【平安刀】元監査官に関する
面白い事象を報告する【ガード】
(1.そもそもの始まり)
「名は、俺たちを形作る物語のひとつでしかない」
何を言っているんだ、この刀は。
この日、山姥切長義(以下、長義)は極めて帰ってきた山姥切国広(以下、国広)と、初めて同じ部隊で出陣した。
審神者曰く、『一度は全員と組んでもらうことにしているから』とのことだ。
異論はない、異論はないのだが。
「…お前、俺の話を訊いていたか?」
山姥を斬ってもいない、写しであることを誇ってもいない刀に、いつものように嫌味を言ってやった。
それこそいつものことだし、審神者も他の刀たちも「当人たちの問題だから」と口出しはしていない。
けれど今、目の前の刀は何と言った?
『山姥切』の号を誰よりも誇り、大切にしている長義に対して、この刀は何と言った?
「…っ!」
激情で言葉が出ない、なんてことを体験するとは思いもしなかった。
絶句した長義を、一方で冷静さを保つ頭がそう解析する。
「…山姥切国広。きみは修行を経たというのに、随分と考え無しになったようだなぁ」
しかし長義が我に返ると、目の前には国広の姿ではなく白い装束と金の鎖があった。
(鶴丸国永…?)
ついでに大きな溜め息が白い刀から吐かれたようだ。
「乱、物吉、斥候を頼む。位置が近そうなら闇討ちを許可」
「OK、任せて!」
「了解しました!」
極めた乱藤四郎と同じく極めている物吉貞宗が、鶴丸の指示に従い姿を消す。
本日の編成は、部隊長に鶴丸国永。
他は極めた乱藤四郎、物吉貞宗、薬研藤四郎、山姥切国広、そして山姥切長義だった。
鶴丸は初期刀である陸奥守吉行と共に総隊長を務めており、カンスト勢かつ長義の教育係ゆえの編成になる。
「薬研、ヤバかったら止めろよ?」
「ハハッ! 了解だ、隊長」
薬研は己の刀を抜くでもなく、柄に手を置くだけで静観の構えだ。
鶴丸が口を開く。
「修行は何十年、何なら百年単位で己のルーツを旅すると聞く」
だが本丸で経つ時間はたったの4日だ。
「たったの4日間と、百年と、そんな時間差のある相手を、本丸に来て半年も経っていない相手を、きみは否定した。
その自覚があるかい?」
なあ、切国? と問い掛ける鶴丸の目は、笑っていない。
穏やかな表情に見えるが、その表情を初期組である薬研は幾度も見たことがあった。
(真剣必殺一歩前じゃねーか…)
無茶な進軍をしたり、無茶な切り込み方をした相手以外に、鶴丸が本気で叱ることは滅多にない。
彼は『怒り』を、最後の最後までとっておくタイプなのだ。
その辺り、本霊が同じ場所にある鶯丸と似ている。
平安刀であり渡り鳥の如く多くの家を流れ、果ては日ノ本でもっとも格式ある方々の宝物となった鶴丸だ。
己の言動のみならず、他者の言動が如何に影響するのか、誰より上手く嗅ぎ分けた。
「え…?」
一方の国広は、卑屈で下を向いていることが多かった。
それが修行を経たことで、下を向く必要はないのだと気づけたなら上々。
(…だったんだが、)
薬研も極めた刀だ。
極めていても、薬研より早くに来ていて未だ極めていない唯一である秋田藤四郎には、頭が上がらない。
そういうものなのだ。
極めていようがなかろうが、尊重すべきを見誤ってはならない。
念の為記載すると、審神者はいわゆる『刀剣男士箱推し』というやつなので、刀同士に遺恨があろうがなかろうが口も手も出さない。
その『箱推し』の中に細かく推しがあるのだが、今は置いておく。
「分からんようなら、俺の話をしようか。俺は銘・国永、号・鶴丸。ゆえに鶴丸国永だ。
だが俺は、『鶴丸』の号の由来を知らない。生憎と文献にも残ってはいない」
誰にも初耳だった。
「『鶴丸』って号は、珍しいものじゃないのさ。鶴と亀は目出度い。
菊も葵も桐も家の象徴。どれも珍しくはないだろう?」
そういえばそうだ、と薬研も思い返す。
「何処で『鶴丸』となったか解らない。銘・国永の兄弟なら、少ないが今も残っている。
本当は違う刀が『鶴丸国永』だったのではないかと、人の子が鑑定やら何やらしたのも一度や二度じゃない」
太刀拵は通例、家を変わると取り替えられる。
誰かがそこに鶴丸紋を入れたのかもしれないし、元から有ったのかもしれない。
「銘・国永に拘らなければ、他にも『鶴丸』は居るのさ。
あるいは、過去の戦乱で折れた俺の兄弟が『鶴丸』だったのかもしれん」
それを。
「それを今さら、『この刀は鶴丸国永ではなかった』と云われたら?
『鶴丸』ではないというなら、『俺』は誰だ?」
伊達に有ったのは誰だ?
宮中に有るのは誰だ?
「俺の本霊が『鶴丸ではない』と認識されれば、『俺』は消滅しちまう」
なあ、判るか? と鶴丸は国広を見据えた。
「きみは今、そうして山姥切長義を否定したんだ。刀工・長義の刀を否定した」
まるで、全身に無数の針が刺さるような。
長義は痛覚まで及ぼす鶴丸の殺気に身震いする。
国広はその比ではないだろう、反射で臨戦態勢に入ろうとしている身体を無理やり留めているのが見えた。
(さすがは鶴の旦那だ)
この場で手合わせを申し出たくなる興奮を押し込み、薬研は初めて鶴丸から視線を外した。
「隊長、来るぜ」
勘付いてはいたのだろう。
ハァ、と鶴丸が二度目の溜め息を吐くと、針の如き殺気が霧散した。
「ちょいと熱くなったな。乱と物吉が戻り次第、遡行軍の殲滅に入る」
切り替えの上手い刀だ。
乱と物吉がこちらへ駆けてくるが、手信号だけで彼らは再び走り去る。
「俺と山姥切であいつらを追う。薬研と切国は殿、どうも右翼がきな臭いから気をつけろよ」
「ああ」
「分かった」
鶴丸が長義を伴い、木々の向こうへ消える。
そのタイミングで隣の刀が詰めていた息を吐き出したのを、薬研はしっかりと把握していた。
「参ってるようだなあ、切国の旦那」
「ん? …ああ」
国広は頭(かぶり)を振り、思考を切り替える。
「俺が山姥切に言ったことが、鶴丸を怒らせたことは判った。だが正直、なぜああも怒られたのか解っていない」
「ま、切国の旦那は口が上手くないからな。しかも考える前に口に出す」
「……善処はしている」
「ハハッ、頑張ってくれ。本丸に戻ったら、堀川の兄さんにでも聴いてもらってもう一度考えな」
「…そうだな。そうしよう」
今は遡行軍の殲滅が先だ。
先に行った者たちからさらに距離を空け、2人は同時に駆け出した。
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2019.2.4
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