「確かにこれは美味いけど、やっぱり妙な感じだよな〜」

まるで上等なスナック菓子、パッケージまでそっくりだ。
何箱目かのデジノワをパクつきながら、拓也は苦笑を浮かべた。
「いいじゃないか。食い物探す必要も調理する必要も無いんだぜ?」
「いや、そうだけどさあ」
「ま、拓也と輝二くらい料理音痴なら、この方が良いって」
「んだと?!」
純平の軽口にいちいち反論しつつ、デジノワを食べる行為は止まらない。
思わず笑みが零れた。
「良い食べっぷりね、あなたたち」
ごちそうさま、と最初に手を合わせたのは友樹だ。
「ネネは食べないの?」
ふと、彼の言葉に何かがフラッシュバックした。
深くは気にせず、頷きを返す。
「ええ。まだお腹は減っていないの」
続いて、拓也と純平がごちそうさま、と手を合わせる。
揃って行儀の良いことだ。

さて、ともう一度手を叩いて、純平はデジヴァイスを取り出す。
「ネネちゃん、良かったら君の…えっと、クロスローダー? 借りても良いか?」
「これ?」
貸してはいけないこともないが、勝手にリロードされてしまうと、困る。
(今は何の反応もないから、ダークナイトモンは何も聞こえていない)
クロスローダーに眠る、強大なデジモン。
あのデジモンに、目の前の"彼ら"のことを知られたくはなかった。
迷うネネに、純平が助け舟を出す。
「その機械の、設定画面だけ見れたら良いんだ。
それさえ見れたら、俺たちのデジヴァイスが通じない理由が、たぶん分かる」
そういうことなら、大丈夫だろう。
軽い指先の動作で、彼の言う『設定画面』らしきものを表示させた。
「これで良い?」
受け取りクロスローダーの画面を見た純平は、大きく頷いた。
「ありがとう! 拓也、お前のデジヴァイス貸してくれ!」
「おう」
「友樹のはまだ良いぞ。何かあったとき、その設定に戻すから」
「うん、分かった!」
あれよと言う間に、純平の周囲に様々な道具が広がった。
大小のドライバーセットにラジオペンチ、電圧計にスパナのセットまで。
つなぎとジャケットのポケットには、まだ他にも入っていそうだ。
「…凄いわね」
呆然と呟けば、向かいで友樹が笑う。
「純平さんの家、建設会社なんだ。工作とかすっごい上手だし、パソコンだってすごいんだよ!」
そういえば、この世界にいる別の子供の中にそういうタイプが居た。
(ゼンジロウ、って…言ったかしら?)
メカ系のデジモンを修理していたのを、ちらりと見たことがある。

「ほんとに綺麗なとこだね、ここ」
見渡す限りの大平原。
ところどころに立つ大木がアクセントとなり、風景画を目の前に描き出している。
外へ出た友樹は何を思ったのか、デジヴァイスを取り出した。
「ねえ拓也お兄ちゃん。ちょっと遊んでても良い?」
「ああ、行ってこい。けどあんまり遠くに行くなよ?」
「分かった!」
拓也と友樹は、まるで本当の兄弟のようだ。
即座にチャックモンへ進化した友樹は、歓声を上げてなだらかな丘を滑って行く。
「…そうね。グラススキーには丁度良いわ」
さわさわと風が駆け抜け、風の軌跡を草原が魅せる。

このエリアが、ネネはとても好きだった。

「拓也さんたちは、いつデジタルワールドに?」
広い広い草原をどこと定めず眺めたまま、ネネは問い掛けた。
「5年前、だな。ケータイに見知らぬ誰かの着信が来て、渋谷駅の地下7階まで行って。
他にもたくさん子供が居たけど、結局DWに行ったのは5人だけだった」
後で、他の何人かに会ったりもしたけど。
答えた拓也もまた、ネネに視線を向けた様子は無い。
「他に3人、ここに来てるはずなんだ」
先ほど、5人と言わなかっただろうか?
不思議に思って隣の彼を見上げれば、拓也はにかっと音がしそうな眩しい笑みを向けてきた。
「俺たちは6人だ。バラバラだったり喧嘩別れしたり、1人で人間界へ逃げ帰ったこともあった。
敵だったけど実はっていう、漫画みたいなヤツだって居た。でも、俺たちは6人」
「……」
5年前なら、彼らの年齢は今の自分よりも下であったはずだ。
そして当時のDWは、ネネの知るこのDWとは違っていたと。
「ネネは?」
「え?」
「いつ、DWに来たんだ?」
思い出すという行為が必要になる程度には、長いことDWで暮らしている。
「3ヶ月…前かしら」
「渋谷から?」
ゆっくりと、ネネは首を横へ振った。
ネネが拓也たちと決定的に違うのは、DWへやって来た理由だ。
(キリハ君には聞いていないけれど、タイキ君たちは私と同じだった)
知らず、拳を握り締めていた。

「…引き摺り込まれたの。私の意思なんかに関係なく、突然」

原宿を、歩いていた。
海外のアウトレット店が完成したところで、やっと行ける日にちが出来たところで。
新しい服を買いに行くと言ったら、珍しく弟が一緒に行くと言ってくれたのだ。
「弟が居るんだ?」
俺と同じ、と告げた拓也の声音は、心無しかとても優しいもので。
不意に涙が零れそうになった。
(ユウ)
声にならずとも、形作られた唇は音を紡いだ。
「一緒に、引き摺り込まれたのに。あの子は私の隣に居なくて」
帰りたいけど、あの子が居ない。
帰りたくても、帰り道が分からない。
ネネは奥歯を噛み締め、溢れそうになる涙を堪えた。
(泣いたら、立てなくなる)
今まで、このようなことはなかったのに。
キリハに出会ったときもタイキたちに出会ったときも、こんなことはなかったのに。

自分よりも年上の人間に出会って、安堵したのだろうか?
ほんの2時間ほど前に会ったばかりの、彼らに?
(だとしたら)
だとしたら、なんて馬鹿なことだろう。

ふわり、と。
暖かな重みが、頭に乗った。

「大丈夫さ」

顔を上げようとしたところへ落ちてきた声は、やはり優しくて。
「ネネの弟は絶対に無事だし、その子もきっと、ネネのことが心配で捜してる」
嘘だ、と。
それが嘘である根拠を持っているはずのネネは、返せなかった。

ぽんぽんと優しく頭を撫でる彼の表情を、窺うことは出来ないけれど。
兄が居たならこんな感じだろうかと、胸の辺りが熱くなる。
(泣いてはいけない)
それは己に課した、ルールだ。
立ち止まらないように、深入りしないように。
1分1秒でも早く、帰れるように。

ガチャリ、と扉の開く音が聞こえた。

「おーい、拓也! …って、ごめん。邪魔したかー」
やや眉尻を下げた純平は、軽い謝罪と共に拓也を呼んだ。
(謝る理由なんて、どこにもないのに)
振り返り、ネネは苦笑を返した。
「いいえ。もう話は終わっているわ」
こちらもまた、にかっと音がしそうな笑みを寄越し、純平は拓也へ彼のデジヴァイスを放る。
「おっ、出来たのか?!」
「だから、確認な。俺が扉閉めたら、俺のデジヴァイスに通信入れてくれ」
「分かった」
程なくして、拓也のデジヴァイスから純平の声が返る。
またガチャリと扉を開け、純平は拓也とネネの元へ歩きながら友樹の姿を捜した。
「これ、返すな。ありがとう、ネネちゃん」
「どういたしまして」
ネネにクロスローダーを返し、首を傾げる。
「どこ行ったんだ? 友樹のヤツ」
拓也が草原の向こうを指差した。
「気持ち良さそうにスキーしてたんだよな。結構遠くまで行ったんじゃ…」
捜しに行くか、と呟いた2人の遣り取りがあまりにも"普通"で、可笑しい。
「ネネ?」
「ネネちゃん?」
笑い声を不思議に思ったのだろう。
首を傾げた拓也と純平に、ネネは後ろを振り返って微笑んだ。
「大丈夫よ。捜して連れて帰ってきてもらうわ」
「え?」
「リロード、スパロウモン!」
ネネの宣言と同時に、ゴゥッと突風が渦巻いた。

「ネネっ、呼んだ?!」

突然に、黄色い戦闘機のようなデジモンが現れた。
「あれ? 新しい人間? いつの間に増えたの? ネネだけで良いのに」
最後の一言は小声であったが、しっかりと聞こえた。
(口が悪いのか?)
思いはしたが、拓也も純平も口にはしない。
「ネネ、なぁに?」
そのデジモンが彼女に向ける表情は、懐いた犬のようで微笑ましいが。
「白いクマみたいなデジモンが、向こうへ遊びに行ったの。捜して連れてきてくれる?」
「えぇー」
文句を言いつつ、ネネの頼みなら、とスパロウモンは凄まじい速さで飛んで行った。
「あ、」
そこでネネは気がついた。
「どうした?」
尋ねた拓也に、草原を見つめたままクスリと笑う。
「友樹君と話したときに、誰かに似てると思ったの。そっか、スパロウモンに似ていたんだわ」
声が少し高くて、明るくて、無邪気な。
「いや、友樹は性格悪くないぞ?」
スパロウモンの性格が悪いと言っているに等しいと、気づいているのだろうか。
困ったような顔になった拓也に、純平が苦笑する。
「でもアイツ、結構ツッコミ鋭いぜ? なんというか、ざっくり来るカンジ」
「あー、まあ確かにそうだけどさぁ」

拓也と純平の、そんな友人としての遣り取りも。
友樹を乗せて戻ってきたスパロウモンの、友樹との遣り取りも。
それがあまりにも"普通"で、暖かくて。

ネネはDWへ来てから初めて、心から笑った。

ハロー、DAYBREAK



end. (2011.3.21)


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