ネネと別れ、拓也たちはなんとなく見える獣道づたいに岩山を下る。
南国地方独特の樹々がこんもりと生えた島は、青い空にお似合いだ。
真っ白な砂浜を先に駆け出していた友樹は、ガサリという葉音にそちらを振り返る。
「あっ、デジモンが居る!」
相手が驚いて隠れる間もなく、友樹は茂みの向こうへと回り込んだ。
目をまん丸にしてこちらを見上げたのは、白い体に赤い鬣(たてがみ)、ヒレのような足のような四つ足の。
「ええっと、確か、…ゴマモン?」
やや遠い記憶を手繰り寄せれば、相手の顔がパッと輝いた。
「そうだよ! きみ、タイキたちの仲間?」
「えっ、他にも人間が居るの?」
「えっ?」
お互いに疑問符を掲げあって沈黙した彼らを、拓也と純平が見つける。
「友樹、どうした?」
「おっ、ゴマモンだ!」
ゴマモンは彼らを見上げて、丸くしていた目をぱちりと瞬いた。
「うわわ、人間がいっぱい…」
彼の言葉に拓也たちはそれぞれに顔を見合わせるが、あまり時間を食われるのは本意ではない。
拓也は率直に尋ねる。
「なあゴマモン。ヘヴンスカイ・エリアって、どこにあるんだ?」
この砂浜から空を見上げてみたが、それらしい島は見えなかったのだ。
するとゴマモンは片手を上げ、海の逆、岩山を指差す。
「あの島はここからじゃ見えないよ。反対側なんだ」
こっちこっち、と歩き出したゴマモンに、有り難く着いて行くことにする。
あまり大きくはない島だが、バカンスにはちょうど良さそうだ。
友樹は先程中断した会話を再開させた。
「ねえゴマモン。タイキって、誰?」
ペタペタと歩きながら、ゴマモンは彼を振り返る。
「この島をバグラ軍から守ってくれた、人間の子供さ!
他にアカリって女の子と、ゼンジロウって男の子が居たよ」
「へえ、俺たちとネネ以外にも居るのか…」
返した拓也に、ゴマモンはやや考えた。
「うーん…でも、兄ちゃんたちよか年下っぽかったかな?」
煙突のようにそびえ立つ岩山を半分ほど回ったところで、横手に洞窟が現れる。
のそり、と暗闇で生き物の動く気配がした。
「…おや、ゴマモン。その少年たちは?」
僅かに身構えた拓也たちは、のんびりと聞こえた声に肩の力を抜く。
「うん、さっき会ったんだ。ヘヴンスカイ・エリアに行きたいんだってさ」
「…ヘヴンスカイ・エリアに?」
声と同じく長い間隔で、のそりのそりと足音が近づいてきた。
「うわぁ、でっかい亀…!」
前足が鋭い刃物になっている、純平よりも背丈の高い亀が洞窟から這い出してくる。
ゴマモンが、このアーケロモンは島の長老だと教えてくれた。
「…ほう。クロスハートの彼らより、幾分歳上のようじゃな」
「クロスハート?」
問えば、曰く、件のタイキという少年を中心とした、コードクラウンを集めるチームのことらしい。
「陣取りゲームみたいなもんか…」
再び歩を進めると、アーケロモンも付いてくる。
島の長老は、拓也たちを見ていて思い出したものがあったようだ。
「他の少年も来ておったぞ。すぐに居なくなってしもうたが」
「どんなヤツだ?」
「青いドラゴン型デジモンを連れた、金髪の少年じゃったな」
純平が肩を竦める。
「輝二たちじゃないのか」
泉ちゃんもどうしてるんだろうなあ…と続いた。
通じるデジヴァイスは、純平が調整した3人分だけだ。
「ほら、あれがヘヴンスカイ・エリアだ」
ゴマモンの声に、顔を上げる。
真っ青な空の中に、ぽかりと島が浮かんでいた。
「すげー遠い…ってわけでも、なさそうだな」
拓也はデジヴァイスを取り出す。
ゴマモンは彼らを不思議そうに見上げた。
「なあ、兄ちゃんたち。どうやってあそこまで行くんだよ? 仲間のデジモンは居ないのか?」
拓也はにかりと笑う。
「居るのは俺たちだけさ。けど、大丈夫」
スピリット・エボリューション!
拓也の宣言と共に、デジコードが彼を包み込む。
デジコードが消えた後に立っていたのは、真っ赤な体躯に鎧を纏った、ビースト型デジモン。
「ちょっと馴らしてくる」
「オーケー」
翼をひと叩き、赤いデジモン…ヴリトラモンは飛び上がる。
「人間が、デジモンに…なった…?」
「な…なんと……」
ゴマモンとアーケロモンは、ようやっとそれだけを呟いた。
感覚を取り戻すかのように飛び回っていたヴリトラモンは、すぐに降りてくる。
舞い降りてきたヴリトラモンの周囲で、ドゥッと砂塵が渦を巻いた。
純平は腕を組み、思案する。
「俺も飛べるけど、ヴリトラモンのスピードには付いていけないよなあ…」
ブリッツモンは飛行型だが、ヒューマン型、それもパワーに重点の置かれた戦士デジモンだ。
速さという点において、雷の闘士は他の十闘士に勝れない。
「そうだな。だから2人共、俺が乗せてくよ。
ただ、着くまでは保証するけど、着いた後は頼むぜ」
ヴリトラモンの言葉に、任せとけと頷いた。
…ビースト型に進化すると、人間に戻ったときに還る疲労が余るところを知らない。
友樹と純平を背に乗せ、ヴリトラモンは飛び立つために足に力を込める。
「そ、そなたもしや…伝説の十闘士では?」
アーケロモンの問い掛けに頷いたのは友樹だったが、純平は首を傾げた。
「確かに十闘士のスピリットだけど…」
何かが違うような気がする。
上手く言葉に出来ないが、このDWと自分たちの知るDWには、『矛盾』がある。
白浪が立ち上がる程のスピードで飛んでいった彼らを、ゴマモンとアーケロモンは唖然としたまま見送った。
「長老。もしかして、伝説の十闘士が蘇った…のか…?」
散り散りになったDW。
それはDWの大いなる危機であり、伝説に残る十闘士たちは、DWの危機に現れたと聞く。
「うむ…。早計は出来んが…」
コードクラウンのコの字も出てこなかった会話を振り返り、緩く首を振った。
「…分からん。他にも、大いなる災厄が存在しているのかもしれん」
伝説がそのまま現実となるのか、それは判断のしようがないのだ。
誰にも。
不完全の狭間
end. (2011.8.21)
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