授業が終わった。
部活に勤しむ者は慌ただしく教室を出て行き、そうでない者は友人同士でお喋りに興じている。
特に部活動に所属していない輝二は、早々に帰り支度を整える。
そこで携帯電話が着信を告げた。
「はい」
出たは良いが、通話の向こうの音声が無い。
「もしもし?」
相手を即すように声を投げれば、向こう側で何かがざわりと動いた気がした。
『……ヲ、…』
「え?」
言葉が聴こえ、耳を澄ます。


『 ボ ク ヲ 、 タ ス ケ テ 』


湖、
城、
割れる空、
飛び散るデータ、
立ち尽くす生き物たち、
侵蝕される青、
蝕まれてゆく白、

助けを求めて伸ばされた、手。

「っ?!」
意図せず額を押さえた。
(なんだ?今のは…!)
「…源くん?顔色悪いけど、大丈夫?」
ハッと顔を上げれば、近くでお喋りに興じていたクラスメイトがこちらを心配そうに見ていた。
「いや…大丈夫。ありがとう」
早く学校を出よう。
クラスメイトへ礼を返し、輝二は通話の切れた携帯電話の画面を見る。
今度こそ、我が目を疑った。

(これ、は…)

声を聴き取った瞬間に脳裏を駆け巡った、幾つものイメージ。
あれが、誰からのものなのか。
映っていた生き物が、何だったのか。
完全に理解し切る前に、輝二は教室から駆け出していた。

携帯電話の液晶に浮かんだ、あのマーク。
太陽と月が重なる、金のシンボル。

あれは、見間違えるはずも無い。
忘れるはずも無い、かつて旅した"異世界"で。
初めて目にしたときは黒かったが、『正常』になった後は金色の。
校舎を出て、正門を出て、それでも輝二の足は止まることは無い。
走りながら再度鳴った携帯電話は、よく知る番号を表示した。
「輝一!」
『輝二、君も見た?』
主語の抜けた問いに、何が、とは聞かずとも良かった。
やや速度を緩め、併せて声を落とす。

「…デジタルワールド」

返った沈黙は、肯定を示した。
『…拓也も見たらしいんだ。今、純平と友樹に連絡を取ってる』
その先に続く言葉も、聞く必要は無かった。
輝二は頷く。
「分かった。泉にも伝える」
『うん。じゃあ、あの場所で』

存在しない、渋谷駅の地下ホームで。

輝一からの通話を切り同級生の携帯電話を鳴らせば、ワンコールで繋がった。
『今、正門出たところなの!ちょっと待ってて!』
彼女の声はそれきりで切られ、輝二は足を止める。
来た道を振り返れば、駆けてくる少女が手を振った。
「泉!」
同じく、手を振り返す。
泉は輝二の隣まで駆けてくると、大きな息を吐いた。
「お待たせ!じゃあ、行こう!」
「ああ」
また2人して駆け出した。


5年前の冒険は、絶対に忘れられない。
再び呼ばれたというのなら、また自ら選んで行くだけだ。

掴め、その手を



end. (2010.10.9)


ー 閉じる ー NEXT ー