デュエルタワー内、開発区画へ繋がる階へ降りるとそこにはモクバが居た。
「おっ、揃ってるな!」
「モクバ君! 久し振りじゃない!」
「よー、杏子! 元気だったか?」
「もっちろんよ!」
挨拶を交わし、彼の案内で開発区画の通路を進む。
「リンク出来るのは遊戯だけか?」
「いちおう、ボクも持ってるよ」
獏良が荷物から新型デュエルディスクを取り出し、城之内は歯軋りするばかりだ。
モクバはにやりと笑って城之内を見上げた。
「城之内も早く買い換えろよ〜?」
「ウルセェ!」
言い合いながら通されたのは、テストフィールドを広く見通せる観覧用ルーム。
海馬が言っていた《ATEM》vs大会優勝者たちのデュエルも、ここから見た。
テスト区画とは繋がっていないが、あちら側のデュエルディスクとリンクすることで、意識上の空間を共有することが出来る。
大きな強化硝子の向こうには海馬が立っていた。
「兄サマ! 遊戯たち連れてきたぜぃ!」
『ご苦労。そちらのデュエル・リンクスを起動させろ』
「了解!」
モクバに頷き、遊戯と獏良がデュエルディスクを起動した。

ーー『リンクを確認しました。ソリッドビジョンを展開します。展開者は海馬瀬人です』

ディスクからの音声で、周囲の景色が変わる。
「…これ、海馬くんちの応接室?」
現れた空間に見たことがあるとモクバへ問えば、おう! と元気に返事があった。
「ソファーに座っても大丈夫だぜ! さっきの部屋の椅子と同じ位置だからさ」
「へえ、そういう使い方もあるんだ」
「それで、貴様らは何の用だ?」
遊戯たちが落ち着くのを待たずして、海馬の苛つき混じりの声が飛んできた。
彼は対面で反対側のソファーに座っている。
「んなもん、あの《ATEM》のことに決まってんだろ!」
大体何なんだよあの格好! と喧嘩腰に城之内が言い放てば、モクバの隣に当人が現れた。
「俺も、バトルシティのときの格好だとばかり思ってたぜ」
これ、と《ATEM》が言うと、その通りに彼の服装が変わる。
平たく言えば、現代にマッチしている。
「ふん。《ATEM》は"キャラクター"だ。問題あるまい」
「…なるほど」
キャラクターか、と納得した獏良とは別に、杏子が尋ねた。
「でも海馬君。遊戯の身体じゃないアテムが、本当にこの姿だったってどうやって知ったの?」
彼は千年パズルの記憶迷路に入っていない。
服装は百歩譲って石板から想像出来るとしても、装飾までまったく同じとは。
この姿か? とアテムがまた古代エジプト時代の王族衣装に戻る。
海馬が僅かだけ目を眇めた。
「本当に、とは?」
今度は遊戯たちが首を傾げる番だ。
「えっ? まさか全部想像だったの?」
「確定させるための情報ならば揃っていた。それに我がKC程の規模であれば、社内を捜すだけでマニアの1人や2人、容易に発見出来る」
「あー…」
考古学的にもエジプトファンは多く、海馬が言っているのはそういうことだろう。
(…じゃあ、偶然?)
"あのとき"のアテムと寸分違わないように思える衣服、額飾り、イヤリング、腕輪にその他。
眼の色は遊戯と同じで、それだけが記憶に残る差異だった。
遊戯が《ATEM》を見ると、ちょうど目の合った《ATEM》が問うように首を傾げる。
「相棒?」
「ううん。君が楽しそうで良かったなって」
大きな差異と言えば、やはり彼の表情に"陰(かげ)"がないことかもしれない。
『闇のゲーム』を幾度となく仕掛け仕掛けられていたアテムは、自身の内側に強大な『闇』を封じていた。
ーー友人、仲間、国、民、未来、あるいは過去。
すべてを捨てざるを得なかった彼が背負っていた、深淵を覗くような"何か"が。

「《ATEM》君は、ニューロンズ・リンクスには出てこないの?」
話題を転じた獏良に、《ATEM》は頷いた。
「そうだな。持つデッキの構成上っていうのもあるが、向こうは向こうで別のAIが稼働してる」
「…AIってそんな幾つも持てるものだったっけ?」
「ははっ! 正確に言うと、俺の兄弟みたいなものだな」
《ATEM》が海馬へ視線を投げた。
それは"語れる範囲が不明"というサインでもある。

《ATEM》はまだ、人格と名を与えられて間もない。
学習スピードは人間と比べるのも馬鹿らしい程に光速だが、人の年齢に例えるなら今は12歳前後だろう。

「我が社の企業秘密の暴露はここまでだ。推測は幾らでも構わんがな」
「あは、そうだよね。…うーん、でもニューロンズ・リンクスには居ないのかあ…残念」
獏良は公式デュエル・リンクスにはあまりログインしていない。
彼が言うには、ニューロンズ・リンクスの混沌とした状態が気に入っているらしい。
「そういえば獏良君は、ニューロンズ・リンクスで結構名前が知られているな」
「あれ、そうなの?」
「ああ。"ゾンビデッキみたいにえげつない"ってな」
(うわあ…)
《ATEM》の告げた獏良の評判の中身が容易に想像出来てしまい、遊戯たちは揃って乾いた笑いが出た。
「ニューロンズ・リンクスといえば…この間のことなんだが」
《ATEM》が思い出すような仕草を取る。
「ディーヴァ…藍神とセラがログインしてきたぜ」
「えっ?!」
"あのとき"以来、彼らとは会いも話しもしていないし、風の便りすら聞いていない。
時折ふらっと、元気にしていれば良いなと思うくらいで。
海馬の眉がピクリと動いたが、誰も気づかない。
「まあ、ニューロンズ・リンクスはアバター自由だから、会ったとしても判らないか」
「え、自分の姿変えれるんだ?」
「まさか遊戯君、ニューロンズ・リンクスに入ったことない?」
「あ、うん」
「ええっ! 面白いのに!」
モクバは兄が苛ついていることを見て取った。
が、何も言わなかった。
「そういう獏良は、公式デュエル・リンクスはやってるのか?」
「偶に、かな。ルール忘れちゃうと困るしね」
「ええい、いい加減にしろ貴様ら!」
有象無象どもの戯れ言に付き合っている暇はない、さっさと帰れ!
忍耐力の切れた海馬が怒鳴る。
「それと遊戯!」
「えっ、何?!」
海馬の矛先が唐突に遊戯へ向いた。
「貴様、非常勤とはいえKCで講師を勤める身で、ニューロンズ・リンクスを使っていないだと?
使わずとも基礎部分は身に付けておけ!」
「…仰ル通リデスネ……」
思わず片言になってしまった。
ともあれ、これ以上KCの社長と副社長を引き留めるのも悪い。
「ごめんね。忙しいのに時間作ってもらって」
「モクバ君、あんまり無理しちゃ駄目だよ? アメリカに来るときは、私の立つ舞台も見てね!」
「おう、もちろん行くぜ!」
「じゃーな、《ATEM》! 新型デュエルディスク手に入れたら、俺と決闘だ!」
「楽しみにしてるぜ、城之内君。本田君もな!」
「おうよ。俺も新型の購入、考えてみるか」
「この間、御伽君が同じことを言っていたよ」
それじゃあね、と獏良を最後尾に、遊戯たちが観覧用ルームを出ていく。
「兄サマ、オレあいつらを入り口まで送ってくる!」
「ああ、分かった」







モクバが彼らを追って部屋を出れば、ソリッドビジョンはシステムテスト区画のみへと縮小された。
「…まったく、くだらん話をいつまでも」
「お前も楽しそうに見えたぜ?」
「フン、気のせいだろう。…それより、奴等のせいで開始が遅れた。例のテストを開始する」
「分かった」
ソリッドビジョンが新たに展開され、すでに見慣れた屋上階へと景色が変わる。
ーーバトルシティ決勝トーナメント会場、空に最も近いタワー。
《ATEM》はテストへとロジックを切り替える。

「『デュエル・リンクス、テストモードへ移行。全制限を解除』」

海馬の腕に装着されたデュエルディスクが、青く光る。
彼の左手がデッキへ伸び、すべてのカードが彼の眼前に展開された。
「まずは俺からだ。出でよ、"オベリスクの巨神兵"!!」
カードをセットした瞬間、地響きと共に足元が揺れ、海馬の背後に巨人が出現した。
ゴツゴツとした巨体からは、相手の戦意を失わせるだけの迫力が漲っている。
「データはどうだ?」
「今は問題ない。他のリンクにも影響なし」
「良かろう。ならば次は貴様だ」
海馬の声に応え、《ATEM》の左腕にデュエルディスクが現れる。
即座に展開されたデッキ内の全カードから、1枚を選択。
「現れろ、"オシリスの天空竜"!」
フィールド全体が暗く陰り、《ATEM》の頭上が黒雲に覆われた。
目も眩む稲光と共に上空から赤く長大な身体を有するドラゴンが出現し、咆哮が轟く。
ーー直後。
「っ、不味い!」
《ATEM》が目を見開く。

「『開発区画全デバイス、緊急遮断!』」

ソリッドビジョンが前触れなくシャットダウンされ、カードのビジョンどころか《ATEM》の姿もノイズと共に掻き消えた。
展開されていた青空が消えたことで、薄暗くなったテストルーム。
海馬は腕を組み、マイク越しに開発主任へ問う。
「状況は?」
『はい。2枚の"神のカード"ソリッドビジョン化の際、膨大な量のデータが輻輳したようです』
《ATEM》の判断は正確でした、とホッとしたように開発主任は話す。
輻輳したデータが終端である各人の機器やデータ・クラウドへ流入していれば、少なくはないデータとストレージが駄目になっていた。
無論、バックアップシステムに抜かりはないが、バックアップなど使わずに済むのが一番である。
「《ATEM》のデータに破損は」
『ビットエラー、システムエラー共にありません』
「分かった。大まかな原因は掴めそうか?」
『現時点ではおそらく、としか。しかし前デュエルディスクでは立体化出来ておりましたので、データ領域量や構成プログラムの速度の問題かと』
「フン、なるほどな。システムが回復次第、"神のカード"1枚でのテストを続行する」
『了解いたしました』

今回実装となった《AI対戦モード》は、全3段階のアップデートにおける1つ目にあたる。
これは固定された《ATEM》の3種類のデッキを相手に、"戦略"と"攻略"を学ぶものだ。
2つ目は、"神のカード"をデータ化した上でソリッドビジョン化すること。
現在のテスト状況において、"神のカード"はデュエル1戦につき1体しかソリッドビジョン化出来ない。
それも『公式デュエル・リンクス全体において1デュエル、かつ1体のみ』となる。
別々のデュエルであっても、"オベリスクの巨神兵"と"オシリスの天空竜"を同時に顕現させることは不可能だ。
しかも。
("ラーの翼神竜"に至っては、俺も《ATEM》も召喚に成功しないとはな…)

「海馬。ソリッドビジョンが回復したぜ」

開発室を眺めていた硝子に、《ATEM》の姿が映り込む。
「今回は、貴様の方がアラートよりも早かったな」
「人の言う"学習速度"ってやつだ。ニューロンズ・リンクスの対応データも引っ張ってきたしな」
「ほう」
緊急時の判断速度に重きを置いて《ATEM》に公式デュエル・リンクスの管理者権限を与えたが、どうやら間違いはなさそうだ。
「開発区画の復旧状態は」
「復旧率98.6%ってとこか。輻輳喰らった仮想領域は、切り離してサルベージしてる」
「ならば問題ないな。…貴様はどう思う?」
「何がだ?」
「"神のカード"2枚の同時ソリッドビジョン化が未だ成功しないこと。そして、俺も貴様も"ラーの翼神竜"の召喚に失敗することだ」
《ATEM》が押し黙る。
海馬が《ATEM》を振り返ると、彼は言葉を探しているような仕草を見せた。
「科学的に説明するなら」
前デュエルディスクで立体化した"神のカード"が立体化の精密さを加速度的に増したため、維持に必要なエネルギーが膨大になった。
「…科学的でなければ?」
真っ直ぐ射抜いてくる青い目に、揺らぎはない。
(人は不思議だな…)
解っているのに、わざわざ他者に答えを言わせるなんて。
ならば求められた解を与えるまで、と《ATEM》は口を開く。

「"神のカード"が本物ではないこと。そして"神のカード"の認める所有者が、俺たちではないこと」

"オベリスクの巨神兵"は、海馬と相性が良いのだろう。
"オシリスの天空竜"は、例えるならば情けで《ATEM》に扱わせてくれている。
だが、もう1枚は違う。
「"ラーの翼神竜"は、太陽神の名を冠する。王(ファラオ)はラーの息子と同列であり、オシリスはラーの息子であり、王の兄弟でもある」
バトルシティでその姿を見せたのは、現世という時空に独り取り残された息子を導き、在るべき庇護の元へ還さんとする太陽神の意志。
"ラーの翼神竜"は、以前にも当時の持ち主を騙った決闘者を昏睡状態に貶めた前歴がある。
「…またオカルトか」
「今の俺では、まだ証明出来ないからな」
期待などしていないくせに、と言外に言ってやった。
ついでに訊いてみようか。

「なあ。何でさっき、相棒たちに何も言わなかったんだ?」
「…何の話だ?」
「本物の『アテム』に会ったことを、なぜ言わなかったんだ?」

海馬が口を噤む。
《ATEM》が海馬の記憶から写されていることを、《ATEM》はもちろん知っている。
そしてニューロンズ・リンクスの延長線上として、『ディメンション・システム』の開発が続けられていることも。
「……フン。言う必要はあるまい」
それきり、海馬は口を開く気がなさそうだった。
「ふぅん…。まあいいか。テスト、続けるんだろう?」
「当然だ」
再びテストフィールドが変わり、《ATEM》が"オシリスの天空竜"を召喚する。
"オシリスの天空竜"のカード効果、公式ルール通りの挙動となることに関する再現テストが開始された。
そのテスト相手を淡々とこなしながら、海馬は《ATEM》の問いを反芻する。

ーー正確に言えば、今も"会っている"。
『ディメンション・システム』の開発段階が上がり、モクバのチェックでGOサインが出た場合に限るが。
彼(か)の地へ至る座標は固定されたが、その座標を他の誰かに使わせる気は海馬にはない。
寧ろ…例えばニューロンズ・リンクスを経由して…彼の地へ到ろうとする者が現れれば、あらゆる手段を行使して阻止するだろう。
(ようやく至った"道"だ。荒らされては堪らん)
ただし、可能性は残る。
ゆえに海馬はエジプト考古局へ直談判し、『アテム』に関わる遺跡と遺物のすべてを"守る"という名目で管理しているのだ。
(千年アイテムはすべて消えた。"神のカード"もおそらく。残るは…あの巨大な石版のみ)
何より石版の管理者は、あのイシズ・イシュタール。
彼女が稀にあの石版を海外へ貸し出す理由は、海馬とさして変わらぬはずで。
そして何より。
(藍神とセラの話をそのまま使うなら)
彼の地と海馬の意識は、同調している。
到着点たる座標だけでは踏み込めない地であることを、如何な現実主義者の海馬とて理解していた。

おそらくそれは、『アテム』の抱く"未練"の形。

(『奴』が俺を拒まぬ限り、俺は目指し続ける)
本人が気づいているどうかは知らない。
しかし昇華された意識の到着地点である高次元において、昇華前の現世の意識を弾くことなど容易いだろう。
ましてや、彼の地においても『王』であるなら。
(だが奴は、俺が訪れることを拒まない。時間切れだと追い返すことはあっても)
海馬がテストのために召喚していた通常モンスターが、"オシリスの天空竜"の効果"召雷弾"で破壊される。
次に選んだカードは、青白く輝く己が半身。
「出でよ、青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)!」
攻撃力3000のブルーアイズは、"召雷弾"で攻撃力を下げられるも破壊されない。
「《ATEM》、手札を1枚にしろ」
「分かった」
ブルーアイズと"オシリスの天空竜"双方の攻撃により、相打ちとなった双方のカードが墓地へ送られる。
海馬は構えを解いた。
「貴様1人が"神のカード"を使うなら、デュエル・リンクスでも問題なさそうだな」

《AI対戦モード》において、《ATEM》が使用するデッキは3種類。
アテムがペガサス・J・クロフォードを打ち倒した際に使用したデッキ。
バトルシティ開幕時に使用していたデッキ。
そして海馬と"神の一騎打ち"を果たした、"オシリスの天空竜"を有したデッキ。
対ペガサスデッキに勝てばバトルシティ開幕時のデッキと、バトルシティ開幕時デッキに勝てば、"オシリスの天空竜"デッキとの決闘が可能となる。
…もっとも、2ヶ月前のテストであの結果である。
オシリスのデッキへ届く決闘者が出るまで、しばらくは掛かりそうだ。
(正直、あそこまで完璧とは思いもしなかったがな…)
12戦もやれば、それこそ8人目の決闘者辺りからは《ATEM》のデッキ内容がほとんど丸分かりの状態であった。
それでも、際どい場面こそあれ引き分けもなくすべてに勝利してみせた《ATEM》は、限りなく『アテム』に近く。
(3つ目のアップデートをいつ始めるか…)

自分の思考に入ってしまった海馬から視線を外し、《ATEM》は眼前に表示された『アテム』のデッキを眺めた。
(…《俺》では、絶対に再現出来ないものがある)
それは人が引きの強さ、あるいは勝負運と呼ぶもの。
(あれだけは、ランダム演算でも再現出来ない)
AIの原理は黎明期に出たコンピュータと変わらず、『求められた解を回答する』こと。
ゆえにAIである《ATEM》は『解の無いものに解を出す』原則で動き、その内容は決闘に特化している。
『好奇心旺盛』と言える彼の行動原理は尽く解を出していくが、名と個性を与えられてからずっと、気になっていることがあった。

(『アテム』は、どんな人物なんだろうか)

《AI対戦モード》が実装されたので、当分そちらに割く容量は無さそうだが。
(効率化出来るようになれば、空いた分を思考ロジック側に割ける)
人格形成に一役買っている遊戯たちと、公式デュエル・リンクスで会話をする機会も増えるだろう。
(決闘1つとっても、《俺》と『彼』では同じ結論でもおそらく過程が違う)
何より難解なのが、人の『感情』というもので。
《ATEM》はそこで思考を止めた。
「海馬。《AI対戦モード》最初のお客サマがご到着だ」
「ほう…。では"神のカード"実体化テストは一旦終了とする。当分は貴様も、フルで稼働せざるを得んだろうからな」
「そうだな。それじゃ、行ってくるぜ」
《ATEM》の姿がソリッドビジョン内から消える。

ニューロンズ・リンクスが海馬の想定の範疇を超えたように、《ATEM》も遠からぬ内に海馬の想定を越えていくだろう。
何より海馬は、遊戯に協力を求めた時点でAIに求めるものを変えていた。
即ち、『不変』であることから『可能性』へと。
(もはや、不変であるのはアテムの方だ)
人間ではないAIとて、現世に縛られた存在であることに変わりはない。
(肉体という檻に囲まれた人間、ハードという筐体に囲まれたAI)
『プラナ』は、高次元へ至らなければ未来へ行けないと言っていた。
同調が可能であるからこそ、肉体という枷が邪魔なのだろう。
彼らにとって、まず肉体の縛りから開放されることが未来への第1歩だった。
「…ん?」
海馬はふと思い当たる。
デュエル・リンクスにおいても、人は肉体から離れられる訳ではないが。
「…いや、考えすぎか」
海馬は頭(かぶり)を振り、思考を切り替えた。
テストフィールドから出て開発室へ赴く。
「"神のカード"実体化の試験は、今回までで一旦完了とする。これから7日間は、公式デュエル・リンクスと《AI対戦モード》の監視へリソースを割け」
「はい。定例報告は今まで通りの時刻でよろしいですか?」
「構わん」
「承知いたしました」

開発室を出て、息を吐く。
「……まさかな」
今度こそ、海馬はその考えを宙空へ放り投げた。
ーーデュエル・リンクスと『ディメンション・システム』は、データ上で地続きとなっている。
(それが何だというのか)







《ATEM》は、デュエル・リンクス内であればどこへでも行けた。
ニューロンズ・リンクスへの干渉は出来ないが、そこへ行ってデータを読み取ることは出来る。

当然、『ディメンション・システム』にも。
End.

>>
(次ページは設定とか)


2016.5.28
ー 閉じる ー