ひたり、と据えられた刃。
色濃い闇に包まれた森の中、隠されることの無い殺気が衝突し、弾ける。
こちらの首筋には、長く鋭く、白い刃の1本。
あちらの首筋には、鋼鉄よりも硬く研ぎ澄まされた、槍の腹。
「人間がデジモンになるとは、恐れ入るな」
「まさか。吸収合体するよりマシだろ?」
ガキィンッ! と甲高い金属音が響き、両者に間が空いた。
僅かに生じた隙を互いに逃さず幾度も刃が交錯し、巻き込まれた周囲も破壊されていく。

湖上の城と森を繋ぐ橋の上。
森の激闘を遠目に知らせるその様を、目の端に。
河を渡ろうとする先兵を凪ぎ払ったガルムモンは上空を見遣り、"彼ら"の目標に対して攻撃を放つ。
『スピードスター!』
背から左右に伸び光り輝く金の刃から、十字に放たれたいくつもの斬撃。
それを相手は右腕を大きくひと振り、一閃の攻めで相殺させる。
攻撃対象が逸れた一瞬を狙い、シャウトモンX4は炎の剣を振り下ろした。
「うおりゃあああああーーー!!!」
炎の剣は、本命が移動用にしていたデジモンを真っ二つ。
狙っていた本命はと言えば、刃が迫る前に別の飛行デジモンの背へ飛び移っていた。

「あらあら、残念。コードクラウンは所有者を決めてしまったみたいねえ?」

真っ赤なルージュを引いた唇は、対して惜しくもなさそうに弧を描く。
彼女の視線の先を追えば、コードクラウンと呼ばれる宝石を手にしたタイキが居た。
「お前が、リリスモンか」
挑むタイキの瞳には、隠しようも無い怒りが籠っている。
「そうよ? ハジメマシテ、赤のジェネラルの坊や。わたくしはリリスモン。バグラ軍三元士の紅一点なの」
リリスモンと名乗った女性デジモンは、どうでも良さそうに肩を竦めた。
「…青のジェネラルの坊やの方が、張り合いがありそうねえ」
彼女にとって、この地方は大して重要ではないのだろう。
それが余計にタイキの癪に障った。
「てめぇ…! アカリの優しさにつけ込みやがって!!」
「ここは戦場よ? そんな甘いことを言っている、坊やが可笑しいのよ」
「なに?!」
「やめろタイキ! アカリをちゃんと休ませるのが先だろーが!!」
売り言葉に買い言葉へ走ろうとするタイキを、ゼンジロウが強い調子で嗜(たしな)めた。
返す言葉も無く、タイキは唇を噛む。
その腕の中には、意識を失い眠っているアカリが居た。

彼女は、利用されたのだ。
"心"につけ込む手腕を持った、あのリリスモンというデジモンに。

リリスモンはふいと彼らから視線を外し、激しい戦闘を物語る森を見遣った。
「…そこの白いデジモンと言い、随分と強いのが居るみたいねえ」
さっきの斬撃だって、軽く去(い)なしたように見えただろうが、かなり本気でやったのだ。
バアルモンは黒い方に捕まってるのかしら? なんて、してもいない心配をする。
どうせ傭兵、死んでも痛くも痒くもない。
(それにしても、あの紋章。どこかで見た覚えが…)
彼女は後で名を知ることになるガルムモンを見据え、その肩部に光る紋章に記憶を探った。
もっとも、ここに長居してまでやるべきことではない。

「さあ、帰るよ。お前たち!」

手にしたコードクラウンをタイキがクロスローダーへダウンロードした様を見るや、リリスモンは撤退を宣言した。
「しかしリリスモン様、バアルモンはどうされますので?」
こそりと耳打ちしてきたデジモンを、嗤ってやった。
「放っときなさい。アレが無事に戻って来たときは、相当に良い情報を持ち帰ってくれるわ」
腕の良さは、認めているのだ。
破格の待遇ではないか。
高笑いを残して、リリスモンはさっさと湖上のエリアを後にした。

だがバグラ軍が撤退しても、森の中で行われている戦闘が収まる気配はない。
ガルムモンである輝二は、ちらちらと木立の中に見える姿に、安堵と心配を綯い交ぜにされる。
(まだ終わらないのか…!)
「ガルムモン! カイザーレオモンは?!」
シャウトモンX4が隣へ降り立つ。
剣を構え、同じように森の中へ目を凝らした。
「よし、オレたちも加勢に…」
「駄目だ」
「はあ?!」
ガルムモンに睨み上げられ、シャウトモンX4は素っ頓狂な声を上げる。
アカリをゼンジロウとナイトモンへ預けたタイキも駆け寄り、ガルムモンを見た。
「どういう意味ですか? 輝二さん」
輝二はタイキが呼ぶ名を変えた意味を真っ直ぐに受け取り、彼らへの戦闘態勢を取った。

「言ったはずだ。俺たちには俺たちの目的がある。守りたいものがある。
君たちの助けになれたらと思うけど、俺たちは君たちを優先出来ない。
もしも君たちの行動が俺たちの目的に反していたなら、」

そのときは、容赦しない。
このデジタルワールドへやって来た理由と原因が違う段階で、可能性は5割を切らない。
「輝一の邪魔はさせないさ」
浮かべられた笑みは、紛うこと無く彼の余裕だ。
輝一がやろうとしていることを輝二はまだ知らないが、そんなことは問題ではない。
(何をしようとしているのか、それは後で聞けば良い)
重要なのは、今、邪魔を入れないこと。

タイキはガルムモンの金の眼を、驚嘆と共に見返した。
明確な意思に。
揺らがぬ志に。
…身に秘めた覚悟と、"戦士"としての強さに。
見えぬ圧迫感(プレッシャー)に屈したシャウトモンX4もまた、1歩後ずさる。
(やっぱ、強い。すんげえ強いじゃねーか…っ)
これは、己の目指す『戦士』そのものではないか。
勝てない、と。
心が先に認めてしまうなんて。

ハッとガルムモンが森を振り返った。
釣られてそちらを見たタイキとシャウトモンX4は、夜の闇の中にある影が、勝手に動く様を目にした。
「な、なんだありゃ?!」
自分たちの足元にあった、木立に暗く生い茂っていた、影法師が。
生き物のように森の奥へと引いていく。

波のように、ザアァ――…と。

闇から闇へ

>> 後編



(2011.4.3)


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