彼らについて

(5.新入り)




「お、新入りかい?」
審神者の部屋を辞した山姥切長義は、白の目立つ二振りの刀と出くわした。
「鶴丸国永…と、髭切か」
「おや、よく分かったねえ」
初めの問い掛けは鶴丸で、長義の確認に答えたのは髭切だ。
新入りの刀が、本丸既存の刀の名を人の形と合わせて分かっているのは珍しい。
長義は薄っすらと笑む。
「俺は政府付きの刀剣だったのでね。審神者と同等の知見を持ち合わせているよ」
「へぇ。うちには居るから来なかったが、政府から三日月と小狐が配布されたとは訊いたな」
「あれは本当に『配布』だったからな。俺とは少々立場が違う」
髭切が首を捻った。
「あれ? 君と同じ名前の刀が居たよねえ」
「山姥切国広だな」
答えは解っているだろうに、訊いた髭切も答えた鶴丸も意味ありげに長義を見遣るのみ。
古刀というのは、含みを持たせるのが癖らしい。
「俺は山姥切長義。偽物くんとは違うよ」
失礼する、と止まっていた足を踏み出した長義へ、後ろから鶴丸の声が掛かる。

「それなら、後で『偽物』の意味を教えてくれ」

何の反応も返さず立ち去っていった相手に、鶴丸はやれやれと肩を竦めた。
「虎徹の連中とは違う方向で面倒そうだなあ」
「そう? 中々に面白そうだけど」
髭切が自ら面白がるなんて、絡まった毛糸玉に等しい。
「それよりも、早く報告を済ませようか」
終われば休暇が待っている。
鶴丸も髭切も1ヶ月ぶりの休暇、楽しみなのはお互い様だ。







任務上のパートナーは、本丸でも同室であることが多い。
例に漏れず鶴丸と髭切も今は同室で、二人してこたつで丸くなっている。
「こたつは最高だなあ…」
「国永、寝ちゃ駄目だよ。前にのぼせたんだから」
「分かってる……うん?」
コツコツ、と部屋の格子を叩く音がする。
「鶴丸国永さん、髭切さん、今良いですか?」
聞き覚えのない声だった。
二人で顔を見合わせ、こたつから出る。
「ああ、構わんぜ」
遠慮がちに障子を開けて入ってきたのは、短刀の少年だった。
「おお、初めて見る子だね」
髭切の言葉ににこりと笑みを浮かべて、彼は居住まいを正す。
「お初にお目に掛かります。僕は日向正宗。つい先日顕現したばかりなので、ご挨拶に伺いました」
鶴丸がパッと表情を輝かせた。
「正宗って、きみ、もしかして相州伝の正宗かい?」
「はい」
「髭切。正宗と言えば、まさに中央の象徴だ! おまけに完成度の高さは極めつけと聞くぞ?」
「御上の贈答用だね。僕は奉納以外は引き継がれるだけだったし、国永は平和的な贈与なんてほぼ無かったろうし」
自分たちとはまったく異なる生み出され方をしたなら、きっと刃は違う輝きを持つのだろう。
けれど、刀であるなら役目はひとつ。

「きみと任務を共にするのが楽しみだなあ」

ふんわりと鶴丸に笑い掛けられて、ついに日向は赤面した。
先程からこの二人は『正宗』を褒め殺していたのだから、耐えられるわけもなく。
「こ、こちらこそ…!」
今更手の甲で顔を隠しても、無駄な足掻きというもので。
「あーあ、本当に国永は人たらしだねえ」
クスクス笑う髭切に、あなたも大概ですと言い返す余力は、日向には残っていなかった。







やや遅めの八つ時に厨を訪れると、小豆長光と謙信景光が仲良く善哉を作っていた。
「あ、つるまるさんとひげきりさん!」
「あたらしいぜんざいがもうすぐできるぞ。まっていてくれ」
鶴丸と髭切は顔を見合わせ、隣の広間へ移る。
髭切は厨の入り口を眺めながら、うーんと唸った。
「…誰だっけ? まったく名前が分からないや」
「……きみ、ついに思い出すことすら諦めたのか」
銘や号があやふやな刀も、無銘の刀も珍しくない。
彼らはそう怒るような性格でもなさそうだが、さて。

「ぼくは謙信景光、こっちは小豆長光だ。上杉謙信さまのおやしきで、ながいこといっしょだったんだ」
謙信が盆に善哉を乗せてやって来た。
聞こえていたらしい。
「上杉謙信と武田信玄は、人の子の間でいつも人気だよなあ」
礼を言って善哉を受け取ると、甘い匂いが漂ってくる。
「織田信長周りもそうだと思うけどね。時代が古ければ古いほど、記録は残らないから」
「違いない」
口にした善哉は、程良い甘さで鶴丸にも髭切にもちょうど良い。
「美味いな、この善哉!」
「うん。甘過ぎなくて良いねえ」
彼らの隣に座って同じく善哉を食べ始めた小豆と謙信は、顔を見合わせ満足気に笑う。
「ふたりはいつも、おやつのじかんをずらすときいていたからね」
「あまさのこのみもきいておいたんだ!」
任務で留守がちな鶴丸と髭切の、食事はともかく甘味の好みを知っている者は。
「なるほど。光坊か」
「みつたださんだけじゃなくて、こりゅうにもおしえてもらったぞ」
ふふ、と髭切が意味ありげに鶴丸を見た。
「あの竜くん、ひよこみたいに君に懐いてたもんねえ」
ひよこという例えに、鶴丸は苦笑する。
「きみも小竜を気に入ってるじゃないか。そういや、最近会ってないな」
「かれはそはやのつるきとにんむちゅうだよ」
「ソハヤか…。合うのか? あいつら」
「どうだろうねえ」







遠目に見た先、中庭で寄り添う白い二振り。
(ふむ、大典太たちと入れ替わりで休暇ということか)
静形薙刀は、最近本丸で見掛けるようになった彼らに思い当たる。
ほんの3日ほど前までは、彼らの姿を見たこともなかった。
顔見知りになった粟田口の脇差たちに教えられ、ようやく覚えた刀でもある。
池の鯉を眺めているのか、話の肴にしているのか。
この位置からでは判断出来ない。
けれど不意に、髭切が鶴丸の頬を撫でたことはよく見えた。
(…俺に歴史は無い。在るのは寄り集まった『概念』のみ)
まだ彼らの来歴は訊いていない。
だが髭切の肩口に頭(こうべ)を預ける鶴丸も、彼の白銀の髪を掬う髭切も、彼らにしかない『逸話』が繋げているのだろう。
(物は名を得て力を得る。俺には名すら無いが…)
人の身を与えられ、ゆえに人のように新たな関係を創ることが出来る。
(しかし…)
考える。
この身が役目を終えたとき、この身の記憶は、想いは、どこへ行くのだろうと。
(俺に、あ奴らのような還る場所はあるのか…?)
羨ましいわけではない、ただ知りたい。
千年の刃生(じんせい)の想いと、仮初の人生の想いの行き先を。
(まあ、今は邪魔はすまい)
ふっと一人笑い、静形は来た廊下を引き返した。


End.
(山姥切長義に落っこちる未来を、私はまだ知らなかった)


2019.1.6
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