白鶴演舞
(4)
本丸の裏庭のさらに奥にある裏山は、十分な広さのある本丸内で事足りるため他はほとんど立ち入らない。
あるとすれば、秋に総出で栗やきのこを狩りに行くときだろう。
本丸西の木戸を開けようとする兄弟刀を見つけ、鯰尾は声を投げた。
「兄弟! どこへ行くんですか?」
問い掛けに振り返った骨喰藤四郎は、簡潔に返す。
「裏山に」
ああ、と鯰尾は納得した。
この本丸の裏山へ出るには、東西の木戸を除けば鶴丸の離れがある北の木戸を通るしかない。
裏山は最近、骨喰のお気に入りだ。
「いつものとこか。良いのあったら収穫しといてくださいねー!」
ぶんぶんと手を振ってくる彼に、骨喰は微かに笑みを返した。
「分かった」
骨喰が『それ』を知ったのは、偶然だ。
鶴丸の部屋がある北の離れには、多くの紫陽花が植わっている。
梅雨の時期にそれはそれは美しく咲き、ほとんどの記憶を失っている骨喰にも花の美しさが判るほどだ。
だからその日は、非番である鶴丸に断って近くで見せてもらおうと離れを訪ねたのだ。
表から声を掛けても返事はなく、寝ているのなら悪いと思いそっと裏手へ回って紫陽花を見ようとして。
裏の縁側に見つけたのは、鶴丸に膝を貸し寛ぐ『鶴丸』の姿。
骨喰の姿を捉えた彼は、困ったように笑ってから人差し指を唇に当てた。
秘密だと、声もなく告げられたそれを骨喰は守っている。
裏山を獣道に沿って歩き、幾つか茂みを越えると川と繋がる池に出る。
時折川魚が跳ねる池の淵で、骨喰は微かに別の気配を感じた。
「…居るのか」
そより、と風が吹く。
「ああ。きみの頭の上にな」
声に従い上を仰げば、樹々の間に白があった。
「今日は、木戸を抜けるときに兄弟に見つかった」
「へえ、鯰尾は内番ってやつかい?」
「そうだ。畑で畝を作っている」
本日の出陣枠で、鶴丸は第2部隊の隊長として墨俣に出ている。
ゆえに今骨喰が話しているのは、普段接する鶴丸ではない。
「んん…ここからはよく見えないな。遠眼鏡でも取り寄せてみるか…?」
本丸の方を見ているらしい彼の姿を、骨喰は下からじっと見上げた。
短刀も顔負けの忍者のような機動を持つ彼が、何度も隊長として世話になっている鶴丸のために在ることを、何となく悟っている。
「…国永は、今日はずっとここに居たのか?」
「ん? いいや。落とし穴と掛水のどちらがマシか、部屋でずっと考えてたぜ」
あちらの鶴丸が、兄弟たちを含め多くの者に秋波を送られていることを知っている。
けれどあちらの鶴丸と話しても、国永と話して感じる鼓動が違う。
どこか胸が温かいような、けれど時々チクリと痛むそれを、骨喰は鶴丸には感じない。
国永と真正面から顔を合わせたことなど、初めだけ。
言葉を交わすのは、骨喰が非番の日か何も頼まれていない午前か午後のみ。
それでも彼の存在を誰にも言わず、骨喰は裏山のこの場所に来る。
胸に抱く想いが何なのか、国永にさえ伝えずに同じ刻を過ごす。
ーー密やかな、恋だった。
白鶴演舞
2016.4.10
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