼切』ですか」
御神刀としてもそれなりに永く在った鶴丸は、実のところ三日月宗近よりも祓う力に富んでいる。
だが次々と現れる亡者を祓い続けるにも限界があった。
「…そもそも、暴かれた頃の鶴丸が連れて行かれないよう、亡者共を斬り続けたのは兄者だ」
詳しくは聞いていない。
しかし霜月が近づいてきた、と呟いた鶴丸に、髭切はこう言っていた。
『鬼じゃなくても、上手く斬れるから大丈夫』
得心した、と頷いた小狐丸は愉快げだ。
「なれば三日月たちにも伝えましょう」
御手並み拝見、とな。



「おや、おかえり」
鶴丸が部屋を覗くと、庭を眺めていた髭切の眼差しが柔く笑んだ。
弟刀に向けるものとも違うそれは、酷く心が擽ったい。
「気づいたらこんな時間でな。膝丸が心配して迎えに来てくれた」
「ふふっ、気が利く子でしょう?」
「あぁ」
彼の隣に腰を下ろせば、その腰に手を回されぐっと抱き寄せられる。
「…っ、髭切?」
「こうして掴まえておかないと、不安になるんだよねえ」
一体、どのような顔をして言っているのだろう。
そろりと髭切の横顔を見上げれば、彼の目はどこまでも優しく鶴丸を見ていた。
「あれから、もう千年だ。分霊の身とはいえ、こうして触れることが出来るなんてね」
さらに身を引かれ、彼の膝に乗り上げる形で抱き締められて。
鶴丸は詰めていた息を吐き出した。
「…そうだなあ」
腕に力を込め、髭切をぎゅうと抱き締める。
「刀の身でも、きみを忘れずにいられた。風の噂で聴くたびに安堵していた」
危なかったのは近代戦争の頃だ。
実際、あの前後で所在が不明となったり失われた刀剣は多い。
敗戦国であるから海外へ移ってしまった可能性もあった。
「国永は、よく行方不明になっていたね」
「…そうかい?」
「だって君、市井にも居たでしょう」
言い換えれば、刀と縁のない者が手を伸ばしてしまうほどに魅力的であったということだ。
政に縁ある者の間に在った髭切からしてみれば、探し難いことこの上なかった。
「他に奪われる心配は、してなかったけれどね」
ふふ、と悪戯に笑む髭切に、同じく笑って鶴丸は唇を寄せる。
「『物』は人の間で奪い奪われ、流転するものだぜ?」
酒のおかげか温かい唇は、互いを離れがたくさせる。
くらり、と視界が揺れたと思ったら、鶴丸の背はとさりと褥の上に降ろされていた。
単衣の間から触れてきた指先が冷たく感じる。
「…っ、きみ、せめて障子は閉めろよ」
額が触れるほど間近にある瞳が、やはり笑った。
「うーん。見せつけるのも良いかな、と思ったんだけど」
誰に、とは愚問だが、まだ霜月には早い。
それでも鶴丸は、ただでさえ『寄せ』易かった。
鶴丸は上げた右手で髭切の後ろ首を撫でる。
「…きみがやりたいなら良いが。乱れる姿は、きみ以外には見せたくないなあ」
髭切だから見せるのだと、暗に込めた言葉を相手は正確に受け取ってくれたようだ。
「……そんなことを言われたら、独占しないといけないね」
これも嬉しそうに笑む。
ぱたん、と障子が閉ざされ、覗き見る者は居なくなった。



「あ、来た来た!」
膝丸が大広間へ赴くと、待っていたとばかりに伊達の者たちが出迎えた。
「お疲れ様、膝丸さん。鶴さん、ありがとうね」
まだ居たのかと口に出す前につまみと酒の乗った膳を示されてしまっては、座る以外の選択肢がない。
「燭台切、明日の昼餉はアタシらがやるよー!」
そんじゃねー! と上機嫌で広間を去っていったのは次郎太刀と、岩融に日本号も見えた。
すでに広間は伊達の三人と膝丸だけで、すでに日付も越えている。
「まだ飲む気なのか?」
今回の宴であまり飲んでいなかった膝丸はともかく、彼らは鶴丸のペースに乗せられていたはずだ。
大倶利伽羅がちらりと視線を寄越した。
「気にするな。俺たちはもう酒じゃない」
「鶯丸が茶を入れてってくれたんだ!」
よく見れば彼らの手元には湯呑みがあり、燭台切の脇には急須もある。
「鶯丸も居たのか」
宴会では粟田口に混ざっていたような気がするが、審神者が抜けるのと同時に抜けていなかったか。
「鶴さんが何か言付けてったらしいぜ?」
太鼓鐘の言葉に、思い当たる節を見せたのは燭台切と大倶利伽羅だ。
「…前のあれか」
「前?」
「貞が来る前の話だ」
「今日みたいな宴会でね。うっかり鶴さんのペースに乗せられちゃってさ。翌日に見事な二日酔いだよ」
格好悪いよね、と苦笑した燭台切曰く、その日は二人して鶴丸の看病を受けていたという。
なぜか太鼓鐘が目を輝かせた。
「えー! 俺、鶴さんの看病とか受けたことない! 受けたい!」
「何を馬鹿なことを…」
わーわー言っている隣で、酒を飲みながら膝丸は尋ねる。
「二日酔いというのは、そんなに辛いものなのか?」
そうだ、この人も平安の刀だったよ…と燭台切は少し遠い目をした。
「そうだね…。動こうと思ったら頭がぐわんぐわんするし、食欲も出ないし。何より動けない理由が飲み過ぎっていうのは、本当に格好悪いよね…」
とにかく格好を気にする男である。
ふむ、と膝丸は思案した。
「鶴丸国永は世話をされているのをよく見るが…」
皆まで言わずとも何が言いたいか悟ったようで、彼は苦笑した。
「僕も伊達に居た頃の鶴さんは知らないんだけど。あの人、自分で出来ることは自分でやっちゃう人だよ」
「…あいつの場合は、『世話を焼かれてやっている』というのが近い」
大倶利伽羅が引き合いに出しているのは、三日月のことだろう。
彼は『世話を焼かれるのは好きだ』と公言している。
鶴丸の場合はさる方の宝物庫で共にある為か、平野藤四郎が世話を焼いているのを見るし、彼の兄刀も何かと鶴丸を気に掛ける。
刀の基礎と全盛を築いた平安生まれであり、髭切や膝丸と同様、由緒ある刀であることも起因しよう。
「あ、それ伊達でもそうだったよな。鶴さん、他のそういう機微に聡いし」
現代風に言うなら、空気が読めるというやつだ。
なるほど、と膝丸も腑に落ちる。
『鶴丸国永』に匹敵する格と歳月の付喪神が居らず、失礼に当たらぬよう気を回した者が居たのだろう。
(世話をされる必要はないが、したいと願う者は拒まないということか)
膝丸と髭切も似たようなものだ。

「なあなあ膝丸さん。膝丸さんと髭切さんも、鶴さんみたいに妖(あやかし)斬れるんだよな?」
不意に太鼓鐘が尋ねてきた。
「ああ」
「あれ、どうやってやるんだ? 近代以前は伊達も結構そういうのに襲われててさ、けど俺たちはあんまり上手く斬れなくて」
有象無象を斬ることは出来ても、『根元』を断ち切ることが出来なかった。
祓うという意味では、鏡の付喪神と桜の大樹の精に頼りっぱなしであったのだ。
鶴丸が来るまでは。
その鶴丸も霜月は狙われる側となり、時折"視える"僧侶が護符を置いていったり経を唱えてくれたりして事なきを得ていた。
(どうやる、と言われてもな…)
特に大倶利伽羅など、その名前だけで斬るための加護を持っていそうなものだが。
「…君たちが、『護り刀』だからかもしれないな」
平安の頃、人と人でない者は隣人であった。
"それ"は当たり前に存在し、人と混ざり合い、妖や神としても在った。
一口に『斬る』と言っても、人を守るために斬るのと人を殺すために斬るのとは意味合いが違う。
「俺たち平安の刀は、化け物が存在するすぐ傍で生まれた。当時の『当たり前』が染み付いているんだろう」
単に斬るだけなら、神酒や清酒、湧き水を刀身に掛けるだけでも効果はある。
「此処の話をするなら、石切丸や太郎太刀に祈祷してもらうのも良いんじゃないか?」
まだ平安の頃の時間軸には飛べないが、いずれ飛ばねばならぬ日が来るだろう。
そのとき、襲ってくるのが遡行軍だけとは限らない。
「祈祷か、それ良いな!」
今度頼んでみよーぜ! と提案する太鼓鐘は、やはり賑やかな男だ。
「…伊達は、本当に鶴を大事にするのだな」
音には聞いていたが、実際に見聞きするのは違う。
呟いた膝丸を見返し、太鼓鐘はどこで覚えたのかチッチ、と気障ったらしく指を振った。
「それはちょーっと違うぜ、膝丸さん」
なあ? と彼が大倶利伽羅に顔を向けると、彼は酔って態度が軟化しているのかそうだな、と肯定を返した。
次に燭台切を見れば、そちらは膝丸の分の茶を淹れてからそうだね、と返した。
「もちろん、鶴さんが『伊達の鶴』の一つであることはその通りだけど」
うんうん、と満足げに頷いた太鼓鐘は、えっへんと胸を張る。

「俺たちにとって、鶴さんは家族だからな!」

家族。
刀工に繋がりは無いし、生まれた時代も場所も違う。
人に生み出され人の心により魂を持った自分たちが、例えるとするなら。
「…そうか」
自然と、膝丸の口許は笑みを象った。
彼らの姿を評するなら、正しくその通りだと思う。
「そういえば髭切さんてぽやっとした感じするけど、昔からああなのか?」
しかし話題を転換した太鼓鐘の問いには、全力で首を横に振ることになった。
「ぽやっと…?! いや、そう見えるかもしれないが、ボケているわけではないぞ!」
「貞ちゃん、もうちょっと違う例えしよう?」
夜はさらに更ける。





翌日、陽は天頂に昇ろうかという頃。
覚醒の近かった髭切は、そっと忍んでくる足音を聴いて目を開ける。
「兄者、起きているか?」
どうやら膝丸のようだ。
「うん。どうしたの?」
聞き返すと、ホッとしたような気配があった。
「いや…実は、太鼓鐘が二日酔いになったらしくてな」
「おや」
それは大変だ、と胸の内だけで呟いてから、髭切は膝丸がやって来た理由を察した。
「うん、分かった。後で国永をそちらに行かせるから」
「すまない」
その謝罪はおそらく、髭切にだけ向けられたものではないだろう。
足音が去ってから、彼は腕の中の白を改めて見下ろした。
「聞こえてた?」
鶴丸はくつくつと笑い声を漏らし肩を揺らす。
「ああ、聞いてた。貞坊まで潰しちまったかあ」
まだ少し眠気の残る目尻を撫でてやれば、黄金色が心地良さげに細まった。
「もう昼かい?」
「おそらくね」
戯れに唇を合わせてから、鶴丸は布団から身を起こした。
その身体はまだ何も纏ってはおらず、刀を振るう者として引き締まった白い身体が曝け出される。
所々に残された朱から、情交の色が微かに匂い立った。
「まだ湯殿は沸いているだろうから、ついでに行っておいでよ」
身を起こし翼でも生えそうな肩甲骨に唇を触れて、髭切は鶴丸を即す。
彼の目を見返した鶴丸は、ふっと柔らかに笑んだ。
「そうかい。それじゃ、後は頼むぜ」
俺の旦那様、と髭切の耳許でとびきり甘く囁く。

こうと決まれば、鶴丸の行動は早い。
立つ鳥跡を濁さずとはよく言ったもので、彼はすでに内番着を手に部屋を後にしている。
「…ふふ」
堪らないなあ、と零した髭切の表情は、朗らかでいて甘やかであった。



余談だが。
念願叶って鶴丸の看病を受けた太鼓鐘は、二日酔いを格好悪いと称した燭台切に大いに賛同し、酒量を抑えることを覚えたという。


兄自慢、弟自慢

(膝丸は伊達部屋に泊まっていました)



16.10.23

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