「ここに集まっていただいた皆さんには、第一部隊として出陣していただきます」
隊長、山姥切国広。
補佐、三日月宗近。
隊員には髭切、膝丸、大典太光世、そして骨喰藤四郎。
集まった者たちへ、審神者は淡々と告げる。

「出立は30分後です。皆さん、ご準備を」

今まで、歴史改変阻止のために時空を飛べるのは、一度に二振りのみであった。
それが今回、審神者が一時同行することで六振りまで可能となったという。
骨喰を除いた者たちは今までも第一陣として最前線へ赴いていたが、同じ部隊として動くのは初めてになる。
「部隊としての出陣は、皆初めてか。まあ、よろしく頼む」
三日月の鷹揚とした調子は普段と何ら変わりない。
山姥切は幾度か彼と平安時代に飛んだことがあり、また隊員となった者たちとも組んだことはあった。
まったく見知らぬ者同士でないことは、幸いか。
「30分後、時間移動の扉前に集合だ。時間厳守で」
隊長である山姥切の言葉に各々が頷き、腰を上げた。
「…兄者が惣領ではないのか」
「主が決めたことだからね。そこは仕方がないよ」
弟の膝丸と言葉を交わし、髭切も部屋を出る。
「おお、そうだ」
彼らの前を歩いていた三日月が振り返った。
「第二部隊が戻っておるぞ。重症の者は居ったが、皆無事なようだ」
月の浮かぶ藍色の目は髭切を見て、何を感じたか満足気に笑みを深めると彼は途中の渡殿を曲がっていった。
主語とすべき相手を指定せぬ物言いであったが、十分だ。
「兄者、俺は先に行っている。遅れないよう気をつけてくれ」
「うん。分かった」
膝丸もまた三日月が言わんとしたことを察し、先立って歩いていった。
髭切は弟の背を見送って、気を遣わせたかなぁ等と思考の隅で思う。
その足は、すでに目的地へと向いていた。



蜻蛉切が目を覚まし、皆して胸を撫で下ろしてから各々部屋へ引き上げようという話になった。
ここには居ない和泉守兼定も、そのうち本当に報告書を書きに部屋へ戻るだろう。
「俺たちはみんな、出来ることをした。そして全員が無事に戻れた。今はそれで良いさ」
「…はい」
鶴丸国永の言葉に、硬い表情ばかりであった堀川国広もようやく笑みを浮かべた。
「薬研もはよう部屋に戻って静養じゃ」
「分かってるさ」
気の抜けたような軽口も、今だから出来ることだろう。
戦いの道具である自分たちにとって、『歴史を守る使命』はこの仮初の身体の命よりも重い。

「国永」

運良く見えた後ろ姿に、髭切は迷わず声を投げた。
白い背が振り返り、目を見開く。
「髭切じゃないか!」
鶴丸は第二部隊の面々に断りを入れ、髭切へ歩み寄る。
彼の装束は、内番や非番時に見るものではない。
「これから出陣かい?」
「そう。第一部隊としてね」
部隊編成のテストケースは、第二部隊だ。
その有用性を考慮し、『第一部隊』が組まれたと見える。

鶴丸が背を向けたままひらりと片手を振ったので、薬研藤四郎は他の者を促してその場を離れた。
「あの、今の方は…?」
「あいつは髭切。弟刀の膝丸も含めて、『源氏の重宝』と呼ばれてる平安の太刀だ」
鶴丸も平安の刀と聞いていた。
物珍しそうに彼らを気にしていた堀川に答えてやってから、薬研はちらりと陸奥守吉行を見上げる。
「どうした?」
「あー、いや。平安の刀はみんな、どうにもとっつき難くて…こっちの調子が狂うんじゃ」
苦笑いこそしているが、陸奥守は楽しそうだ。
「鶴丸は儂らに合わせてくれるんじゃが、特に三日月辺りはマイペース過ぎてのう」
堀川も、その名前だけは耳にしたことがあった。
「三日月宗近さん、ですか」
「堀川はまだ会ったことないか」
薬研の問に堀川は頷く。
「はい。お名前だけは聞いてます」
「ま、あの爺さんは喰えない御仁だからな」
頼りになることは確かだが、と続いた。



薬研たちの去った廊下は、運良く鶴丸と髭切の二人きりだ。
「第一部隊の編成と出陣か。…また、面倒そうな匂いがするなあ」
鶴丸が加勢に入った第二部隊の任務は、結構な難易度になっていた。
歴史修正主義者たちの行動が今までにないものとなり、また周囲に広がる被害はこちらの精神にも悪影響を与えてくる。
「そうだね。だから、今逢えて良かったよ」
する、と降ろしたままの右手に違う体温が触れた。

おそらく、第一部隊が出陣した後には再び第二部隊も出陣するだろう。
何日掛かる任務か明かされていないが、どちらにせよ一筋縄ではいかない。
次に顔を合わせる日がいつになるのか、互いに何も分からない。
「…そうだな」
鶴丸は触れた体温を指先で掴む。
「せめて…折れず、死なずに戻ってきてくれよ」
出来るのは、祈ることだけだ。
この身で出来る約束はほぼ無い。
髭切は眦を緩め、笑った。
「努力するよ。寂しがり屋の君を独りにするのは、もっと寂しいことだから」
使命を秤にかける、約束は出来ない。
同じことを言われたら、鶴丸だって同じ言葉を返すだろう。
それがどこか歯痒い。
鶴丸は髭切の頬へ唇を寄せた。

「きみと第一部隊に、武運を」

ほんの一瞬だけ触れた唇の感触に、髭切は柄にもなく高揚を覚えた。
(君は本当に…)
それぞれに我と癖の強い刀剣たちの中で、誰と組んでも一定以上の成果を残せる鶴丸は、山姥切や三日月とは違う意味で重用されている。
そんな彼を知らぬ者は日の浅い者以外には居ないし、頼りにしている者だって多い。
それでも。

「国永も、戻ってきてね」

彼が弱さを、胸中の不安を、自ら明かす相手は自分だけだと言い切れる。
今、己に向けられている表情だって、他の誰もが知らないものだ。
(君と寄り添うことを、使命の秤に掛けられたら良いのに)
髭切は自身の指を掴む手を掬い、白い指先にそっと口づけた。


活劇小話


17.8.12

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