まじるんるんごきげん丸。
何ともアレな名前だが、当人が嬉しそうにるんるんしているので良しとしよう。
「これは成功…なのか?」
三日月には初めからバレていたようだが。
苦笑気味の鶴丸に、加州と乱は胸を張る。
「そりゃもう、大成功でしょ」
「ついでに他のみんなも驚かせに行こう!」
まじるんるんごきげん丸…もとい獅子王を追い掛けて行った二振りを見送り、鶴丸はようやく満足げな息を吐いた。
「まあ、獅子王が喜んでくれたなら重畳」
「ふむ。あの出で立ちは鶴丸が発案であったか」
尋ねた三日月に、鶴丸は頷いてみせる。
「ああ。きみを驚かせたいと言ってな。驚きを求められたら、そりゃあ乗らんとな!」
三日月を見下ろしていた鶴丸は、そこで初めて小狐丸に気がついた。
望月の目が丸くなる。
「小狐じゃないか! きみ、一体いつ来たんだ?!」
「つい今朝方ですよ。ようやく逢うことが出来ましたね」
なぜだか三日月がクスクスと笑う。
「俺に会うなり『鶴はどこだ』と訊いてくるので驚いた。しかし俺はそなたの部屋を知らんのでなあ」
そういえば、自分の部屋を覚えるので手一杯だと言っていたか。
「広間と厨は覚えられたんだな」
「風呂場も覚えたぞ」
よく使うのでな、との言い草からは、他の刀たちの部屋を覚えるまでにまだまだ掛かりそうな予感しかしない。
「鶴」
ちょいちょいと小狐丸に手招きされ、鶴丸は彼と三日月の間に膝を付く。
「なんだい?」
差し出されたのは、檜の櫛。
今度は三日月の目が丸くなったが、小狐丸も鶴丸も気づかない。
鶴丸の表情がパッと明るくなった。
「良いのかい?」
「もちろん」
小狐丸の返答を聞くや、鶴丸は嬉々として彼の後ろに座り込み、その自慢の髪に手を伸ばす。
彼の目がキラキラと、まるで朝陽のように輝いた。
「おおっ……ふわっふわのさらっさらだな!」
これは良いなあ! と、鶴丸は時折もふもふと遊びながら白練色の髪を櫛で梳いていく。
「前々から思っていたが、きみの髪にはそこらの女人は太刀打ち出来んなあ」
「狐の毛並みは重要ですから」
目の細かい櫛もするりと抜ける滑らかさだ。
「後で鶴の髪も梳いて差し上げましょう」
「ははっ。お手柔らかに頼むぜ」
鶴丸の指先の心地良さを感じながら、小狐丸は目を細める。
「三日月、どうされました?」
ふと、三日月が呆けたようにこちらを見ていることに気がついた。
問われたことで、三日月も我に返る。
「…いや、そなたは先程短刀の子らに、まだ駄目だと申しておったのでな」
「…ああ、そういえば」
三日月たちに茶を淹れてくれた前田と秋田が、小狐丸に髪を触って良いかと尋ねたのだ。
そのとき小狐丸はこう言った。

『約束している者が居りますゆえ、その後であれば』

なれば、彼の言う『約束した相手』は鶴丸ということだ。
「昔から、鶴にだけは好きにさせておりましたゆえ」
「…『昔から』?」
「ええ」
鶴丸は小狐丸の髪に夢中なのか、三日月の言葉を聞いていないらしい。
訝しげな三日月へ、小狐丸は右の指で狐の形を作ってみせた。
「これ以上は秘密ですよ」





敷いた布団に寝そべりながら、鶴丸はぱたぱたと足を揺らした。
「あの三日月が驚く様を、二度も見られるとはなあ」
クスクスと肩を揺らして笑う様子から、上機嫌であることは明白だ。
彼の白銀の髪は、小狐丸の指先をするりと抜ける。
「櫛で梳かずとも、そなたの髪は美しいですね」
無論、髪だけではない。
鶴丸国永という存在は、いつだって昼日中に降る雪のように煌めいて見える。
「きみに褒められるたあ、光栄だねえ」
擽ったいような笑みを浮かべて、鶴丸は頬杖を付いていた手を小狐丸へ伸ばした。
「…人の身になって触れると、きみはとても暖かいな」
「鶴は少し体温が低いですね。ちゃんと食べておりますか?」
「食ってるぞ。光坊たちの作る飯は美味いからな」
小狐丸が触れてくる鶴丸の腕を強めに引くと、彼は逆らわず自身よりも逞しい腕の中へ収まった。
離れぬようにと抱き締められて、ほうと息を吐く。

「……うん。暖かいな」

1人の部屋は広いけれど、時折、退屈で堪らなくなる。
鶴丸はあまり物を増やさないから、部屋の中はいつまで経っても賑やかにならない。
(…ひとり、は)
さら、と髪を掻き上げるように、大きな手が鶴丸の頭を撫でていく。
「私が居りますゆえ、もう寒くはないですよ」
「ん…」
鶴丸国永という太刀は、永い間多くの人の手を点々とし続けた。
出会いと別れを繰り返してきた彼の心は、いつしか『寂しい』という言葉を忘れてしまって。
「馴染みの者と同室にはしなかったのですね」
「そうだな。光坊にもそれは言われたんだが…」
小狐丸を見上げて、鶴丸はふにゃりと幸せそうに笑った。

「待っていれば、いつかきみが来ると思って」

寂しいと鳴く言葉を忘れてしまったこの鳥が、小狐丸には酷く愛おしい。


花丸小話


16.12.4

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