込み上げた欠伸を、輝二は何とか噛み殺す。
手にしていたデジヴァイスを見つめ、1度だけ浮かび上がった紋章を思い返した。
(…ルーチェモン、か)
「あいつらは元気かな…」
意図せずそんな言葉が形となり、輝二は自分で驚いた。
彼の発言にパチリと目を丸くした泉と輝一は、その意味を悟って笑みに変わる。
「ああ、プロンとロップか。確かに」
愛称で呼ばれた2匹のデジモンは、かつてはDWを治めていたデジモンだ。
オファニモンの生まれ変わりであるプロットモンと、ケルビモンの生まれ変わりであるロップモン。
期せずして彼らのデジタマを孵すことになったのは、泉の目の前に居る2人であった。
思い出し、口元が綻ぶ。
「プロンはきっと、すっごい美人に進化してるわよ。ロップだって男前に違いないわ!」
「凄い自信だな…」
「だって、親が輝二と輝一だもの。美人で男前に決まってるじゃない」
ツッコミどころは大いにあるのだが、ついに輝二は欠伸を零す。
「…悪い。俺は先に寝る」
それに輝一が頷きを返せば、泉も立ち上がった。
「あっ、じゃあ私が空いてる部屋に案内するわ。お姫様、何階が空いてる?」
問われたバステモンが、ぴょこんと耳を動かす。
「3つ上の階なら、全室が空いていますわ」
ねえ? と彼女が控えていたポーンチェスモンへ尋ねれば、肯定が返った。
「輝一と…えっと、ドルルモンはどうするの?」
ドルルモンは閉じていた目を開け、泉と輝二を見上げる。
答えたのは輝一だった。
「大丈夫。俺たちもすぐに引き上げるから」
彼らを当分に見遣った輝二は、何も言わずに留めた。
(…2人だけで話したいことがあるのか)
必要であれば、後で言ってくると判断する。
「分かった。じゃあお先に」
泉も輝二の後に続く。
「おやすみ、輝一。ドルルモン」
「うん、おやすみ。2人とも」
2人を見送ったバステモンも、ひらりと軽い動作で立ち上がった。
「それでは、わたくしはお庭へお散歩に参りますわ〜」
どうやら日課らしい。
バルコニーへ出ようとした彼女は、何か思い出したのかこちらを振り返る。
「ドリンクのおかわり、要りますか?」
輝一は首を横に振る。
「ありがとう。でも、本当にすぐ休ませてもらうから」
「そうですか。では御機嫌よう」
にこりと笑みを残し、彼女は城の外周を取り巻くバルコニーへと姿を消した。
(…散歩って、下まで飛び降りるのかな)
そんな疑問が湧いたが、深くは気にせずにおいた。
しん、と静まり返った玉座の間。
輝一は床に寝そべるドルルモンのすぐ傍へ屈み、囁いた。
「…森で感じたのと、同じ気配だ」
ドルルモンは頷き、同じく小声で答える。
「ああ。だが、殺気も敵意もない。ニオイもない」
だから見つけられない、と目を細めた。
「相当な手練(てだれ)か、戦闘能力がないか。そのどちらかだな」
姿が見えず敵意がないなら、その目的など予測出来ない。
思案しながら、ドルルモンは輝一を視線だけで見返した。
「しかし、よく気がついたな。野性的な勘なら、コウジの方が強そうなのにな」
輝一は何とも言えない苦笑を浮かべる。
「いや、その通りだよ」
危機感知や察知、対処の能力は、輝二の方が何倍だって上だろう。
けれど。
「"闇"の気配なら、分かるよ。DWに来たことのある、どんな人間よりもね」
ほんの一瞬、唇が自嘲の形に歪んだことを、ドルルモンは見逃さなかった。
「…どういう意味だ?」
ドルルモンが気づいたことを、察しないわけがない。
だが輝一は、素知らぬ振りで言葉を続けた。
「輝二たちは、仲の良さはどうあれ最初から仲間だった。でも俺は、敵だった」
「なに…?」
「俺は抱いていた負の感情を利用されて、利用した当人でさえ俺を『危険だ』と言わせたくらいだ。
闇の闘士は、『純然たる闇』ではなく『混沌たる闇』だったんだよ」
純然たる闇と、混沌たる闇。
闇という存在は必要不可欠なものだが、もっとも負に傾き易い存在でもある。
(…だが)
ドルルモンは思う。
(闇を知らない者に、光を語ることはできない)
おそらくはそれが、自分が輝二と輝一に対して感じた『何か』だろう。
戦闘能力としての強さだけではない、何かを。
ゆっくりと立ち上がり、ドルルモンは輝一を見る。
「お前はどう思う? 仕掛けてくると思うか?」
微かな声音で落とされた問いかけに、彼は明確な意見を避けた。
「いや、ドルルモンの言った通り、敵意がないから分からない。でも」
途切れた言葉の先に、頷いた。
「ああ。仕掛けてくるとしたら、バグラ軍の次の襲撃のときだろう」
それが夜明けと共になるか、それ以降の時間帯(たとえば夜)になるかは、分からない。
「そうだな。そのときは、表を輝二に任せて立ち回ってみるよ」
輝一も立ち上がり、開け放たれたバルコニーの扉へ目を向ける。
四角く切り取られた広い空には、たくさんの星が瞬いていた。
…そういえば、このDWには月が1つだった。
闘士たちの来訪
end. (2011.3.13)
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