恋は戦争、油断大敵

(2.世話を焼きたくなるのは)




山姥切長義と白山吉光は同室だ。
彼らが政府内で先輩後輩の関係にあったと知る前から、この部屋はこんな感じだったなあ、と加州清光は思い返す。
何がって、長義と白山の部屋に、いわゆる『政府顕現刀』がよく遊びに来ていることだ。
「誰かを捜しているのですか? 加州清光」
湯呑を手に寛いでいる白山に問われ、加州は素直に頷いた。
「そ。長義さん居ないの?」
「監査官なら、偵察君に付き合って手合わせしているよ」
部屋の端で将棋盤を見下ろしていた南海太郎朝尊が答え、彼に付き合っているらしい物吉貞宗が時計を見上げる。
「うーん、ボクが来た八つ時の後に行きましたから、まだやっているなら止めるべきかもしれませんね」
「うわ、同田貫と良い勝負じゃん…」
人の身で何かをするより戦いたい、という刀は何振りも居る。
この本丸では同田貫正国と御手杵、和泉守兼定がその筆頭に数えられていた。
「長義さんもすんごい殺意高いけどさ、もしかして肥前も?」
違うと思います、と返したのは、意外にも白山だった。
「…わたくしは剣、人を斬ったことはありません。山姥切長義は古刀。戦で人を斬るは武功、であった時代をよく知る刀」
しかし、と一旦言葉を切る。
「肥前忠広は逆。戦無き時代に、人を斬るは罪。新選組のように、『御上の御旗』が有ったあなた方とも、違います」
あれは殺意や戦意とは別のものだと、白山は言っているのだ。
「白山くんは、肥前さんのことをよく見ているんですね」
物吉の所感に、白山はことりと首を傾げた。
「…そう、ですね。あまり興味はないのですが、」
えっ、と思ったが、まだ先がありそうなので口を出すのは思い留まる。
「人の身を持ったのなら、人の子のように、相手の内を知らねば背は預けられない、と。そう、監査官に教わりましたので」
最近気づいたのだが、白山たち4振りは、互いを政府勤務時代の呼び名で呼ぶ方が自然であるらしい。
なので今、長義を『監査官』と呼んだ白山の言葉は、彼の大事な思い出と言えるものなのだろう。
加州は良いことを聞いた、と頷いてから、当初の目的を思い出した。
「ちょっと道場行ってくる。もし俺を捜してるやつが来たらそう言っといて」
「分かりました」
「あっ、ボクもご一緒します!」
朝尊に断り、物吉も加州と共に縁側を降りた。

道場へ近づくと、中の様子を窺っている刀を見つけた。
「南泉じゃん。何してんの?」
手合わせに参加するでも、立ち去るでもない微妙な距離のこの位置で。
「んあ? ああ、加州に物吉か。いや、通りがかっただけなんだけどよ。よくやるなあと思って。…にゃ」
南泉一文字はパーカーのポケットに手を入れたまま、半身で道場を見返る。
まあ、確かに。
響く木刀の音からは激しい戦いの気配がばりばりするし、物吉の話からするとそれを2時間はやっている。
「…いや、まあ俺たちも似たようなもんだし」
加州は自分や新選組メンツの手合わせを思い出し、頬を掻く。
「止めるんなら任せた。…にゃ。化け物斬りのやつ、夕飯当番だろ?」
「…あっ、そうだよ不味いじゃん!」
加州が駆けて行くなり、南泉は興味を失ったとばかりに本丸へと歩いていった。
その後ろ姿を、物吉は物言いたげに見送る。





物吉貞宗は徳川家康の死後、尾張徳川家へ遺産分けで移ってきた。
徳川本家から尾張徳川家へ移った刀は他にも多くあったが、南泉一文字もその内のひと振りだ。
刀剣男士として顕現している他の誰よりも、物吉は南泉と付き合いが長い。
だから何だ、というのは、つまり。

「おい、監査官。あんた非番じゃなかったのか?」
「ん? ああ、偵察くんか。万屋街に行こうと思ってね。荷物持ちで良ければ君も行くかい?」
「行く。…買い出しか?」
「いや、頼まれ物はあるけど違うかな。…君はその格好でも良いけれど」
「冗談はよせ」
内番服の方が清潔に見えるんだよね、とぼやいた長義は、玄関へと足を向ける。

非番の長義がどこかへ出掛けるとき、連れは大抵が南泉だった。

「山姥切。お茶をいかがですか」
「それは良いね。お邪魔するよ、江雪。…あ、もうひとり追加しても良いかな?」
「ええ、構いませんよ。南泉一文字ですか?」
「ううん、肥前忠広。ほら偵察くん、江雪がお茶をご馳走してくれるよ」
「茶? 点てる方の? 礼儀作法なんざ知らねえぞ」
「大丈夫だよ、肩肘張らなくても。実際の作法が知りたいなら、歌仙くんに師事しなよ」
君は食事の所作が綺麗だから問題ないんじゃないかな、と長義は笑う。

誰かの誘いを受けたとき、長義がそれをお裾分けする相手は、ほとんど南泉だった。

「解析くんって、ウイスキーボンボンでも酔うのかな?」
「チョコレートのかい? 試してないけど、駄目なんじゃないかなあ」
政府勤務の頃は下戸の朝尊に付き合って、長義も肥前も白山も、ほとんど酒は飲まなかった。
酒を飲まないからといって、困ることは何もなかったので。
本丸勤務になってからはそれなりに飲むようになり、酒が入ると大抵の者は口が軽くなるので、新発見も増えた。
「あっ! 先生、そのグラスは駄目だ!」
「…本当ですね。これはかるぴすではなく、かるぴすさわーです」
違うテーブルからつまみを貰ってきた肥前が既の所で気づき、朝尊が潰れる未来は少し遠のいた。
肥前はつまみの皿を置くと、朝尊の周囲から酒と思われるグラスを排除する。
「パッと見では判らないからね。無色透明なウイスキーもあるらしいし」
「…わたくしが2杯目に口にしたのは、それかもしれません」
「えっ、良いな! 俺も飲んでみたかった」
宴会は適当に酒を置いて好きに飲むスタイルなので、無くなったなら仕方がない。
「酒というのも不思議なものだ。何十年と熟成されたものが高価値とされたり、人の世では新作にも暇がない」
研究には良い題材だと笑う朝尊に、原酒を並べたら彼は香りで酔い潰れるのでは…? と思う長義だ。
手にしたグラスは空になったが、周囲も手の届く範囲は冷やか空。
取りに行くかと顔を上げた長義の前に、酒の注がれたグラスとつまみの載った盆が突き出された。
「ほらよ」
長義が反射で受け取ったので、肥前は遠慮なく手を離し隣に腰を下ろす。
「…これ、俺が飲んで良いのかな?」
しかもちょっと手の込んだつまみが付いている。
「堀川国広からだ。あんた、飲みたいっつってたろ」
無色透明のウイスキー。
確かに言ったが、それを聴いていたのは白山と朝尊、肥前であって、堀川国広ではない。
つまみを作ったのは彼だろうが。
それを告げるのも野暮かと、長義は機嫌の良さを隠さず笑みを返した。
「そうだね。有り難くいただくよ、偵察くん」
照れ隠しかふいとそっぽを向きながらも、肥前は長義の前に並んでいた空のグラスを脇へ避けていく。

そうやって長義の世話を焼くのは、いつだって南泉のはずだった。

物吉貞宗は、後藤藤四郎よりも、鯰尾藤四郎よりも、山姥切長義よりも、南泉一文字と付き合いが長い。
南泉が長義との付き合いを腐れ縁だと言うのなら、物吉とのそれだって脈々と続くそれだ。
「ねえ、南泉さん。良いんですか?」
呑兵衛たちの塊を挟んで、長義たちとは反対側、厨から一番遠い席。
時折やって来る誰かと会話を為しながら、南泉は黙々と酒を飲んでいた。
そういう刀は他にも居るので注目を浴びるでもなく、けれど物吉は彼の隣を選んで座った。
「あ? にゃんだよ、物吉」
思いの外真剣な顔をしている物吉に、南泉は目を瞬く。
刀剣男士と、その元となった刀…本霊と呼ばれることが多い…は、まったく別の個体だ。
だいたいの経歴や関係性は引き継がれているが、人の身体を持つ刀剣男士と持たない本霊では、人の云う『感情』は同一にならない。
少なくとも刀剣男士となってから感じたすべては、刀剣男士であるその刀だけのものだ。
同じ所蔵元にある刀の中で、物吉は3番目に顕現している。
南泉が来たことに喜んだし、長義が本霊とは違う形で顕現したことに驚きもした。
そうして彼らを見ていたから、南泉がずっと長義を見つめていることにもすぐに気づいた。
その眼差しに、人の子の恋情のような色を乗せていることも。
「見ているだけじゃ、もう長義さんは気づかない。南泉さんに気づく前に、肥前さんが声を掛けますから」

南泉の視線に気づいて、暇なら行こうと万屋へ誘って行った。
何かの遊びに誘われたなら、思考の違いを楽しむために南泉の手を引っ張って行った。
飲み会なら隣に座って、あれは美味いこれは不味いと言い合いながら笑っていた。

肥前忠広が来るまでは。

同じ脇差である物吉には、判る。
「肥前さんのあれ、意図的ですよ」
70を超える刀剣男士が住まう本丸で、意図を持たずして同じ刀と接触し続けることは難しい。
ゆえに意図してのこと。
ーー山姥切長義を取り巻くあれこれで彼を心配していた、それは本当。
ーー政府勤務で共に働いていたから気心が知れている、それも本当。
だからこそ肥前忠広という刀は、山姥切長義という刀の気を惹く手段を知っていた。
その手段を以て、同じ所蔵という圧倒的アドバンテージに対し、的確に斬り込んで来ている。

もう一度、問うた。
「ねえ、南泉さん。良いんですか?」
グラスに口を付けたまま、南泉は物吉から視線を外す。

「…良いわけねえだろ」

獲物を見つけた獣のような、一瞬だけ細くなった化生染みた瞳孔に。
誰を映したのかなんて、訊くだけ野暮というものだ。
End.
(ひぜ→ちょぎ←にゃんの前哨戦)


2019.5.13
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