浮力を容易に保てる海面近くから、高度を上げる。
海霧を払い低層雲を抜け、ヘヴンスカイと呼ばれる空の島へ。

岩と土が剥き出しになっているのは下層だけで、中層部から上はすべて石造りだった。
綿密な計算と高度な技術を持って、造られたのだろう。
"このDW"の過去において、要塞として機能していた時期もあったのかもしれない。
ヴリトラモンである拓也は、人間の目にはまだ遠い地点に懸念を見つける。
「純平、友樹、念のため構えとけ!」
「えっ、なんか居るの?」
「分かった!」
説明を口にする暇(いとま)の間に、その懸念は眼前にまで迫った。
ヴリトラモンのスピードであればこそ、成せる技だ。

「止まれ!」
「バグラ軍ではないようだが、何者だ?」

空を飛べる天使型デジモンと聖獣型デジモンが、彼らの前に立ちはだかった。
スパロウモンの言っていた、『守備隊』の一部だろう。
「ん? そっちは人間…の、子供か?」
剣の柄に手を掛けていた女性デジモンが、純平と友樹の姿を目に留める。
純平が声を張り上げた。
「そう、人間さ! それにバグラ軍でもない!」
「…ならば問おう。お前たちは、何のためにヘヴンスカイへ来た?」
ヴリトラモンが口を開く。
「ある天使デジモンを捜しているんだ。ここは天使デジモンが多いと聞いてな」
相手はその言葉の真意を推し量るように、じっと3人を見つめた。
ややの沈黙の後、彼女は彼らに背を向ける。
「…侵略の意思がないのであれば、迎え入れることは出来よう」
島へと飛びゆく彼女に続き、他のデジモンたちも戦闘態勢を解いた。
「あの女デジモン、見たことあるなーって思ったら、あれダルクモンだよ」
ヴリトラモンの背でデジヴァイスを弄っていた友樹が、こそりと呟く。
「えっ、あの?」
ダルクモンといえば、時空が歪んだ過去の世界で出会ったデジモンだ。
「けど、あのダルクモンとは違うだろ」
純平の声に、拓也も頷いた。
「とりあえず、エリアには入れるみたいだ。まずは着いてからだ」



門の役割を担うらしい、石造りの柱の間を抜ける。
中央にぽかりと芝生の広がる広場に出、ヴリトラモンはバサリと翼を仕舞い込んだ。
純平と友樹が降りたことを見計らってスピリットを解けば、途端に息が上がり膝を折る。
「っは、きっつ…!」
サッカー部でかなりの練習量をこなしているはずだが、やはり勝手が違う。
「手、貸すか?」
「ははっ…わりぃ、頼む」
純平に肩を貸してもらって、拓也はようやく立ち上がる。
目を丸くした天使デジモンたちが、よく見えた。
ダルクモンが幾度かの逡巡を挟んで拓也達へ問う。
「人間がデジモンになる、だと? それに今のデジモンは…まさか」
拓也は手にした赤いデジヴァイスを、見せるように掲げた。
「俺たちは、訳あって『伝説の十闘士』のスピリットを纏えるんだ。
俺は拓也、こっちは純平、そっちは友樹。この2人も十闘士だ」
「なんと…」
言葉を失ったダルクモンは、数秒でハッと我に返る。
「おい! 急ぎスラッシュエンジェモン様へお伝えしろ!」
「はっ、はい!」
応えたペガスモンが何処かへ飛び去り、軌跡を見送ったダルクモンは拓也たちへ向き直る。
「身元が解るならば、問題ないだろう。ここで自由に過ごして貰っても構わない」
「ほんと?!」
明るい声を上げた友樹へ頷き、彼女は円柱が並ぶ広場の向こうを指差した。
「銀色の流線を描く建物が見えるか?」
実物を見たことはないが、オーストラリアにあるオペラハウスのような建物がある。
「あそこがこのエリアの中央庁だ。政治だけでなく、すべての書物を集めた書庫と研究機関もある」
「へえ…」
「後ほど、大統領であるスラッシュエンジェモン様の使者が来るだろう。
そのときは、あの建物に向かうと良い」
「そっか。ありがとな!」
拓也の礼に対し軽く黙礼を寄越して、ダルクモンはいずこかへ飛び去る。
バグラ軍の脅威が強い中、また外の警備へと就くのだろう。
「…で、どうする?」
手始めに自分を支えてくれている純平へ尋ねれば、うーんと唸った。
「呼ばれなくても、あの建物に向かうのがいろいろ手っ取り早そうだよなあ」
いろんな情報も集まってるだろうし。
次いで友樹へ視線を投げれば、彼も頷いた。
「ボクもそれが良いと思う」
「んじゃ、決まりだな」



短くはない道のりを中央庁までやって来れば、その大きさに口が開いた。
「ふわぁ、おっきい建物だね…」
ひっくり返りそうな角度で建物を見上げ、友樹はただ感嘆する。
「これ、東都タワーレベルの高さありそうだよな」
「確かに…。あ、純平、サンキュ。もう行けそうだ」
「おう」
ようやく歩けるまでに回復し、拓也は伸びをする。
巨大な一枚ガラスの入り口へ近づけば、ガラスが透けるように消え、中への道が開いた。
「すっげ…」
空に浮いているエリアだけあって、技術力も相当なもののようだ。
入り口から直進すれば、巨大な吹き抜け回廊に辿り着く。
「……」
円ではなく、四角の空間が中央を突き抜け、途中で右と左に空間が繋がっている。
人間のスケールではなく、デジモンの…それも飛行デジモンのスケールで創られた空間だった。
なんせここに暮らすデジモンの8割は、空を飛べるのだ。
「これが人間界にあったら、大スクープだよな…」
純平の言葉に頷き、拓也は周りを見回す。
「あ…」
不意に声を上げた友樹に、拓也と純平は何事かと彼を見遣る。
2人の視線を受けて、友樹は吹き抜けの向こう側を指差した。
「ほら、あのデジモン。あれってもしかして…」
拓也たちのいる階の向かい、美しい多角形の柱の影に、そのデジモンは居た。

友樹より少し低い背丈に、フードからはみ出た獣の耳、片手に下げられたランタン。
…深紅の眼が、着いて来いと言っている。
ふいとこちらに背を向けたデジモンは、奥へと歩いて行く。
「あっ、待って!」
走りだした友樹に続き、拓也と純平も回廊の反対側へと駆け出した。

追うデジモンの歩いた軌跡に、ランタンの灯りがぽわりぽわりと浮かぶ。
曲がり角を1つ曲がって、友樹は立ち止まった。
「居ない…?」
本棚がずらりと並んだ廊下。
どう考えても、隠れる場所はないはずだ。
(これって…)
既視感を覚えた拓也は腕を組み、並んだ本棚をざっと背表紙だけ見ていく。
「…あった!」
友樹と純平は拓也へ駆け寄り、その声の意味を悟る。
「その本、ラーナモンの城にあったやつか」
「ああ。それに、俺たちが見間違えるわけがない」
純平の言葉に確信を返し、拓也は目的の本へと手を伸ばす。
…金縁に真っ白な背表紙の本と、同じ金縁に真っ黒な背表紙の本。
双方が15cm近い厚さを持ち、高さも40cm程とかなりの大判だ。
この本はかつて、平和になったデジタルワールド(以下DW)へ帰ることが出来た唯一のときに。
そのときに輝二と輝一が渡され、拓也たちも読んだものだ。

無から始まるすべてを記した、DWの歴史書。

白い方を手に取り、表紙を見る。
この表紙には、十闘士以前から存在する紋章がすべて描かれている。
だが描かれた紋章は、十闘士や"DWそのもの"に深く関わっている者でなければ見えない。
表紙は黒い方の本も同じだ。
「開くぞ」
適当な厚さのところへ指を掛け、友樹と純平に確認を取る。
彼らの頷きを認めた拓也は、白い歴史書を開いた。

眩い光が拓也たちを包む。

翔ける者の場所

>> 後編



end. (2011.12.11)


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