「良かったのか?」
「え?」
「あの人たちと一緒じゃなくて」
高速で風を切る音に混じり問われた事柄に、泉は迷いなく頷いた。
「良いのよ。輝二と輝一が2人で居るなら、3人目は要らないわ」
泉たちがこのDWへ来た目的。
それを誰もが掴めない中、わざわざ団体行動をする意味は無い。
2人の強さをよく知っているからこそ、泉は迷いなく頷けるのだ。
「私はキリハと一緒にいるから、大丈夫よ」
彼女の自信がどこから来るのか、キリハには分からない。
けれど彼女の強さは知っている。
フィールドゲートを抜けると、目に馴染んだ景色が広がった。
こちらの姿を見つけた飛行型デジモンたちが、次々と声を掛けてくる。
「ジェネラルだ! おかえりなさい!」
「おっ、メイルバードラモン! 久しぶりだなあ!」
「フェアリモン、元気?」
速度を落とさず飛び続けるメイルバードラモンは、一直線に地面が途切れる崖へと向かう。
強烈な上昇気流が、身体を上へと押し上げる。
赤茶けた崖は直角に切り立ち、崖一帯は高層ビルが並んでいるかのよう。
崖下の地面は、遙か霧の奥へと消えている。
霧に眼下を隠された崖は、翼を持つデジモンたちが。
草原と険しい岩山が続く崖上には、脚力をモノにしたデジモンたちが。
ドラゴンバレーは、足を踏み出す勇気を持つ者たちのエリアだ。
ビルのような崖の中でも、一際大きな崖。
「降りるぞ」
メイルバードラモンはキリハと泉へ一言告げるや、急速に高度を落とした。
ひやりと冷たい雨粒が通り抜け、素肌に纏わりつく。
無意識に閉じてしまった目を開ければ、目の前には大きな洞窟の入り口。
洞窟へ降り立ったメイルバードラモンの背から、久々の地面に飛び降りた。
服に染み込んでいない雨露を払い、軽く頭を降れば水滴が散る。
「ジェネラル! おかえり!」
「あっ、キリハとメイルバードラモンだ! おかえりなさい!」
しばらくぶりの面々と、適当に挨拶を交わす。
いくつもの縦穴と横穴を通り過ぎると、ざわついた空気に顔を出してきたデジモンが何体か付いてくる。
…この洞穴は、広い。
メイルバードラモンがそのまま歩けるだけの、高さもある。
キリハはグレイモンをリロードしてやるかどうか迷う内に、ふと欠伸を零した。
「キリハ。お前、昨日も今日もあまり寝ていないだろう」
目敏く気づかれ、むっと眉を寄せた。
「2日程度では倒れない」
「おいおい、3日目に倒れる方が困るだろ」
「…分かってる」
泉はキリハとメイルバードラモンの会話を、笑い出さぬよう気を使いつつ聴いていた。
(ほんと、信頼されてるわね…)
種族の特性か、能力値は高いが気位も高いドラゴン型デジモン。
彼らが同種族以外…それも人間の子供に統率される状況など、容易く見れるものではないのだ。
(タイキ君たちは気づかなかったみたいだけど)
キリハと彼らの関係性は、タイキと彼の仲間たちの間にあるものとは違う。
それを泉は気に入っていた。
「よお、ジェネラル。今から作戦会議か? ぞろぞろ引き連れて」
前方から、緑の体躯をしたコアドラモンが現れた。
キリハは彼の言葉に後ろを振り返り、初めて大所帯になっていることに気づく。
「…そうだな。全員揃っているようだし、そうするか」
周囲のメンバーを見回して、彼らが皆、このドラゴンバレーを守る主力たちであることにも思い至る。
コードクラウンはキリハが所有しているので、正確には"隣接エリアへの派遣部隊"だ。
来た道を引き返すコアドラモンに続いてさらに進めば、巨大な空間に出る。
ドラゴンバレーの者たちが、元から集会用に利用していた場所だった。
中央には、ややこぢんまりとした台座が。
円に近い形をしたこの広い空間も、今までの道筋と同じくいくつもの縦穴と横穴が開いている。
大きな縦穴のうちの2つは、この崖の頂上と繋がっていた。
キリハは台座の上にクロスローダーを置き、デジタルワールドの地図を表示させる。
表示させた地図は4色に色分けされており、誰がその地域のコードクラウンを持っているのかが人目で分かる。
…誰のものでもない空白のエリアは、グレーに。
バグラモンを示す黒、タイキを示す赤、そしてキリハを示す青が光る。
「赤が増えたな。うちとはほとんど隣接していないが」
「バグラ軍には遠い場所を俺たちが取っていたが、それが赤と被りだしたか?」
「空白のエリアも、かなり減ったからな」
「交渉の余地があるなら、バグラ軍よりマシだろ」
遠征部隊(キリハたちはこちらに含まれる)の話はそちらに任せて、キリハは周辺の状況を尋ねる。
「隣接エリアはどうなった?」
コアドラモンは緩く首を振った。
「膠着状態さ。まあ、フォレスト・エリアはお前が行けば何とかなるような気がするが」
「どういう意味だ?」
「"愛のある者にコードクラウンを託す"だと」
「はあ?」
意味が分からない、と零したキリハに、泉も指を顎に添え首を傾げる。
「随分と、ロマンチストなデジモンなのね…」
コアドラモンはため息らしきものを吐いた。
「DWがバラバラになる前、あのエリアは『ウェディングゾーン』と呼ばれていたからな」
泉は苦笑することで返答を避け、キリハは本題を進める。
「ルクスデザート・エリアの方は?」
「ああ、そっちはストライクドラモンが請け負ってる。おい!」
呼び掛けに応じ、作戦会議に加わっている者の中から1人がこちらへやって来た。
「ひっさしぶりだなぁ、ジェネラル! 元気かい?」
そのストライクドラモンの陽気な声と笑みに、泉は拓也を思い出した。
キリハは軽く肩を竦める。
「見ての通りだ。それで? ルクスデザート・エリアのコードクラウンは見つかったか?」
ストライクドラモンは頭を掻く。
「それがよぉ…。場所を知ってるっぽいヤツは見つけたんだが、そいつは"ジェネラルを連れてこい"の一点張りだ。
しかも面倒なことに、ブラストモンとその配下が断続的に攻め込んできやがる」
確かに面倒だな、と呟き、キリハは考え込む。
「…バグラ軍も、タイキたちの勢いに危機感を覚えたか」
考え込んだそこで欠伸を堪えた様子を目にし、泉は相好を崩した。
「もう、キリハ。寝てきちゃいなさいよ。みんな集まってるんだから、大丈夫よ」
ストライクドラモンは目を丸くして泉を見、次いでキリハへ視線を落とした。
「わっりぃ、気づかなかった! ジェネラルは人間なんだから、あんま無茶すんな!」
「…声がでかい」
忠告虚しく、彼の声はよく響いて他のデジモンたちにまでバレてしまった。
視線を集めてしまい、キリハは居心地悪く目線を外す。
「別に、会議が終わってからでも…」
キリハが言いかけたところへ、上からバサバサと複数の音が降りてきた。
騒がしい声と共に。
「駄目だって! ジェネラルは休んでこいって!」
「そうそう! ジェネラルあってのブルーフレアだからな!」
2体のモノドラモンが、ぴょんぴょんとキリハの傍まで割り込んできた。
泉は片眉を上げる。
「ちょっと、アナタたち。ここで喧嘩はしないでよ?」
彼らはいつでも喧嘩っ早く、いつでも誰かしらが被害を受けているのだ。
右のモノドラモンが泉を見上げ、大丈夫だと太鼓判を押す。
「心配すんなってフェアリモン! ここではやらねーよっ」
「DWの一大事! ジェネラルをこれ以上疲れさせたら、オイラたちが怒られちまう!」
まあ否定はしないが、それはここ以外ならやるということか。
作戦会議に加わっていたメイルバードラモンが、キリハを見遣り、笑う。
「ククッ、お前の負けだな。キリハ」
さっさと休んでこい。
彼に続き、コアドラモンも声を投げる。
「ここにゃ敵はいねぇ。安心して休めるさ。それに…」
お前の代わりは、どこにも居ない。
口説き文句と変わらぬトドメの一言、キリハはため息と共に白旗を揚げた。
「…分かった。作戦会議は続けてくれ。後で聞く」
「おう、任せときな」
グレイモンとサイバードラモンをリロードしてやってから、キリハは彼らに背を向けた。
いつも使っている部屋(と言っても洞窟だが)へと足を向けた彼の後を、モノドラモンたちが飛び跳ねながら付いていく。
「よっし、オレ見張りな!」
「ここはお前たちのエリアだろう。なぜ見張りがいるんだ?」
「ジェネラルがちゃんと休むかどうか見張るんだ!」
「おい…」
「じゃー、オイラは用心棒な!」
「…どうでも良いが、静かにしろよ」
「合点だ!」
賑やかなことだ。
微笑ましい光景を見送って、泉はかつてDWを旅した頃を振り返る。
(私たちも、あんな感じだったのかしら)
作戦会議が再開され、泉もその輪の中に加わわった。
「ところでフェアリモン。捜していた仲間は見つかったか?」
コアドラモンが思い出したように問い掛けてきた。
泉は頷く。
「ええ。5人のうち2人が見つかったわ」
「やはり十闘士なのか?」
その問いには、もちろん、と強く頷いた。
「私よりずっと強いわよ」
「ほぉ! そりゃ会うのが楽しみだ」
1800℃の闘志
end. (2011.9.4)
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