刺すように冷えた空気が、頭をぼやかせていた眠気を吹っ飛ばす。
「寒っ!」
「本丸と現世は、季節だけじゃなくて気温も一緒だな」
こりゃ驚きだ、と笑って足を進める鶴丸に、寒さで我に返った黒鶴…訳あって装束が黒染めの鶴丸国永なので、そう呼ばれている…は彼に繋がれた手を引く。
「ま、待ってくれ。足元が…」
薄っすらと霜の降りた石畳の道は、気をつけなければ転んでしまいそうだ。
求めに応じて足を止めた鶴丸は、周囲を見回す。
「…意外と人が多いな」
寒さに頬を朱くしながら笑う幼子や、仲睦まじい老夫婦。
家族連れに、友人同士で来ているような集団も見受けられた。
「日の出を見て、そのまま初詣に来たんじゃないか?」
高下駄に張り付いた氷を払い落とした黒鶴も、人々を見ながら口にする。
なるほどなあ、と頷いた鶴丸へ、黒鶴は本丸を後にしてから思っていたことをやっと尋ねた。
「というか、なぜ俺たちはここに来たんだ?」
日の出と共に起き出して、同じく起き出していた審神者や他の刀たちと新年の挨拶を交わし、彼らに見送られる形で現世へと送り出されて。
正直、半分寝ぼけていた黒鶴は経緯を覚えていなかった。
彼の手を引いて再び境内へと歩き出しながら、鶴丸は順序立てて説明してやる。
「正月三が日は出陣しない、って話をしていたのは覚えてるな?」
「ああ」
「どうせなら初詣に行こうと話していたんだが、本丸を空にするわけにもいかない」
「そうだな」
「みんなで正月料理を食べたいし、昼からは来客の予定もちらほら入ってる」
そういえばそんな話が、と視線が明後日を向いた黒鶴の頬を、鶴丸はむに、と摘んでやった。
「こら、きみ。雛たちがわざわざ正月の挨拶に来てくれるんだぞ!」
「おもいだした…」
雛というのは、幼子の容姿と精神で顕現された、他所の本丸の二振りの鶴丸国永のことだ。
保護者代わりになっている通常の鶴丸国永も居るのだが、詳しい話は置いておこう。
「で、初詣は時間をずらしてバラバラに行くか、ってことになってだな」
昼には雛が来るからと鶴丸が真っ先に手を上げて、快く送り出され今に至る。
そうだったのかとようやっと理解して、黒鶴は改めて境内の奥に建つ本殿を見遣った。
「…それにしても」
分霊とはいえ、鶴丸と黒鶴も神の端くれだ。
「俺たちが、初詣に神社を訪れるとはなあ」
付喪神が願掛けして、果たして叶えてもらえるのだろうか。
鶴丸もおかしそうにクスリと笑みを漏らした。
「そうだなあ。だが、端くれだからこそ上位の神々への挨拶は大事だ。それに…」
常とは違う防寒用の手袋に包まれた手で、鶴丸は黒鶴の頬を包み込む。
「きみと迎えた新年だ。慶ぶべきことだろう?」
鶴丸の体温が、黒鶴の頬へじわりと移る。
「…うん。そうだな」
触れる手に己の手を重ねれば、にかりと眩しい笑みが返った。
「ほら、行くぞ」
また鶴丸に手を引かれて、黒鶴も境内へ向かう。
黒鶴の手袋は指先が纏まっていて普段よりも不自由だが、手を繋ぐ分には問題ない。
*
賽銭箱に賽銭を投げ入れ、鈴を鳴らして手を合わせる。
願掛けの内容は、お互いに秘密にしておこう。
「さて、主と石切丸の遣いだな」
「…シロ」
「ええっと、札と破魔矢…札が4枚で、破魔矢が」
「シロ」
「…、ああもう、何だいクロ」
「あれ」
授与所の前で持たされたメモを確認する鶴丸の袖を、黒鶴が何度も引く。
焦れて振り返った鶴丸は、彼の指差す先を見て一旦口を閉じた。
確かに、屋台が幾つも並んでいたのは気づいていたが。
黒鶴の指差す屋台の並びは、ベビーカステラとお汁粉、それにあんず飴。
彼は鶴丸と違って、無類の甘味好きだった。
きらきら輝く目を向けられて、鶴丸の甘やかしたい精神が揺れ動く。
買いに行かせようかとまで一瞬考えた鶴丸は、しかしきゅっ、と唇を引き結んだ。
「主と石切丸の遣いが終わってからだ」
彼をひとりにするのも、あまりよろしくない。
鶴丸の言葉にしゅん、と眉を下げた黒鶴の頭を、代わりとばかりにわしゃりと撫でた。
「遣いのものを買い終わったら、一緒に買いに行こう」
「! ああ!」
我ながら現金なものだ、と思わぬでもない。
けれどこうして嬉しそうな顔を見ると、胸がほわりと温まるのだ。
それが自分だけではないことを、鶴丸はもう知っていた。
「遣いのものは何だい?」
黒鶴は鶴丸の持つメモを覗き込んだ。
御札と破魔矢とだけ書いてあるので、すぐに済むだろう。
*
授与された破魔矢をしげしげと見つめて、互いに顔を見合わせ笑い合う。
「こりゃ縁起が良いなあ」
今年は酉年。
鶏を描いた絵馬が通例と思いきや、この神社の絵馬には鶴が描かれていた。
「俺たちが持ち帰れば、もっと縁起が良くなるぞ」
「ははっ、違いない!」
後は本丸へ帰るだけ。
約束通り屋台へと足を向ける鶴丸の手を、黒鶴は己の手と繋ぐ。
「…シロ、今年もよろしく」
「ああ。よろしくな、クロ!」
寒空の霧に朝陽が反射し、二振りの鶴を照らし出していた。
朝霧の、
(フォロワー様に頂いた年賀状絵のお礼小説でした)
17.1.2
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