< 第二話・生徒会室ニ待チ人アリ >
半径2m。
それが、誰もに許された範囲である。
半径1m。
それは幸か不幸か、席順で前後左右にあたった者たちに許された範囲である。
半径1m以内。
それは彼女の"身内"に許された範囲である。

しかしただ1人だけ、"身内"でないにも関わらず、その距離を許された者が居る。



「つまらぬのぅ…」

話題の転校生・京羽衣(みやこ・はごろも)は、寛いでいた。
しかし、口から漏れた言葉は憂いに満ちていた。

ぱらり、と手元の文庫を捲る手指は、この上なく美しい。
指先は白くすらりと伸び、形良く整えられた爪には、保護と見栄えを兼ねたコーティングが艶光る。
紺色のセーラー服に身を包んだ彼女は、どうやらその服装が一番のお気に入りらしい。
いちおう、浮世絵中学校には指定の制服があるのだが。
漆黒の髪は絹のような流れを創り、漆黒の眼はあらゆる光を吸収するかの如く玉(ぎょく)である。

…いや、彼女を観察している場合ではないのだ。
本気で。
たとえ彼女が、あらゆる存在の目を奪うような美少女であろうとも、だ。

「あー…あの、京…さん?」

精一杯の勇気を振り絞って声を掛けた清継に、清十字怪奇探偵団の面々は内心で喝采を送った。
(さすが生徒会長!)
そう、ここは清十字怪奇探偵団の部室、つまりは生徒会室である。
清継や可奈たちが居ることは、別段可笑しいことではない。

「なんじゃ、人間」
「(人間って…)いや、なぜ京さんが生徒会室に居るのかと」
「生徒ならば別に構わんだろう?」
「…まあ、そうですが」
「ならばなんじゃ? 生徒会長のくせに細かいことを気にするのう」
「(いや、細かくないって…)」

可笑しいのは、入学してたった3日目の京が居ることである。
返事に窮するのは、何も清継だけに限らない。
とある2名を除いて、誰もが返事に窮するはずだ。

京羽衣、2年5組の編入生。
彼女について、この3日間で判明したことは以下だ。

1、古風な喋り方をする
2、誰も近づけないようなオーラがある(先生たちも萎縮する)
3、女子生徒はともかく、男子生徒は尽く相手にされない
4、お供が居る
5、なぜか放課後に生徒会室へやって来る

(ねえ、なんで昨日に続いて今日も京さん来てるの…?)
(あたしに聞かないでよ…。ねえ可奈ちゃん)
(…うん)
夏美も沙織ももちろん可奈も、京が生徒会室へ来る理由など分からない。
3日、たった3日、しかも学年が違う。
…分かるわけがない。
だがここで諦めてしまうと、京という存在に圧倒されたままで、また一日が終わってしまう。
それだけは確実だった。
というわけで、清継は再度、京羽衣の目的を知ろうと努力を始める。

「生徒会室へ2日続けて来られてますが、もしやメンバーにお知り合いが居る…とか?」

そこで初めて、京が文庫本から顔を上げた。
「そうじゃ。だが昨日は来て居(お)らなんだ」
おや? と清継は首を傾げる。
「昨日来ていないメンバー…? 生徒会は週1回だから、昨日も今日も来ていないはず…」
もしや、と考えついたものを言葉にする前に、可愛らしい笑い声が響いた。

「アハハッ! 羽衣狐様が他の人間に興味を示されるなんて、天地がひっくり返ったって有り得ない♪」

突然に、京の向こう側から少女が顔を出した。
清継は驚きに仰け反り、可奈たちは短い悲鳴を上げて互いに抱きついた。
少女の手には、本物と反射で解る髑髏が。
その少女が何者かを清継らが問いかける前に、生徒会室の扉が壊れる勢いで開かれた。

「あぁーっ! アンタは…っ、滅したる!!」
「花開院さん落ち着いて! ストップストップ!!」

ガラッッ!! と凄い音を立てた扉を背後に破魔札を振り翳して飛び込んできたのは、花開院ゆらだった。
清十字怪奇探偵団の、エースと目される現役陰陽師(修行中)である。
その彼女を後ろから必死に抑えているのは、全校生徒の覚えも目出たい奴良リクオだった。
「なんで止めるんや奴良君! すべての妖怪を滅するんが陰陽師の役割や!」
勢い良く振り向いたゆらに弾かれる形で、リクオは1歩飛び退く。
とりあえず、もう苦笑しか浮かべられない。

「ええっと…。ここ学校だし、皆引いちゃってるし…ね?」

彼女の勢いを留めるように、リクオは両手を正面へ上げる。
そうして自分の手の脇から見える、そう、彼女たちは…『あの』京妖怪である。
何だか面白そうに2人して笑っているのが、とても、そう、例えるなら。

(…なんというか、ほんっとに良い性格してるよね)

大きく息を吐いたゆらが、破魔札を渋々といった具合にポケットへ仕舞う。
「ごめん。ひとつ訂正するわ」
「え、何が?」
正面からリクオを見たゆらは、真剣だった。

「奴良君は滅さへん。大事な友達や」

思わぬ言葉に呆気に取られたが、リクオは笑って頷きを返した。
「ありがとう」
もっとも、リクオの"身内"は彼女にとって別問題なので、すべての解決にはならないが。
そして早急に対処すべき問題は、生徒会室にある。
ゆらは大きく息を吸い、京と名乗る女生徒をギッと睨みつけた。


「なんでアンタが東京に居るんや、羽衣狐!」



10.11.3

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それは良い。わらわには既知の学問ばかりじゃがの(羽衣狐)