続・【平安刀】元監査官に関する
面白い事象を報告する【ガード】
(2.己の写しを斬った刀)
「君のためにならない写しなら、斬っちゃえば良いんじゃない?」
山姥切長義(以下、長義)は、自室から資料室へ向かう途中で髭切と向かい合っていた。
彼にそう問われることは、初めてではない。
己だけではない、政府に有った同位体たちは、政府に有る彼の同位体に必ず1度は尋ねられているだろう。
長義は尋ね返す。
「あなたは自分の写しを斬った逸話があったね」
「そうだよ。だってアレは、僕のためにならない写しだったからねえ」
二振一具(にふりひとそろえ)と云われる源氏の重宝、髭切と膝丸。
それが離れた場所にあって、ゆえに髭切の写しが打たれた。
打たれた写しが弟の元へ送られ、写しと弟の二振りで一具とするのだと。
「あの頃の僕は、まだ若かったしね。いろいろどうでも良くなる前だった」
だから機会を逃さず斬った、ただそれだけのこと。
そこで髭切は僅かに首を傾げた。
「君は違うのかい?」
「そうだね。堀川国広の打った写しは、俺が折れる前提で依頼されたものだからね」
霊剣山姥切の名を遺すために打たれた写し、それが傑作と呼ばれる出来で、後に新刀の先駆けと云われるようになった。
「俺のために打たれた写しだから、俺が斬る理由にはならないかな」
本人は写しであることを僻んでいるが、長義からするとそれはどうでも良いことだ。
『山姥切国広は霊剣山姥切のための写しである』ことが事実で、それ以上でもそれ以下でもないのだから。
「…ところで髭切殿。写しの話ではないのだけど、訊いていいかな?」
「なんだい?」
「あなたは弟の名前を覚えていないそうだけど、『鶴丸国永』は覚えているよね」
なぜかな? と問われ、髭切はクスリと微笑う。
さすがに教育係のことは気になるらしい。
「どうでも良いと捨て置くには強烈で、二度と会うことはないと思ったから、だね」
動乱の世だ。
お家騒動、闇討ち、暗殺、一族郎党皆殺し、珍しいことではなかった。
それでも、墓に納められたはずの刀を敵方の屋敷で見た驚きは、中々に無い。
髭切も燃える屋敷に置き去りにされて焼身していたし、お互い、付喪神という芯の部分が剥き出しのまま再び相対した。
「僕はともかく、国永は実戦刀だった。だから、二度目はないと思う」
実際、髭切はあれ以降、鶴丸に会ったことはない。
刀剣男士として再会したところで、お互い本人であって本人ではない。
「弟の名前は覚えていないけどね。でも、あの子は『弟』だから」
それだけで解るよ、という言葉のとおり、彼ら源氏の重宝は『解る』のだろう。
「ああ、でも」
気になることはあるなあ、と髭切は呟く。
「刀剣男士として再会してから、1つだけ」
まあ、不自由がないから放っておいているけれど、と彼は世間話のように続けた。
「あの子、源平合戦の頃の話だけはしないんだよね」
まるで抜け落ちたみたいだねえ、なんて笑う髭切を、長義はただ見返すのみだ。
長義には、『それ』について意見を差し挟む理由がない。
なぜなら長義も、『山姥切長義』として刀剣男士が創り出されたのだから。
「そうそう、さっき国永がね。君が手持ち無沙汰なら厨が面白いって言ってたよ。ええと、蝋燭斬り君? が居るって」
その絶妙な間違え方は何なのだろうか。
良い感じに気が抜けて、長義はふっと笑った。
「そう。じゃあ後で厨に寄ってみるよ」
髭切はなんとなく、彼を可愛がる鶴丸の気持ちが解る気がした。
「君の名前を、国永のように覚えることはたぶん無理だけど…」
髭切は笑みを向ける。
「化け物斬り君。今度、僕らとお化けを斬りに行こう」
「…ふふっ、源氏の御二人となら喜んで」
嬉しそうに笑った長義に、髭切はひとり頷いた。
「うん。これなら覚えられそう」
*
長義が去った後、髭切はふむ、と片手を顎に触れた。
「やっぱりねえ。国永が怒った理由、『写し』ではなかったか」
そこでふと悪戯心が湧く。
「ねえ、えぇと、猫斬り君? 君はどう思う?」
誰に向けたか分からぬ問い掛けに対し、ひょい、と屋根の上から降りてきたのは南泉一文字だった。
「嫌な刀だ、にゃあ」
間違ってはいない絶妙な名前の間違え方は、どうにも咎め難い。
南泉は戦闘時とは言わぬまでも、穏やかではない目で髭切を見返す。
「あんたが訊きたいのは、山姥切が『国広の写し』にそこまで執着してるように見えねえことだろ?」
にゃあ、と出そうな呪いを噛み殺した。
長義は山姥切国広(以下、国広)へ宣戦布告をしつつ、国広が手合わせ相手なら絶対に手加減をしない。
手合わせは練度をリセットされた長義が不利なだけだが、今回、宣戦布告に噛み合わない主張を返された。
そこに運良く、あるいは運悪く、本丸で一二を争う影響力を持つ鶴丸が介入してしまって今に至る。
「君はあっちの山…ん? 山斬り君? を、そう呼ぶんだねえ」
わざと名前を間違えているのではと疑いたいレベルだ。
縁側に腰掛け、南泉は胡座をかいた。
「他は知らねえが、俺は『あいつの写し』を全部知ってるからな」
この本丸では皆『切国』と呼ぶので、右に倣えはしているが。
「500年…いや、もっと? 俺はあの性悪刀と同じ場所に有るからな。知りたくなくても知っちまうんだよ。にゃ」
他の者たちにとって、『山姥切の写し』は『山姥切国広』のことを示すのだろう。
だが南泉は『山姥切の写し』と云われても、どの刀を指すのか名を言われなければ判らない。
「国永も写しが有るから、思うところがあったのかと思ったんだけど」
違うみたいで杞憂だったね、と髭切が笑う。
南泉は肩を竦めた。
「推測でしかねえが、山姥切にとって自分の写しは全部『同列』なんだろうぜ」
「同列?」
霊剣山姥切の写しの1振り目が、刀工・堀川国広により打たれた山姥切国広。
刀工・堀川国広はその手腕を買われ、銘の無かった長義へ『本作長義』で始まる銘切りも行った。
「1振り目の写しだし傑作の出来と呼ばれるようになったから、まあ特別には思っちゃいるだろうけど。でも同じ熱量で2振り目以降の写しも呼んでいるのを、俺は知ってる。にゃ」
長義にとって己の写しとは、すべて『霊剣山姥切』あるいは『本作長義(以下五十八字略)』が愛され、惜しまれ、焦れられた証だ。
そこに優劣は付けない。
「まあ、あいつは性格悪いし殺意は高いし、自分で何とかしちまうから心配はしてねえが、」
そこで初めて、南泉は眉を寄せた。
「主も、新刀の連中も、あの隔離点・聚楽第について何も考えてねえのは呆れたな」
呑気だな、と思う。
危機感がないな、と感じる。
でももしかしたら、他の本丸の同位体に考えていない者が居るかもしれない。
「そうだねえ」
仕方がないよ、と髭切はまた笑った。
「だって本丸(ここ)からは、何も見えないからね」
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2019.4.25
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