「こいつらを蹴散らしてやろう。そのデジメモリを俺に寄越すならな」

その言動は、明らかに反感を買うものだ。
まったくもって賛成出来ない。
でも。

「命の大切さが分からない、お前みたいなヤツの力は借りない」

タイキという少年の、その台詞だっておかしい。
だから泉は、沈黙を貫きはしなかった。
先のキリハのように、メイルバードラモンの背から飛び降りる。
そうしてキリハの前に出た彼女に、驚きの声が上がった。
「あっ、泉さん!」
アカリという名の少女だ。
だが泉は彼女へ微笑み返しただけで、すぐにタイキへと向き直る。
「ねえ、君。その言葉は違うでしょ」
「えっ?」
目を丸くしたのはタイキだけではなく、泉の挙動の意味が掴めないキリハも同じだった。
「泉?」
しかし泉は、タイキから視線を逸らさない。
どういう意味なのかと戸惑う視線を、まっすぐに見返す。

「どうしてキリハが、『命を大切にしないヤツだ』なんて分かるの?」
「!」

ハッと目を見開いたということは、矛盾を内包した言葉であったことを肯定する。
泉とて、彼らに心当たりがあるのであろうことは分かっている。
何せ自分も通った道だ。
(ちょっとだけ踏み込められたら、分かるんだけどね)
タイキたちとは、まだたった2度の邂逅でしかない。
それでもキリハが、彼らと対極な上に受け入れ難いタイプであるということはすぐに分かった。
タイキはやや口籠りながらも、はっきりと口に出す。

「…弱いデジモンを使い捨てるやつが、命を大切にしているとは思えない」

やはりか。
まったくもって、同じ道を通っている。
泉と彼らの違いは、彼女がすでに過酷な戦いを経験していることだ。
キリハの痛いくらいに強い視線を背で受け止めながら、泉は軽く肩を竦めた。

「それは見方の問題、かもよ?」
「見方?」
「そう。弱いデジモンを守ることは、とても大切なこと。
でもそれで自分たちを危険に晒して、自分たちの力を削って、他のエリアを守れるの?」

きょとん、と目を丸くしたタイキたちからは、彼らがここへ来て日が浅いことが嫌でも分かる。
「まあ、キリハは誰かに感謝されたいわけでも、理解して欲しいわけでもないみたいだけど」
「…おい」
堪り兼ねたのか、キリハが泉を呼ぶ。
けれど彼女に黙る気はない。

「少なくとも私の知っているキリハは、貴方たちよりもデジモンのことを思ってる」

とてもじゃないが、信じられない。
少なくともタイキとゼンジロウには、そう感じられた。
アカリは首を傾げている。
「泉、いい加減にしろ」
耐え兼ねたのか、キリハは泉の腕を掴む。
泉は『あ、その言葉懐かしいなぁ』なんて思いながら、彼へ笑いかけた。

「良いじゃない。貴方たちは昔の私…ううん、"私たち"にそっくりだもの」

誰しも、自分のことでいっぱいいっぱいなのだ。
自分の正義を持っているなら、他者の言動が気に食わないなんて当たり前で。
正しいのは自分なのだと自分が許しているから、だから反発する。

「タイキ君、だったよね。君の言葉はあまりにも自己中心的よ。
貴方とまったく同じ考えの人なんて居ないわ。賛同してくれる人は居ても。
だって貴方は、貴方しか居ないんだもの」

それは貴方に限らず、キリハも私もそう。
そっちの2人もそうだし、意思を持ってるデジモンたちも同じ。
(自己中心的…)
タイキは、そのようなことを言われたことが無かった。
泉の言葉は心の奥深くへ届いたが、それをどうすれば良いのか理解出来ない。

「フィールドゲート、オープン」
「えっ?!  ちょっと!」

何を言っても泉を黙らせることが不可能と悟り、キリハは強硬手段に出た。
彼女を無理矢理に引き摺り、彼は開いたゲートへと引き返す。
「おいおい、良いのか?  デジメモリはどうするんだ」
メイルバードラモンが、呆れとも苦笑ともつかない笑みで問うてくる。
キリハは黙れ、と視線に込めて答えた。
「存在が証明出来ただけで、十分だ」
腕を掴む手を外せず、泉は引き摺られるままになる。
そこであっ!  と慌てて声を上げた。

「ねえ!  私みたいにデジモンになる子、見た?」
「えっと、すみません見てないです!  って、聴こえたかなあ…?」

アカリが急いで答えた声は、きっと届いた。
ゲートが閉まる寸前、泉がにっこり笑って手を振り返してくれたから。

ふと横を見れば、難しい顔をした幼なじみが居る。
「もう、タイキってば。眉間にすごいシワ!」
えい!  とデコピンしてみれば、大袈裟なほどに騒いだ。
「いってぇ!  いきなり何すんだよ、アカリ!」
「なによぅ。そうやって難しく考えるの、らしくないよ?」
「えっ…」
アカリの言葉の意味を、向こう側のゼンジロウは分かってくれたらしい。
彼は苦笑して、タイキの背をばん!  と叩いた。

Crossed  Heart...?



end. (2010.8.11)


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