天使デジモンに会ったことがないかと問われ、ネネは思い返す。
「…ないわ」
デジタルワールドへやって来て、今まで。
そういえば出会ったことがない。
あっ、という声を発したのは、スパロウモンだ。

「ネネっ。天使型デジモンなら、みーんなヘヴンスカイ・エリアに居るよ!」
「ヘヴンスカイ・エリア?」

初めて聞く名前に、空に浮かぶ島を思い描いた。
「どんなエリアなの?」
尋ねれば、思い描いた想像図と同じ姿が返ってくる。
「空に浮かんでるエリアだよ。そこの守備隊が、物凄く強いんだって!」
「そう」
場所は分かったが、問題がある。
「ごめんなさい。私の行ったことのない場所だから、直接送ることはできないわ」
ネネの謝罪に、拓也は問題ないと笑った。
「良いって良いって。スパロウモン、そのヘヴンスカイ・エリアってどの方角なんだ?」
「方角? ここから? ええっと、確かあっちだよ」
「まさか、歩いて向かうの?」
わざわざ方角を聞いたということは、そういうことだ。
驚いたネネに、拓也は片手を軽く振る。
「いや、それはさすがに…。俺と純平はスピリットで飛べるからさ」
それにしたって、相当な距離になるはずだ。
クロスローダーからDWの地図をホログラムで表示させ、ネネは位置を確かめる。
自分が手にしているコードクラウンのエリアと、スパロウモンが指し示したヘヴンスカイ・エリアの位置。
「待って。一番近くのエリアまで送るわ」
手を翳し草原の向こうを見通していた拓也は、彼女を振り返り目を瞬いた。
「え? けど…」
「私が持っていないコードクラウンの地でも、行ったことがあれば良いの。
そのコードクラウンの持ち主がエリア鍵(キー)をすべて閉じていなければ、行けるから」

コードクラウンは、その地域一帯のデータを格納した『箱』だ。
箱を開ける鍵は、1つとは限らない。
コードクラウンに対して、持ち主は鍵を限定するか否かを設定できる。
…ヘヴンスカイ・エリアにもっとも近い海の上。
オーシャン・エリアと呼ばれる、四方を海に囲まれた島。
(ここはタイキ君の『クロスハート』が、コードクラウンを持ってる)
彼ならば、悪意を持つ者以外に対する鍵は掛けていないだろう。

しかし拓也は、大丈夫だと言ったネネに何かを言い倦ねたらしい。
「いや、そうじゃなくて…」
「え?」
首を傾げるネネに、彼は軽く頭を掻いた。
「そのヘヴンスカイ・エリアってとこに行くのは俺たちの都合で、ネネにはネネの事情があるだろ?
だから俺たちのことは気にすんな。…って、言おうとしたんだ」
今度はネネが目を瞬く番だった。
返す言葉が、胸の内から出てこない。
(それ、は…)
彼らには、出来るのだ。
自分たちの力だけで、迫るバグラ軍を蹴散らすことも。
彼らの目的地へ辿り着くことも。
相手の都合を気に掛ける、簡単な思い遣りさえも。

(私には、出来ない)

バグラ軍を蹴散らすには、スパロウモンを筆頭とした誰かの力が要る。
目的地に辿り着くには、クロスローダーと誰かの翼が要る。
相手の都合など、ここに来て以来考えたことも無かった。
「ネネちゃん?」
黙り込んだネネに、純平が声を掛ける。
どこか柔らかな声音であったのは、気のせいなどではないのだろう。
(…どうしよう)
初めて、ネネは迷った。
彼らに出会うまで、立ち止まったことなど無かったのに。
(一緒に、行けたら良かった)
だから、言いたい言葉を摩り替えた。

「じゃあ、こうしましょう? 私はあなたたちを、近くのエリアまで送る。
だから次に私に会ったときに、また私を助けてね」

にこりと微笑んで提案すれば、3人はぽかんと口を開けた。
ややあって、友樹が問い返す。
「えっと、そんなので良いの?」
彼らにとって、『助ける』とは『当たり前』のこと。
そうでなければ、そのような問いにはならないはずだ。
「良いのよ」
再度告げ、ネネはクロスローダーを翳す。

「フィールドゲート、オープン!」





降り立った拓也たちは、三者三様に歓声を上げた。
「海、だーっ!!」
「おおっ、すっげー広いな!」
「泳ぎたーい!」
また、ネネの口元が綻ぶ。
(本当に、面白いわ)
良いなあ、という言葉は、胸に仕舞ったまま。
「じゃあ、私はもう行くわ」
端的に告げれば、3人がこちらを振り返る。
「ああ。ありがとな、ネネ」
「なんかこのDWも危険が多いみたいだから、気を付けてな!」
笑みを返した拓也に、純平が手を振って続く。
「またね、ネネ! スパロウモンも、また遊ぼうね!」
友樹の元気の良い声を最後に、ネネはフィールドゲートを閉じた。

またね、とは、返せなかった。

緑と青に点滅する移動トンネルを、ただじっと見つめる。
(私は、早く人間界へ帰るの)
『ジェネラル』などという称号は、要らないのだ。
明確な意思の元でコードクラウンを集めている、タイキやキリハとは違うのだ。

逸(はぐ)れてしまった弟を、見つける。
見つけたら、すぐに帰る。
それだけ。
(こんなところ、居たくなんてないの)
一緒に旅をしたい、なんて。
出会った彼らを振り切るように、ネネは己のクロスローダーを握り締めた。

グッバイ、RADIANCE



end. (2011.8.11)


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