彼らについて
(5.新入り)
「お、新入りかい?」
審神者の部屋を辞した山姥切長義は、白の目立つ二振りの刀と出くわした。
「鶴丸国永…と、髭切か」
「おや、よく分かったねえ」
初めの問い掛けは鶴丸で、長義の確認に答えたのは髭切だ。
新入りの刀が、本丸既存の刀の名を人の形と合わせて分かっているのは珍しい。
長義は薄っすらと笑む。
「俺は政府付きの刀剣だったのでね。審神者と同等の知見を持ち合わせているよ」
「へぇ。うちには居るから来なかったが、政府から三日月と小狐が配布されたとは訊いたな」
「あれは本当に『配布』だったからな。俺とは少々立場が違う」
髭切が首を捻った。
「あれ? 君と同じ名前の刀が居たよねえ」
「山姥切国広だな」
答えは解っているだろうに、訊いた髭切も答えた鶴丸も意味ありげに長義を見遣るのみ。
古刀というのは、含みを持たせるのが癖らしい。
「俺は山姥切長義。偽物くんとは違うよ」
失礼する、と止まっていた足を踏み出した長義へ、後ろから鶴丸の声が掛かる。
「それなら、後で『偽物』の意味を教えてくれ」
何の反応も返さず立ち去っていった相手に、鶴丸はやれやれと肩を竦めた。
「虎徹の連中とは違う方向で面倒そうだなあ」
「そう? 中々に面白そうだけど」
髭切が自ら面白がるなんて、絡まった毛糸玉に等しい。
「それよりも、早く報告を済ませようか」
終われば休暇が待っている。
鶴丸も髭切も1ヶ月ぶりの休暇、楽しみなのはお互い様だ。
*
任務上のパートナーは、本丸でも同室であることが多い。
例に漏れず鶴丸と髭切も今は同室で、二人してこたつで丸くなっている。
「こたつは最高だなあ…」
「国永、寝ちゃ駄目だよ。前にのぼせたんだから」
「分かってる……うん?」
コツコツ、と部屋の格子を叩く音がする。
「鶴丸国永さん、髭切さん、今良いですか?」
聞き覚えのない声だった。
二人で顔を見合わせ、こたつから出る。
「ああ、構わんぜ」
遠慮がちに障子を開けて入ってきたのは、短刀の少年だった。
「おお、初めて見る子だね」
髭切の言葉ににこりと笑みを浮かべて、彼は居住まいを正す。
「お初にお目に掛かります。僕は日向正宗。つい先日顕現したばかりなので、ご挨拶に伺いました」
鶴丸がパッと表情を輝かせた。
「正宗って、きみ、もしかして相州伝の正宗かい?」
「はい」
「髭切。正宗と言えば、まさに中央の象徴だ! おまけに完成度の高さは極めつけと聞くぞ?」
「御上の贈答用だね。僕は奉納以外は引き継がれるだけだったし、国永は平和的な贈与なんてほぼ無かったろうし」
自分たちとはまったく異なる生み出され方をしたなら、きっと刃は違う輝きを持つのだろう。
けれど、刀であるなら役目はひとつ。
「きみと任務を共にするのが楽しみだなあ」
ふんわりと鶴丸に笑い掛けられて、ついに日向は赤面した。
先程からこの二人は『正宗』を褒め殺していたのだから、耐えられるわけもなく。
「こ、こちらこそ…!」
今更手の甲で顔を隠しても、無駄な足掻きというもので。
「あーあ、本当に国永は人たらしだねえ」
クスクス笑う髭切に、あなたも大概ですと言い返す余力は、日向には残っていなかった。
*
やや遅めの八つ時に厨を訪れると、小豆長光と謙信景光が仲良く善哉を作っていた。
「あ、つるまるさんとひげきりさん!」
「あたらしいぜんざいがもうすぐできるぞ。まっていてくれ」
鶴丸と髭切は顔を見合わせ、隣の広間へ移る。
髭切は厨の入り口を眺めながら、うーんと唸った。
「…誰だっけ? まったく名前が分からないや」
「……きみ、ついに思い出すことすら諦めたのか」
銘や号があやふやな刀も、無銘の刀も珍しくない。
彼らはそう怒るような性格でもなさそうだが、さて。
「ぼくは謙信景光、こっちは小豆長光だ。上杉謙信さまのおやしきで、ながいこといっしょだったんだ」
謙信が盆に善哉を乗せてやって来た。
聞こえていたらしい。
「上杉謙信と武田信玄は、人の子の間でいつも人気だよなあ」
礼を言って善哉を受け取ると、甘い匂いが漂ってくる。
「織田信長周りもそうだと思うけどね。時代が古ければ古いほど、記録は残らないから」
「違いない」
口にした善哉は、程良い甘さで鶴丸にも髭切にもちょうど良い。
「美味いな、この善哉!」
「うん。甘過ぎなくて良いねえ」
彼らの隣に座って同じく善哉を食べ始めた小豆と謙信は、顔を見合わせ満足気に笑う。
「ふたりはいつも、おやつのじかんをずらすときいていたからね」
「あまさのこのみもきいておいたんだ!」
任務で留守がちな鶴丸と髭切の、食事はともかく甘味の好みを知っている者は。
「なるほど。光坊か」
「みつたださんだけじゃなくて、こりゅうにもおしえてもらったぞ」
ふふ、と髭切が意味ありげに鶴丸を見た。
「あの竜くん、ひよこみたいに君に懐いてたもんねえ」
ひよこという例えに、鶴丸は苦笑する。
「きみも小竜を気に入ってるじゃないか。そういや、最近会ってないな」
「かれはそはやのつるきとにんむちゅうだよ」
「ソハヤか…。合うのか? あいつら」
「どうだろうねえ」
*
遠目に見た先、中庭で寄り添う白い二振り。
(ふむ、大典太たちと入れ替わりで休暇ということか)
静形薙刀は、最近本丸で見掛けるようになった彼らに思い当たる。
ほんの3日ほど前までは、彼らの姿を見たこともなかった。
顔見知りになった粟田口の脇差たちに教えられ、ようやく覚えた刀でもある。
池の鯉を眺めているのか、話の肴にしているのか。
この位置からでは判断出来ない。
けれど不意に、髭切が鶴丸の頬を撫でたことはよく見えた。
(…俺に歴史は無い。在るのは寄り集まった『概念』のみ)
まだ彼らの来歴は訊いていない。
だが髭切の肩口に頭(こうべ)を預ける鶴丸も、彼の白銀の髪を掬う髭切も、彼らにしかない『逸話』が繋げているのだろう。
(物は名を得て力を得る。俺には名すら無いが…)
人の身を与えられ、ゆえに人のように新たな関係を創ることが出来る。
(しかし…)
考える。
この身が役目を終えたとき、この身の記憶は、想いは、どこへ行くのだろうと。
(俺に、あ奴らのような還る場所はあるのか…?)
羨ましいわけではない、ただ知りたい。
千年の刃生(じんせい)の想いと、仮初の人生の想いの行き先を。
(まあ、今は邪魔はすまい)
ふっと一人笑い、静形は来た廊下を引き返した。
End.
(山姥切長義に落っこちる未来を、私はまだ知らなかった)
2019.1.6
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