「きゅ?  また別のニンゲンっきゅ?」

背中のキュートモンの声に、ドルルモンは鳴き声の示す方向を見遣った。
彼の言葉通り、少し遠目に2人の人間が会話をしている様子が見て取れる。
「アカリたちの仲間かナ?」
心無しか弾んだ声音には、近づいてみたいという欲求が見え隠れしている。
それが分からぬ程、ドルルモンは愚鈍ではない。
(あー、面倒だな…)
思いはすれども、口に出すほど子供じみた素行もしない。
どうせ、急いでいる訳ではないのだ。
立ち止まり幾度か意味も無く周囲へ視線を巡らせ、彼はようやく2人の人間の方へと足を踏み出した。

「なんで通じないんだろう?」
「"スピリット"は使えたけどな…」

2人に近づくにつれ、不安を込めた疑問の会話が聴こえてきた。
堂々と彼らに近づいていくドルルモンの足が、じゃり、と石を蹴飛ばす。
その音にハッとこちらを注視した人間たちは、驚いたことに同じ顔をしていた。
デジモンならば、種族が同じ限りほぼ同じ姿をして生まれるが、人間は違う。
それをここ1ヶ月ほどで、ドルルモンは学んだ。
ある程度まで近づいて足を止め、じっくりと2人を観察する。

バンダナを頭に巻いている人間は髪が長く、服は青い。
もう1人の方は緑の服で、髪は短い。
後者の方がどこか大人びて見えるが、年齢についてはよく分からない。
(あのタイキとか言うヤツよりは、年上か?)
そんな感じがした。
キュートモンが、ぴょんと身軽にドルルモンの背から飛び降りる。

「きゅっ!  アカリたちの仲間っきゅ?」

こちらから話し掛けたもので、驚いたのだろう。
彼らは目を丸くした。
「…ええっと、アカリ?」
「誰だ?」
そうして2人して顔を見合わせたので、ああ、違うんだなと察せられる。
「他に人間を見たことがあるの?」
髪の短い方がしゃがみ、キュートモンと視線を合わせて問い掛けた。
人間にしては、気の効くヤツだ。
同じく気を良くしたのか、キュートモンはその場でくるんとターンする。
「きゅっ!  グリーンフィールドの里で会ったニンゲンっきゅ」
そうなんだ、と相槌を打った彼は、にこりと笑みを浮かべる。

「他にも人間が、ってことは、やっぱりここはデジタルワールドだ。
あ、俺は輝一。こっちは輝二。双子なんだ」

ああ、なるほど。
ドルルモンは納得して1人頷く。
「だから同じ顔をしているのか」
「そうなるね。デジモンから見ると珍しいだろうけど」
答えてから君は?  と目線で問われ、隠す必要も無いのでこちらも名乗る。

「オレはドルルモン。そっちはキュートモンだ」

何に受けたのか、輝二という名の方が小さく吹き出した。
「名前がそこまで直球とは思わなかった」
よく分からないが、悪意がなかったので気にしないことにする。
「お前たちも『コードクラウン』を求めているのか?」
問い掛けてみれば、またも彼らはきょとんと目を丸くした。
「なにそれ?」
知らないということは、違うのだろう。
「なあ、ドルルモンにキュートモン。ちょっと聞きたいことが…」
輝二が何事か問い掛けてくる。
しかしその問いが判明する前に、赤茶けた地面の向こうから砂煙がもうもうと上がった。
併せて響いてくる地響きは、あまり良い予感を与えてくれない。
「チッ、バグラ軍か?」
キュートモンに背に乗るよう即し、舌打ちを零す。
(面倒だな)
2人の人間をどうしようか、とドルルモンは考える。
知ってしまった手前、見捨てるのは良心が咎めた。
(…人間は弱い。共にデジモンが居ない限り)
たった1発の攻撃で、命を落とし兼ねないほどに。

「輝一、あれってさっき蹴散らしたヤツらじゃないか?」

だからこそ、輝二が土煙を見ながら吐いた言葉に、驚愕した。
(蹴散らしただと?)
どう見ても、あのタイキたちのように仲間であるデジモンの姿はない。
輝一も同じように苦笑した。
「それっぽいね。援軍を呼んで再戦みたいな感じで」
どういう意味だとドルルモンが困惑する中、輝二が彼を振り返る。
「逃げる道案内、頼まれてくれるか?」
「は?」
意味が分からずドルルモンは間の抜けた声を発したが、輝二の言葉を輝一が続けた。
「俺たち、この辺りの地理に疎いんだ。前を走ってくれるだけで良い。追いかけるから」
追いかける?  どうやって?
少なくともこちらの足は、四つ足のビーストデジモンの中で速い側から数えられるものだ。
人間が走って追いつけるものではない。
ますます困惑するドルルモンの目の前で、信じ難いことが起きた。
2人はタイキの持っていたクロスローダーのような機械を構え、叫ぶ。

「「スピリット・エボリューション!」」

ほんの一瞬2人の姿がデジコードに包まれたかと思うと、そこには。
「ドルルモン、早く!」
「お、おう」
考えることを放棄して、ドルルモンは来た道を引き返した。
徐々にスピードをトップギアへと乗せるが、彼の両脇を2人は遅れるどころか追い越す勢いで駆けている。

…デジモンの姿となって。

「きゅっ?!  2人ともデジモンになったっきゅ!  見たことの無いデジモンっきゅ!」
キュートモンが興奮気味に尋ねれば、輝二であった方のデジモンが答えた。
「知らないっていう点では、こっちもそうだな。オレはガルムモン、そっちはカイザーレオモンだ」
ガルルモンの姿に似ている、輝二であったガルムモン。
そして黒いレオモンを進化させたような、輝一であったカイザーレオモン。
(意味が分からん)
だが、足手纏いでないなら好都合だ。
「お前たち、その姿なら崖を登れるな?」
確認の意味で問えば、双方から頷きが返った。
「ならばこっちだ!」
方向を変え、壁のように高く聳(そび)える岩山を目指す。
思い切り良く崖へ爪を立て、勢いのままドルルモンは崖を登ってゆく。
どうやらドルルモンよりも足の速いらしいガルムモンは、助走を長くして飛び上がるように駆け上った。
カイザーレオモンはやや手間取っていたが、意外と器用なようで僅かな足場を頼りに崖を登り切る。

崖下を見下ろす気もなく、彼らはさらに走った。
深い森に駆け込むまで。

気高き獣たちの邂逅

>> 後編



end. (2010.7.31)


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