続・【平安刀】元監査官に関する
面白い事象を報告する【ガード】
(5.鶯の鳴くことには)
向かいには鶯丸、手元には茶の入った湯呑。
じっとそれを見下ろす国広に、鶯丸は小烏丸に似た笑みを漏らした。
「今回はただの煎茶だ。あれはとっておきだからな」
とっておきはどういう意味で、と問おうかと思ったが、止しておく。
盆に並んだ練りきりは、単純に美味そうだ。
「小烏丸が、今回の件について『鶴丸のおかげで他がこじれずに済んだ』と言っていた。どういう意味なんだ?」
茶を一口啜って、鶯丸はふむ、と瞬いた。
「切国。『主の気に入りの刀』とは、どういうものだと思う?」
「どういう…?」
「そうだな、審神者に一等気に入られているということは、他の刀と何が違うと思う?」
この本丸の初期刀は陸奥守だ。
それとは別に審神者は鶴丸が一番好きで、優遇している。
「よく意見を訊いてもらえている、ということか?」
「そうだな。それを細かく云うと?」
「…出陣したいと言えば、他のカンスト組よりも部隊に組み込まれていた気がする」
「他には?」
「あの本が読みたい、と言って、無いから買っとくねと主が言っているのを見た」
「他には?」
「……歌仙と大倶利伽羅が険悪になったとき、主に『口出ししないでくれ』と言っていた。
主は本当に最後まで何も言わなかったな」
鶯丸はよく出来ました、とばかりに頷いた。
「他の刀に同じことを訊いても、似たような答えが返ってくる。付け加えるなら、」
慣れて新鮮味がないから部屋割りを変えたい、と鶴丸が言えば、審神者は「じゃあ他の人にも訊いてみようか」と肯定的に返すだろう。
明日のおやつはマドレーヌが良い、と鶴丸が言えば、他からの要望があっても審神者は「じゃあそうしよう!」と返すだろう。
馬当番は好きじゃないから嫌だ、と鶴丸が言えば、「やらないのは駄目だけど、回数減らすくらいなら…」と仕方なさそうに内番表を組み直すだろう。
「俺が同じことを言っても、部屋割りは『何か嫌なことあった?』と部屋を替えたいと思う原因を取り除こうとするだろうし、
畑当番は嫌だと言っても『ちゃんとやらなきゃ駄目だよ!』と内番表を替えはしないだろう」
つまりな、と鶯丸は国広を見返した。
「主は気に入りの刀の言葉こそを訊こうとする。
気に入りの刀の喜ぶ姿を一等見たいと行動する。
これは、どこの本丸でも同じ話だ。
審神者に気に入られている刀とは、他の刀がそれに振り回されることを肝に命じていなければいけない」
それに自覚があったかどうかは関係ない。
審神者に気に入られていて、なのに選択と行動を失敗し、結果として己の本歌を失った写しが事実在る。
国広はようやくそれを察し、心底ゾッとした。
鶯丸はそんな国広をじっと見つめる。
「俺はな、切国。お前が山姥切に告げた言葉に怒ったんじゃない。
鶴丸にああまで言わせ、行動させたことに怒ったんだ」
長義の『偽物くん』に怒るなら、堀川派を始めとして他にも居たろう。
国広の発言に怒るなら、今回の三日月のように他にも居た。
鶴丸はこの本丸の初期に顕現して、以来ずっと審神者の『お気に入り』で、彼はそれを自覚していた。
ゆえに彼は、滅多に『怒り』という感情を見せなかったのだ。
審神者のお気に入りであることが良いも悪いも生むことを、よぅく識っていたがために。
「だからあのとき、鶴丸は山姥切がお前に言い返す前に言い返した。
山姥切の肩を持つ形になったが、結果として矛先はお前と山姥切ではなく『あの鶴丸がなぜああまで言ったんだ?』と鶴丸に向いた」
本丸に帰還してから、鶴丸はさらに行動を起こした。
判りやすく国広に対して怒りを覚えていますアピールをして、長義が怒りで国広へ突っ掛かるパターンを封じた。
審神者はいつにない鶴丸の行動で混乱し、例えば歌仙と大倶利伽羅の諍いのときに口を出していたらこのように鶴丸が機嫌を損ねていたと、刀同士の諍いへの介入へさらに慎重になった。
そうでなくても誰もが鶴丸を見てその言葉を聴いているから、年若い刀は今回、口出しするのを留まった。
「『あの鶴丸がああして怒るなんて、俺たちがしゃしゃり出る幕じゃないな』と、堀川が居るのに、新選組なんて特に静かだろう?」
確かに、と国広は唸る。
「…なら、鶴丸がああして怒っていなかったら」
「各々が思うところを口に出して、関係のない刀同士の諍いが増えただろうな」
長義は己の写しに対して宣戦布告をしたかっただけで、ここからさらに水を向けることはしないだろう。
つまり、長義の中でこれはほぼ『終わった』話になる。
だというのに外野が不和に陥っては、本末転倒も良いところだ。
「お前と山姥切は己の矜持を選び、鶴丸は『本丸全体』を選んだ。そういうことだ」
そして俺は、と茶で喉を潤した鶯丸は笑む。
「本丸全体を優先せざるを得ない鶴丸の味方であることを、初めに選んでいた。
それだけのことさ」
まあセンブリ茶を仕込む気は最初はなかったんだが、と笑みは苦笑に変わった。
「俺が話せば大包平が答える。大包平が話せば俺が答える。
俺がお前に喧嘩を売って、大包平がお前を心配するようになっただろう?
だから一期一振は、弟ともども口を噤んだ」
鶴丸と鶯丸、一期一振は、御物として永く共にあるため気心がしれている。
鶯丸が惜しみなく右ストレートを放ったことで、一期一振は自分の出る幕ではないと判断したのだ。
粟田口派と維新刀が黙ると、多勢を左右する大きな派閥はなくなる。
こうなれば、後は当人たちと鶴丸だけで局面を動かせた。
聞けば聞くほど、国広はぽかんと口を空けるしかない。
「そんな、ことが…」
戦場で交わされる、他愛なかったり物騒であったりする会話のひとつだ。
それだけなのに、裏ではこんなにも大事になっていた。
「お前の他にも気づいていない者は居るぞ。気づいていないだけで、今までにも常にあったことだ」
岩融と今剣のときも、へし切長谷部と日本号のときも、陸奥守吉行と和泉守兼定、長曽祢虎徹のときも。
他にも、様々に。
「5人を超える意思が集まれば、数が増えれば増えるほど、それは組織立っていく。
誰もが見えるとは限らないが、見える者たちが見張らねば、それは容易く崩れるものだ」
コトリ、と湯呑が置かれた。
倣って国広も湯呑を置く。
「山姥切国広」
「…なんだ」
「山姥切長義は自身の歴史を改変された。
ゆえに俺たちとは比べ物にならないくらい、苛烈な怒りと危機感を抱いている。
鶴丸ですら、あの聚楽第について深く聞き出すのは難しい。
お前が己の本歌と話したいと望むなら、まずは同じラインに立つべきだろう」
「同じライン…」
「そう。自分自身にばかり向いている目を、比較にばかり囚われている目を、外へ向けるんだ。
話したいと望むなら、まず相手を調べ、周りを調べ、観察する。
調べて観察して考えて、至った結果を兄弟へ話す。
堀川と山伏なら、お前の言葉を伝わる形に換えてくれる」
ぎゅ、と唇を引き結んだ国広へ、鶯丸は穏やかに告げる。
「言葉を発するのは容易い。だが、正確に伝わらなければ意味がない」
例えば長い付き合いがあるなら、言わずとも伝わることはあろう。
言葉が思ったように伝わらないことも、多々ある。
人の形を取っているのなら、人の子のように試行錯誤するしかないのだ。
ようやく口を付けた茶は、ほろ苦く喉を滑り落ちていった。
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2019.4.25
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