望の乞う声、朔の言承け
(朔の言承け 2)
内番に加われるようになった鶴丸は、今日も空を見上げる。
「鶴丸さん、調子はどうじゃ?」
「おお、陸奥か。まあ何とか、ってところだな」
出陣するにはまだ体力が戻っておらず、まずはすべての内番をこなせるようになってからと説き伏せられた。
木刀の素振りを始めたが、確かにまったく身体が動かないので困ったものだ。
「無理だけは絶対にいかんぜよ?」
「分かってるさ、誰に会っても言われるからなあ。ところで小狐はどうだい?」
陸奥守は何を思い出したか、肩を震わせて笑った。
「いやぁ…あっはっは! あの御仁、馬に馬鹿にされとって面白うてなあ!」
それは見てみたかったかもしれない、と鶴丸はちらりと思う。
「鶴丸さーん!」
厨の方から、平野と物吉、それに鯰尾が竹籠を手に駆けてきた。
「おお、何か大量じゃったか?」
「もっと奥の方だが、栗がな」
「そりゃあええ! 儂も後で加勢に行くき!」
「そりゃ助かるな」
厩へ戻っていった陸奥守に、鶴丸も立ち上がり伸びをする。
「よし、じゃあ物吉は俺を手伝ってくれ。平野と鯰尾は先に栗拾いだ」
「はい!」
「合点です!」
秋の実りは冬への備え。
そういえば同田貫正国と獅子王が、釣りで鮭が掛かったと言っていたか。
「鶴丸さん。中秋の名月って今日ですよね?」
「そうだな。暦については歌仙か鶯丸に聞くのが一番だが」
「歌仙さんがさっき、厚くんたちに芒を採ってきてくれと言っていたので」
「ほう…。月見でもするのか」
雅なことに煩い刀なので、ほぼ100%それだろう。
月齢を口にしたことで、鶴丸は溜息を殺す。
「…望月か」
朔の日まで、まだ遠い。
(まただ…)
物憂げな色を乗せて空を見上げる鶴丸を、物吉は何とも言えずにただ見つめた。
彼が何を乞うてそのような切ない顔をするのか、答えは空にも見えない。
「鶴。鶴丸」
ハッと顔を上げれば、小狐丸が鶴丸の顔を覗き込んでいた。
「あ、ああ。何だい?」
「最前から、ぼんやりとしております。一度部屋へ戻りますか?」
首を横に振ろうとして、鶴丸は口籠る。
「…い、や…そうだな。そうした方が良さそうだ」
「分かりました。少々お待ちを」
同じ畑仕事をしている者たちへ断りに行く小狐丸の背を、ぼんやりと追う。
彼はすぐに戻ってきた。
「お待たせしました。参りましょう」
手を引かれるまま、自室への道を辿る。
鶴丸の部屋は、竜胆丸が居た頃と何も変わっていない。
同室者として小狐丸が来たのは、竜胆丸が消えた日。
後ろでパタリ、と障子が閉まる。
「もう、大丈夫ですよ」
そっと目を塞がれては、甘えるしかない。
鶴丸は堪え切れずに目尻を濡らす。
「…竜胆っ」
会いたい。
会いたい。
本霊とて百年に一度も会えぬ身だというのに、再び別れて十日も待たずにこの有様だ。
さめざめと涙する鶴丸を、小狐丸があやすように抱き締める。
小狐丸は竜胆丸が消えた日、その手で投げ入れられた資材より鍛刀された。
ゆえに彼はある程度、竜胆丸の存在と記憶を持っている。
「鶴、あと半月です。月を半分だけ待てば、彼は必ず戻ります」
元より欠けた存在が、半身と寄り添い完全となった後の別離だ。
どれだけの痛みを伴うのか、小狐丸には想像も難しい。
「判ってる…判ってる、けど、でも」
月日がこんなにも遅いこと、知りたくもなかった。
「良いのですよ。貴方が胸の内を話してくださるだけで、我らは嬉しいのですから」
鶴丸の我儘はとても可愛らしいので、誰もそれを我儘の内に数えない。
「私だけでは淋しいと仰るのなら、今日は誰ぞ呼びましょうか」
眠りにつき独りになることを怖がる鶴丸は、誰かの添い寝を望むようになった。
「……三日月が良い」
「分かりました。ではそのように」
粟田口の大部屋へ行くこともあれば、伊達の2人の部屋へ行くこともある。
竜胆丸の存在を覚えているのは、小狐丸を除いて三日月と大倶利伽羅だけだ。
それでも皆が、鶴丸の隣に誰かが足りないような気がしている。
「もうすぐ物吉が茶を持ってきてくれます。それを飲んだら、少し休みましょう」
敷かれた座布団に腰を下ろし、鶴丸は頷く。
(俺は…)
いつの間に、こんなにも弱くなったのだろうか。
今まで何百年も、独りで在ったというのに。
「ーー竜胆」
真白き鶴は、今日も半身の還りを待っている。
End.
2016.1.3
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