これはなんだ、と。
バアルモンは初めて、自分が闇に呑まれる瞬間を見た。

森の姿をも排除し、闇のみが視界を埋める空間。
見えるのは、目の前にいる互いの姿のみ。
先ほどまで相対していた相手が手持ちの槍を引き、警戒の色を和らげる。
「ふぅ、やっと展開出来た。ほんと、強いな君」
それはスマートな容姿をした、黒いヒューマン型のデジモン。
「…何のつもりだ?」
真意を測れず問い質せば、マスクで見えぬ口が笑んだのだろう。
軽くその肩が揺れた。
「それはこっちの台詞だ。この空間に不快感を感じないってことは、やはり君はバグラ軍とは違うってことだ」
「なに?」
先刻までの激しい戦闘を、忘れたかのような物言いだ。
否定する根拠もないが。
「この闇は、『混沌』ではない。だからバグラ軍に属し悪意を持つ者なら、不快感を露にする」
バグラ軍じゃなくても有り得るが、と続いた。
…『純然たる闇』は、世を構成する力の中でも、とびきり保つことが難しい。
バアルモンは顔を覆う包帯に、懸念の口元を隠した。
だが、剣を下ろしはしても納めはしない。
「どういうつもりだ?」
上も下も無い黒の空間とは、不安を生じさせるものであろう。
しかしこの空間は、バアルモンにとって"安堵"に近い感情を呼び起こさせた。
(あの、故郷のように)
苦笑を納めた相手は、レーベモンと名乗った。

「情報が欲しい。特に、バグラ軍がコードクラウンを手にしていて、部外者が立ち入れないエリアの情報が」

なるほど、取引か。
「情報を渡したとして、オレにどんな情報をくれると言うんだ?」
バアルモンには、何よりも欲っしている情報があった。
そのために傭兵などと、決して喜ばれはしない立場に身を窶(やつ)している。
レーベモンは軽く首を傾げ、考える素振りを見せた。
「…君がどんなものを求めているか、分からないけど」
少なくとも、バグラ軍幹部の気を良くするだけの情報ではある。
(それが本当なら)
有り難いことだ。
傭兵は敵味方に嫌われる存在であり、時には機嫌取りが必須条件になる。
それでも、信用出来るかどうかは別問題だ。
「…たとえば?」
問いは想定の内だろう。
今度の考える素振りは、明らかに"振り"だった。
「そうだな。たとえば…」
レーベモンの姿が突然にデジコードに包まれ、何事かと目を見開いた。
デジコードが消えた場所に居たのは、レーベモンではなく。

「"俺たち"の情報とか…ね」

金の紋様を持つ、黒く逞しい獣型デジモン。
肩部には、レーベモンよりも色濃く光る『闇』の紋章。
「その紋章は…!」
"俺たち"という言葉は、あの赤いクロスローダーの少年たちのことではない。
息を呑んだバアルモンに、カイザーレオモンと名乗った相手は目を細めた。
「破格のサービスだろ?」

伝説の、十闘士。

口を突こうとした言葉を、瀬戸際で押さえ込んだ。
「……何を…探している?」
声が震えぬよう、バアルモンは細心の注意を払った。
カイザーレオモンはゆっくりと口を開く。
「『白い森』と呼ばれているエリアを、探している。どこにあるのか、どんな場所なのか」
そのエリアの話は、人伝いに聞いた覚えがあった。
「…そのエリア、少なくともバグラ軍の手にはないはずだが?」
「そうなのか?」
虚を突かれたカイザーレオモンの目が、驚きの色を浮かべる。
バアルモンとて、嘘をつく理由がない。
「お前の言う『白い森』と同一かどうかは、分からない。
だが、"バグラ軍に限らず全てのデジモンが"入れないエリアがある」
「入れない?」
「森までは行ける。しかし強力な結界に阻まれ、森へ入れないそうだ」
「なるほど…」
思案するカイザーレオモンをじっと見つめ、バアルモンは探りの間合いを慎重に量った。
「…それだけか?」
問い掛ければ、怪訝な表情が向けられる。
バアルモンはなおも問い掛けた。

「探しているのは、『白い森』だけか?」

相手は笑った。
愉快だと。
「お互いに、まだまだ互角(イーヴン)じゃないだろ?」
黒い空間が、崩れる。
もう話すことは何も無い、そういうことだろう。
これ以上の長居も、得られるものもないと判断し、バアルモンはその場を後にした。
「また会おう。どこかで」

去り際に耳に届いた声は、まるで戦友への手向けのようだった。

闇から闇へ



(2011.4.9)


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