「まあ、騎士様が随分とお増えになったのですね。
わたくしはバステモン。この地を治めていて、皆からは姫と呼ばれています」

にっこりと笑み、湖上の城主はタイキたちへそう告げた。
彼女は人の形を取った猫、という雰囲気だ。
ただ、指先の鋭く長い爪を見ると、猫よりも豹に近いのかもしれない。
「もしやそちらの殿方は、泉様と同じ伝説の闘士で?」
輝二と輝一の姿をいち早く認め、壇上から軽やかに駆け下りる。
「伝説の、っていうと…」
ドルルモンとキュートモンが話した、ルーチェモンと十闘士の伝説だろうか。
問いを続けようとするバステモンを、彼女の親衛隊隊長であるナイトモンが押し止める。
「姫様。今日はもう、夜も遅うございます。それに彼らも、先の戦闘でお疲れのはず」
「あら、そうですわね。ではそれぞれ部屋を用意しましょう。
また明日、お話を聞かせてくださいますか?」
話題転換の速さにタイキや輝二たちは戸惑うが、キリハは真っ先にその言葉を受けた。
「それは有り難い。お言葉に甘えて、オレは先に失礼します」
タイキたちは彼をぽかんと見送るだけだ。
玉座の間を後にするキリハの背へ、泉が挨拶を投げる。
「おやすみ、キリハ! また明日!」
泉の声に軽く片手を上げて応え、キリハは姿を消す。

ふあ、と誰かの欠伸(あくび)が聞こえた。
輝二が苦笑する。
「アカリもキュートモンも、無理するな。バグラ軍だって、さっきの今で襲撃したりしない」
「それもそうか…。オレたちも休ませてもらおうぜ」
タイキの視線に頷き、バステモンはナイトモンを見る。
「あちらの方々をご案内さし上げて」
「はっ」
輝二たちを振り返り、タイキは軽く一礼した。
「じゃあ、オレたちは先に失礼します」
「うん。おやすみ」
「おやすみなさい」
タイキ、ゼンジロウ、シャウトモン、バリスタモン。
そしてキュートモンを抱いたアカリに付き従うドルルモン。
しかしドルルモンは、玉座の間の入り口まで行き、内へ引き返してきた。
彼の行動に、輝一は参ったとばかりに肩を竦める。
「察しが良くてあり難いよ。ドルルモン」
「お前たちと違って、俺はずっと現役の戦士だからな」
「ごもっとも」
泉は興味深げにこちらを見つめるバステモンへ尋ねる。
「ねえ、お姫様。ここのテーブル付近、しばらくお借りしても良い?」
バステモンは快諾した。
「ええ、どうぞ! あ、わたくしも混ざって良いですか?」
「もちろん」

それぞれが席に付き、バステモンが何体かのポーンチェスモンにドリンクを運ばせた。
ちなみにドルルモンは、床に直接寝そべっている。
「わたくしは聴いているだけですから、お構いなく」
微笑んだ彼女に遠慮はいらないようだと判断して、泉が口を開いた。

「じゃあ、私からね。私がこのデジタルワールドに来たのは、今から14日前よ」
「そうか。俺たちは4日前だ」
輝二の返答に、泉は驚いた。
「4日前?! 凄い時間差じゃない」
「そうだね。俺も今聞いて驚いた。でも、それで分かった」
輝一の言葉に、輝二と泉は揃って首を傾げる。
「何が?」
「アングラーたちが言ってただろ?『辿り着ける保証がないから、全員違うトレイルモンに乗ってくれ』って」
ああ、と輝二と泉も納得した。

渋谷駅の地下。
それは泉にとって15日前、輝二と輝一にとっては5日前の出来事だ。

ルーチェモンからの通信を受け、拓也たち6人は渋谷駅の地下7階へ集まった。
本来、渋谷にそのような階は存在しない。
…人間界とデジタルワールド(以下DW)を繋ぐ、異界ゲート。
いくつもの線路の始発点にて、6体のトレイルモンが彼らを待っていた。
どのトレイルモンも顔見知りであったが、彼らは一様に表情が険しく。

『こっちに辿り着くことは出来たが、向こうへ辿り着けるかどうかは分からねえ』
『大丈夫。たとえこの身がデータの塵と消えても、貴方たちは人間界かDW、どちらかに必ず送り届ける』
『ルーチェモン様を頼んだぞ!』

予想を超えた最悪の事態であるのだと、誰もの臓腑が冷えた瞬間だった。
微かな身震いであの瞬間を払い落とし、泉は続ける。
「…で、私はドラゴンバレーっていうエリアに着いたわ。そこでバグラ軍に襲われて」
携帯電話がデジヴァイスに変化していることを一瞬で理解し、フェアリモンへ変身する。
「我ながら、情けなかったわ。すぐに息が上がっちゃって…」
ひと通り倒しただけで、もはや疲労困憊。
そこへ追い打ちを掛けられ、一か八かビースト型へスライドしようかと悩んだ。
輝一がふと思いつく。
「もしかして、そこでキリハ君に会った?」
「ピンポーン♪ さっき、青いドラゴン型デジモンが居たでしょう? あのメイルバードラモンと助けてくれたの」
まるで漫画みたいに、と笑う泉は、懐かしい出来事も併せて思い出す。
「ふふっ。フローラモンの村で助けてくれた、輝二みたいだったわ」
「そうなの?」
「そうよ。あの頃の輝二、ほんとツンケンしてたんだから!」
「へえ…」
顔を輝かせて語り出そうとする泉と、同じく話を聞こうとする輝一。
輝二は額を抑えてストップを掛けた。
「…頼むから、やめろ」
初めてDWを訪れた頃の話など、一体何の罰ゲームだ。
輝二の否に対して、2人は存外あっさりと引き下がる。
「まあ、その話は今度でも出来るしね」
「やめろってば」
眼前で言い合う双子に、泉はふと懐古に囚われる。
(懐かしいなあ…)
けれど本当は、懐かしんでいる暇など持ち合わせていないのだ。
「泉、拓也たちには会ったか?」
輝二はもっとも大事な問いを口にした。
泉は軽く首を振り、眉尻を下げる。
「会っていないし、それらしい噂も聞かないし、デジヴァイスも通じないわ」
「そうか…。俺たちも同じだな」
「というか、現状を把握するのが精一杯だし」
続けた輝一に、泉は大丈夫と微笑んだ。
「このDWの話なら、キリハに聞けばいいわ」
「そんなに詳しいのか?」
「ええ。いつ来たのかは聞いていないけど、自分の意思でDWに来ることを決めたって」
「…あ、そうか。タイキたちは『引き込まれた』って言ってたな」
巻き込まれたと言っていたのは、アカリとゼンジロウだった。
「DWへ来た理由が、みんな違うんだな」

自らの意思かどうか、その根本から。

闘士たちの来訪

>> 後編



(2011.3.5)


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