―――夢を、見ていた。
湖の水が、轟々と音を立てて次々に天へと伸び上がる。
いったい何事だろうか。
「ちょっとラーナ、今度は何事?」
城の天辺、小さな窓から身を乗り出して外を見る。
そこでは青の女戦士が、伸び上がった水の1つの上で仏頂面をしていた。
彼女はこちらをちらりと見遣ったのみで、すぐに湖の向こう、正確にはさらに森の向こうへ視線を戻す。
「何度も何度も繰り返してくれちゃって、もう限界! 頭を冷やしてやろうと思って」
「ああ、なるほどね…」
この、天へと伸びる水柱。
彼女の言う『我慢の限界』の頭上へ持っていって、そこでバラまく気なのだろう。
文字通り、頭を冷やすことに間違いは無い。
「別に良いけど、それだとデジタマまで戻っちゃうデジモン多くない?」
「とんだ贅沢よ。また生まれて来れるだけ有り難いでしょ」
返す言葉も無い。
「それもそうだ。じゃ、いってらっしゃい」
「ちゃっちゃと終わらせてくるわ。…あ!」
「なに?」
蛇のように意思を持って動き出す、水柱。
水柱に乗って移動しようとした彼女は、勢い良くこちらを振り向いた。
「冷蔵庫に入ってるケーキ、ぜっっっっったいに半分残しておいてよ!」
残された伝言に、大笑いした。
「分かってるってば」
水の闘士の出陣を、片手を軽く振ることで見送る。
また部屋へと意識を戻し、読書の続きを楽しむことにした。
「平和だなあ」
思いのほか、言葉はすとんと落ちた。
砂と岩山しか存在しない、砂漠地方。
そこが前代未聞の大雨で、もの凄い事態になっているらしい。
聞けば、雨などという言葉も使えない、滝と表現するのが相応しいものだったと。
「ああ、ラーナだろ? この間の騒動でぶち切れていたからな」
「力技は極力控えてきたが、今回のはなあ…」
それぞれに剣と槍を仕舞い、何とも言えない会話を溜め息と共に交わす2人。
開け放たれた扉の向こうから響いた声に、最上階まで吹き抜けの天辺の部屋から、ふわりと舞い降りる。
「おかえり。ヴォルフもレーベも、同じとこに行ってたっけ?」
違う場所に行っていたはずだという記憶に、彼らは頷いた。
「ここに戻ったのが同時だったんだ」
「ふぅん。で、どうだったの?」
黒の戦士は肩を竦め、苦笑した。
「話し合いのテーブルには着かせたさ」
「…には?」
「ああ」
なるほど、脅しを入れたか。
呟いたのは白の戦士で、彼は高い高い天井を見上げる。
「こっちはもう、話し合いには遠いな」
「そんなに酷かった?」
「…攻撃を仕掛けられた点では」
妙な言葉だ。
先を即すようにじっと見つめれば、彼は今度こそ溜め息を吐いた。
「戦士タイプの居ない町だったからな。何人かが被害を受けたんだ。
反撃にビースト型(タイプ)になって…。まあ、今回のラーナのやり口に近いか」
彼はやれやれ、と肩を軽く回す。
どうやら精神的に疲れているらしい。
「ちょっと寝てくる」
「分かった。おやすみ、ヴォルフ。…レーベはどうする?」
自慢の脚力でひょいひょいと螺旋階段を飛び上がった光の闘士を見送り、もう1人へ問い掛ける。
「うーん、そうだな…。地下書庫にでも行くか」
「あ、今ならちょうどプロンとロップも居るよ。
単語の説明をしてくれる人を捜してるみたいだったから、相手してあげたら?」
「じゃあ、そうするか」
地下への階段を下りる闇の闘士も続けて見送り、軽く伸びをする。
「早くラーナ、帰って来ないかなぁ」
スイーツに五月蝿い彼女は、合わせの紅茶やコーヒーにも五月蝿い。
つまり、それに関して一番美味しいものを出してくれるのだ。
「…ボクがおやつが楽しみだなんて、面白い」
自分の呟きが可笑しくて、笑った。
吹き抜けの回廊を、不意の突風が渦巻く。
翼を持つ者には良い風なのだが、そうでない者には迷惑なことこの上ない。
ちょうど地下から休憩に出てきた小さな2人は、見事に吹っ飛ばされた。
「きゃー!」
「うわー!」
竜巻に飛ばされた小さな身体を、誰かがしっかりと受け止める。
「うわっ、悪い! プロンもロップも、大丈夫か?!」
頑強な鎧に包まれ、普段以上に強く硬い腕。
プロンと呼ばれた子供は、ホーリーリングを付けた首をふるふると横へ振った。
「だいじょうぶー…」
語尾が揺れているので、目が回ってしまったらしい。
「あれ? アグニだけ?」
すると、やや上空から涼しい声が聞こえた。
「…いいや。私が居たから、風が相乗効果になってしまっていた。すまない」
一緒に飛ばされたもう1人(いや1匹か)、ロップと呼ばれた子供はそちらの腕の中で目を回している。
「シューツだ…。フェアリなら大丈夫だった…」
同じくホーリーリングを嵌めた首は、くらくらと不安定だ。
「ごめんってば」
常に翼と共にある美貌を苦笑に染めて、彼女はその頭を撫でる。
心地良い風と話し声に、再び上から下へと舞い降りた。
「わお。良い風が吹いたと思ったら、2人ともビースト型?」
これは珍しい。
言外にそう零せば、赤の戦士はスライドを解き地面に足をつけた。
「前より酷くなっててな。もう戦争状態になっていたんだ」
「そう…。それで?」
続きを即せば、あっけらかんと。
「手当り次第に、セフィロトの空間に放り込んできた」
なんて、大真面目に言ってくれるから。
噴き出した。
「あはははっ! なにそれ可哀想…っ!」
鋼の闘士が本領を発揮する空間など、いかに自分でも全力で遠慮したい。
腹を抱えて笑ってから、ほっと息をついた。
「…収まると、良いね」
それが心から願う言葉であるからこそ、火の闘士も風の闘士も、静かな笑みで頷いたのだ。
―――夢を、見ていた。
飛んだ意識は、過去に触れていたらしい。
(ラーナの紅茶、飲み損ねたなあ…)
何の茶葉だったっけ?
(チャックもグロットもアルボルも、久々に戻ってくるはずだったのに)
最近は、全員が同じ場所に集まることも稀だった。
(あーあ…)
ざわり、と闇が波打つ。
蒼天の瞳(め)が細められ、その苛烈な彩に周囲の闇が怯えた。
「ねえ、返してよ」
ボクらがいったい、何をした?
あの日常を返してよ。
声音に耐え切れず、闇が粉々に砕け散りさらなる闇が広がる。
吸収され取り込まれた闇が、白を染める。
白い翼は、残り2対。
消エヌ闇ニ、憎悪ヲ
end. (2011.4.2)
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