バケモノと輪舞曲

(2.特異点観測室)




その山姥切長義は、ため息と判るそれを隠す気もないようだった。
ハァー、とこれ見よがしについていた。
「隠しましょうよ、山姥切長義様」
「隠す理由がないよ、こんのすけ。ほら、逆転送して」
「えぇえ、了解ですぅ」
この本丸に配備されているはずのこんのすけは、たった今顕現された刀剣男士…山姥切長義(以下、長義)と仲睦まじく。
己の発言を無視された形となった審神者は、怒りで肩を震わせた。
「なっ、なん、なんなの?! あなたみたいな礼儀知らずの刀剣男士、初めてだわ!」
言われた長義は片眉を上げる。
「は? 礼も何も、審神者としての対応を全部落っことした君に、なぜ俺が与えなくてはならない?」
どうやらこの審神者、己の発言の意味をさっぱり分かっていないようだ。
ここは本丸のゲートを入ってすぐの場所で、騒ぎを聞きつけて本丸の玄関口には刀剣たちが集まってきている。
近侍らしい山姥切国広(以下、国広)は審神者の剣幕に驚いているようで、何の行動も起こさない。
こんのすけが審神者を見上げた。
「審神者様、これ以上の失言はペナルティ増加ですよ」
「なんですって?!」
ギッと睨まれても、こんのすけはその身にプログラムされたとおりに動くだけだ。
「わたくし、審神者様が本丸へ入られた際に申し上げました。『わたくしと本丸は一心同体だ』と」
こんのすけの遠隔操作で、ゲートが政府施設のゲートに繋がる。
繋がりましたよ、と長義へ告げてから、こんのすけは言葉を替えて審神者へ諭した。

「審神者様の山姥切長義様への発言は、そこの鶴丸国永様に『あなたは本当に墓に入って暴かれたの?
それは別の銘国永の話では?』と言ったのと同義ですよ」

遠目でも耳に入ったそれに、鶴丸国永の目が見開かれた。
こんのすけはもう一振り、今度は極めた刀の話を出してみせる。

「まだ分かりませんか? 審神者様はそこの極めた堀川国広様に、
『あなたが土方歳三の脇差かどうか、誰も証明出来ないから嘘なのね』と言ったのですよ」

ざわめきがピタリと止んだ。
だというのに、審神者は己の非を認めない。
「だって! 私の初期刀は言ったわ! どちらが山姥を斬ったか分からないし、斬ったことも嘘かもしれないって!」
長義からハアァ、とため息が出た、出さずにはいられなかった。
「『もし』『かも』論はどうだって良い。俺は早く元の部署に帰りたいんだよ。
俺の居た部署、平たく言うと君たち審神者の本丸の安全を担保する部署なんだけどね、」

電子本丸も含めて、本丸がざっと何件存在するか知ってるかい? 知らないだろう? 十万件だよ、100,000件。
嘘じゃないよ、調べれば出てくるから。それだけ審神者が居ても足りないんだよ。戦力がね。
なのに今回の報酬が俺だ。本来俺はね、本丸に配属されないはずだったんだよ。でもそうも言ってられなくなった。
なぜかって? 戦況が悪いからに決まっているだろう。最前線の状況くらい調べなよ、隠されてるわけじゃないんだから。
君たちが6振りの部隊を作れるだけ作って、それをローテーションでひたすら出陣させ続けないと割に合わないくらいの仕事を、
政府のすべての部署はしているんだよ。どの部署も100人に満たないのに。
君たち、政府が政府が政府のせいでって言うけど、本丸も衣食住も万屋も何もかも、
政府に提供してもらって何を言っているのかな。

「ここ、電子本丸への移行を拒んでいるそうじゃないか。
大した理由もなくそう意地を張っている本丸こそ、政府にとっての害悪だよ」
はい、終わり終わり、とゲートへ足を踏み入れた長義の外套の裾を、審神者は咄嗟に掴んだ。
「っ、待ちなさいよ! こんな、こんな侮辱されたままなんて許さないわよ!」
今度こそ、長義が奇天烈な生き物を見たような顔をした。
彼が刀を抜く気配を察した国広はようやく我に返り、審神者の腕を掴む。
「主! 駄目だ、それ以上は」
「離してよ! あなたが侮辱されたのよ、このまま帰すわけにはいかないわ!」
「待ってくれ、俺は侮辱などされていない。本科は事実を指摘したまでだ」
堂々巡りの様相に、今度こそ抜刀は成された。

「審神者番号E-541348。業務執行妨害、タイプC-1」

長義の刀はよく斬れる。
それが向けられてようやく、審神者は青くなって口を閉ざした。
「そこの初期刀と共に連行するよ。本丸権限はすべてこんのすけへ移行。
他の刀剣は、出陣と遠征を除いた本丸外への外出許可を停止とする」
誰かがあゝ、と呻きを零す。
こんのすけだけが「山姥切長義様、どうぞお元気で」と、何事もなかったように挨拶をしていた。





「前置きが長い」
「多少の愚痴は良いだろう? 日がな一日、そういう輩の相手をしているのだから」
クスクスと笑う長義の正面に座る相手もまた、山姥切長義だ。
『山姥切長義』は他の刀剣男士と違って、政府のすべての課に1振りずつ配属されていた。
ゆえに同位体同士で話している姿は珍しくないのだが。
「鶴さん、書類は?」
「必須分は纏めてきみのデスクに置いたぜ」
「さすが、仕事が早い。説明は?」
「にっかりが行ってくれたぞ」
「にっかりくんが? じゃあ、本当に何もしなくて良さそうだね」
同僚たちの動きの速さににこにことしている【彼】は、『山姥切長義』の中でもっとも知名度の高い個体だった。

見た目は変わらない、その両耳にピアスをしていることを除いて。

遠目でも分かる彼のピアスは、右耳が琥珀で、左耳が翡翠で創られたもの。
間近で見ることが叶えば、たとえ素人でもそれが一級品でオーダーメイドだと驚けるだろう。
実際は、同じ部署の刀剣くらいしか見れないのだけど。
なぜって?
そこまで【彼】に近づくことが不可能だからだ。
ふと【彼】の視線が長義から逸れ、ふわりと険が解けた。
「戻ったぞ」
「おや、お客さんだね」
入ってきたのは髭切と膝丸で、彼らもまた長義の向かいの【彼】を捉えて目元を和らげる。
「ただいま、長義」
「うん。おかえり、髭切、膝丸」
「ああ、帰ったぞ」
こちらへやってきた源氏の重宝の片割れ、膝丸が長義を覚えていた。
「君は結界部署の」
一口に結界部署と言っても大きく、かつ課は細分化されている。
だがここへやって来る長義は、基本的に同じ刀だった。
「そのとおり。お邪魔してるよ。ついでに君たちの【俺】を借りてる」
髭切が僅かだけ首を傾げた。
「ふぅん…。まあ君なら良いか。面白い話をしに来たんだろう?」
はて、面白かっただろうか。
「面白かった?」
「パターン化しているから、面白さは『可』かな」
正面の【彼】に尋ねてみれば、まあそうだろうなという評価だった。
デスクの鶴丸国永と一言二言交わした源氏の2振りは、椅子を引っ張ってきて【彼】の隣に陣取る。
いつものことだ。

この髭切と膝丸も【彼】同様、政府内の『髭切』『膝丸』の中でもっとも知名度の高い個体だった。
彼らはそれぞれ、片耳に瑠璃(ラピス・ラズリ)のピアスをしている。
髭切は右耳に、膝丸は左耳に。
彼らと【彼】を見てそれぞれのピアスに気づけば、勘の良い者は自ずと察せられるだろう。

「昨日も片付けてきたが、立て続けに『参号』を使うのか?」
「なんとなくだけど、ちょうど良さそうだったから。ちょっとオマケが付いてくるだけで」
「鬼?」
「残念ながら、まだ鬼ではないかな」
勝手に話を始める彼らを、長義は止めない。
今までにも何度もあった事例であるし、【彼】の言うとおりオマケは鬼ではない。
ーーまだ。
「僕たちはオマケを気にしなくて良いんだろう? だったら問題ないよね」
髭切が【彼】の髪を気まぐれに漉き始めれば、【彼】はくすぐったそうに微笑んだ。

次に部屋へ入ってきたのはにっかり青江だった。
「やあ、揃っているね。次の仕事は2時間後に決まったよ」
彼は手にしていた書類を鶴丸へ手渡す。
それを見遣った鶴丸は、書面にしっかりと2人分の署名とにっかりの印が有ることを確認した。
書類の内容は、毎日のように読んでいるので今更だ。
「白山、書類チェックだ」
「はい。どうぞ」
鶴丸の傍らでモニターを見ていた白山吉光が、お供の狐と共に顔を向ける。
「審神者番号E-541348、審神者名…チェック。サインの本人証明…チェック。
審神者番号E-541348の初期刀登録を確認…チェック、サインの本人証明…チェック。…確認完了しました」
「ありがとよ。今回はきみも同行することになるが?」
「はい、受領しています。任務:オマケに対する結界保護」
「きみ自身の価値の方が圧倒的に高い。自身の守護を疎かにするなよ」
「はい、心得ています」
よし、と頷いた鶴丸が、書類をこちらへ寄越してきた。
「実働部隊の確認だ。見飽きてるだろうが、内容を復唱してくれ」
「了解だ。慣れで疎かにしては、足元を掬われるからな」
受け取った膝丸が書面を読み上げる。


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壱.討伐対象:xxxxxx(判読不能) 場所:武蔵国サーバ封印壕・参号 ※生存者無し
弐.任務内容:討伐対象の殲滅。消滅確認は集合結界の展開にて行うこと。
参.任務遂行に必要な人材、物的要素に追加が必要な場合は、任務開始10分前までに各所通達のこと。
肆.同行者アリの場合、一切の保証が無いことを書面にて要確認のこと。

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聞き終えた鶴丸が、ぱんと柏手をひとつ打った。
「よし、事前確認完了。山姥切長義、髭切、膝丸、白山吉光、以上4振りは、2時間後に専用ゲート前に集合だ」
応、と室内の者たちが返せば、厳かな空気が穏やかに緩む。
「じゃあ、時間もあるしおやつを食べに行こう。白山も一緒にどうかな?」
「! よろしいのですか?」
表情を明るくした…見慣れていなければ無表情に見える…白山は、誘ってくれた【彼】ではなく髭切と膝丸を伺う。
「同じ任務だし、構わないだろう」
「うんうん。それに君は、長義の大事な後輩だからね」
歩き出そうとした【彼】が、改めて鶴丸を見た。
「鶴さんは? 今日、この部屋を出ていない気がするけど」
鶴丸は肩を竦めて苦笑する。
「鶴さんは充電中なんだ。気にせず行って来い」

仲良く出ていった4振りを見送って、鶴丸はうーんと身体を伸ばした。
「今日は機嫌が良いなあ、あいつら」
「溜まっていたものを発散出来たんだろうねえ。…ストレスのことだよ?」
鶴丸は、この部署を纏める2振りの内の片割れだ。
もうひと振りは長曽祢虎徹だが、彼は現在出陣中なので不在だった。
「ストレス発散…ああ! 演練場・丙に鬼が湧いたんだったな」
なあ? と彼が確認する先は、今回の任務を持ってきた長義である。
「そうだね。電子本丸への移行を拒んだグレー本丸を、全部そっちに纏めてみたんだよ」
すると出る出る、本丸に押し込められていた負の感情が、それはもうぶわっと。
「髭切殿はそれはもう、嬉々として斬っていたよ」
「だろうなあ」
任務は基本的に特殊こんのすけによって録画、録音されている。
この部署では見返すことはあまり無いが、この部署を管理する政府幹部たちは見ざるを得ないので、可愛そうだなあと思わないでもない。
「それじゃ、俺もそろそろお暇するよ」
「今度は僕が君のところにお邪魔しよう。君のところの脇差君たち、興味深い話をしてくれるからね」
にっかりが扉を開けてくれたので、長義はひらりと手を振った。
「ふふ、伝えておくよ」

パタリと閉じた扉の上には、『特異点観測室』と札が掛かっている。

にっかりは今日、1歩も部屋から出ていない鶴丸を見返った。
「鶴さん、充電は終わりそう?」
彼は朝からずっと、デスクの椅子にしゃがんだままだ。
まるで鳥が止まるような格好で、ひたすらに『何か』をじっと見つめている。
「…そうだなあ。小烏の父上が戻るまでには」
「それって…結構重症なんじゃない?」
「ははっ、いやまあ、原因に思い至ったのがついさっきでな」
と、いうと。
「さっきの…演練場・丙の件かい?」
「ああ」
長義は、複数のグレー本丸から繋がる演練場を、強制的に演練場・丙となるようにしたと言った。
言い換えれば、通常本丸は皆『丙』以外の演練場に繋がっていた。
「複数の『同族』を、同じ場所に閉じ込める。始まるのは戦いだ。…さて、にっかりは何を連想する?」
にっかりはつい口笛を吹きそうになった。
「蠱毒、だね」
ひとつの器の中に百種の虫を集めて共食いさせ、最後に残った1匹で成す呪い、それが蠱毒だ。
「中華の文献では、百虫は『大きなものは蛇、小さなものは蚤』だというよね。…ふむ、蛇はあなたの部下たちだったわけだ」
「そういうことだなあ」
あんまりにも腐食が速くて何事かと思った、と鶴丸はクスクス笑っている。
にっかりは脳内で彼のスケジュール表を開いた。
「鶴さん、小烏丸さんが戻ってきたら強制連休だよ。あなたは彼らに甘過ぎる」
甘えている僕らが言えた義理ではないけれど。
にっかりは胸の内だけで呟いて、彼に休暇を取らせるべく行動を開始した。





廊下を出て曲がり角を曲がると、顔馴染みが壁に寄り掛かり立っていた。
長義は苦笑を零す。
「大丈夫だって言っただろう?」
「そう思ってるのはお前だけだ。…にゃ」
可愛らしい語尾とは裏腹に、眼差しが随分と鋭いので揶揄うのは止めておく。
長義が何も言わないことに満足したか、顔馴染み…南泉一文字は背を向けて歩き出した。
向かう場所は同じなので、大人しく着いていく。
「ねえ、猫殺しくん。…南泉」
「なんだよ」
「…【彼】は元相棒を折るほど薄情ではないよ。【彼ら】だって、友人を折るような外道じゃない」
長義は【彼】…特異点観測室の山姥切長義と、共に働いていた。
特異点観測室が設立される前の話だ。
だから長義はあの部屋の者たちとは長い付き合いだし、敵にはならないと理解されている。
「友人と会って話したいと思うのは、おかしなことなのかな…?」
おかしくはない、おかしいはずがない。
(違うんだよ、そうじゃねぇんだよ!)
通じていないもどかしさに声が詰まり、南泉は唇を噛む。

『特異点観測室』は、有り体に言えば危険物の集合体だ。
筆頭が長義の言う【彼】と【彼ら】なのだが、南泉の…南泉たちの危惧はそこではない。
彼らと関わりが深いことで、長義までもが危険視されることを危ぶんでいるのだ。
南泉と長義が所属するのは『結界保全情報部』。
政府施設と本丸の守護結界に関するあらゆる情報を手に入れ、必要なら各所へリークするのが仕事だ。
だからこそ特異点観測室へ投げるべき案件もホイホイ出てくるのだが、情報を渡すだけなら会わなくたって良い。
それでも長義が自ら出向くのは、そうでもなければおおっぴらに会話も出来ないからだ。
ーー【彼】と【彼ら】には近づくなと、公式通達が出回ってしまっては。
あちらも長義を大事にしていることは、南泉だって解っている。
それでも、優先順位を違えるわけにはいかなかった。
だって南泉にとっての…結界保全情報部の『山姥切長義』は、長義だけだ。
少なくとも南泉がここに配属となったときには、昔馴染みの『山姥切』は長義だけだった。
守るべき可愛げを持ち合わせる相手ではないが、戦場…あるいはそれに等しい戦の中…以外で失うなど、冗談でも許すわけにはいかない。

未だ、『特異点観測室』を解体しようと目論む輩が居る限り。

「お前がふらっと居なくなると困るやつがわんさか居るんだよ」
「? だからどこに行くか申告しただろう?」
「だー! 違ぇよ!」
こういうのは本当に困る。
計算されて成り立っている長義の一挙手一投足に、そうでないものを混ぜられるのは。
「俺たちの目の届く範囲に居ろって言ってんだ! …にゃ!」
言ってしまってから気恥ずかしくなり、南泉はおもむろに長義の手を引きズカズカと歩き出す。
「居ろも何も…。ここに来る以外、いつも君は俺の隣に居るじゃないか」
言ってから、長義は南泉が耳を真っ赤にしたことに首を傾げていた。
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2019.4.4
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