「「黒い蝶?!」」


イザークとニコルは思わずガタンッ、と立ち上がった。
『黒い蝶』という単語は、彼らにとって非常に特殊なものなのだ。

「ちょっと…それ、本当のこと…ですよね…?」

しかし、レイもアウルも嘘をつく理由がない。
2人は小さく息をついて座り直した。
イザークはレイを見る。

「どこでそれを見た?」
「……」
「アウル、お前は?」
「……」
「まあいい。聞かれたのはこっちだからな」

答えない2人にため息をつくと、イザークは席を立って本棚に向かう。
左から4つ目の本棚、下から3つ目の段。
何かの研究資料や資料写真が並べられている段だ。


『サパン・リビエラ砂丘、ファイアーンス遺跡資料』


「この遺跡の名前、聞いたことはあるはずだ」

レイとアウルは頷いた。
これは、世界中の誰もが知っているほどの大発見だった。

今まで、本当に今の今まで、遺跡と呼ばれる古代の痕跡は何1つ見つかっていなかった。
ただの1つも。
化石も遺跡も、何も見つかっていなかったのだ。
イザークやニコルだけでなく、過去を研究対象とする者にとっては、異常すぎるほどに。

彼ら2人は、元はアプサントの軍人だった。
古代についての研究は、イザークもニコルもまだ趣味の範疇。
けれど、彼ら以上に歴史や古代に興味を向ける者はおらず。
趣味の中で調べていくうちに、何も見つかっていないという異常さに気がついた。
専門家ではなくても、"何も見つかっていない異常さ"へ疑問を持っていた者も多く。
疑問を持つ1人であったデュランダルの要請で、2人は古代学を専門にするようになったのだ。
イザークは前線指揮官だったが、時期的にレイが頭角を現し始めた頃。
軍では、彼に任を渡すという形に収まった。


話を戻して、大発見は1年前。
すでに滅亡したアルファルト国の北に位置するサパン砂漠と、隣国リビエラのリビエラ砂漠が交わる場所。
長大な砂丘が長引いた砂嵐で動き、その下から遥か古代の神殿遺跡が見つかったのだ。
それも、かなり良質な保存状態で。

「"黒い蝶の紋様"は、ここで見つかったんです」

イザークが資料を捲っていき、ニコルが説明する。
レイとアウルはイザークの横へ移動して、写真を順番に見ていった。


『ファイアーンス遺跡推定年代・約6500万年前』


「「6500万年前?!」」

驚愕した2人に、ニコルは頷く。

「異常でしょう?そんな遥か昔の建築物が、ここまで完全な形で残るわけがないんです」
「祭壇とそこに繋がる階段以外は、すべて崩れ去っていたがな」

イザークはもう1枚ページを捲る。

"黒い蝶"は、そこに在った。
祭壇の奥の壁に、黒く紋様を象って。

「お前たちが見たものと同じか?」

示された写真に対し、2人は頷いた。
…シンの左手にあったものと、同じ。

「これは発見された当初、紅い文字が蝶の下に描かれていた」

その時の写真もあった。
どうやら紅い文字は、外気に触れてから数時間で砂になって消えてしまったらしい。
おそらくは血で描かれた血文字だろう、と説明は締め括られている。
ニコルが解読された古代文字を読み上げた。


『 後の世に生きる者よ、世界を荒らしてはならない。世界は再び滅びの道を歩むこととなる 』


「この血文字の上から、"黒い蝶の紋様"が刻まれていたんです。
まるで、描かれた文字を嘲るかのように」
「それも、俺たち"後の世の者"に発見されることを見越したようにな」

また次の写真。
紅い血文字が消えた後に、別の黒い文字が蝶の下の壁に浮かび上がってきたという。



『 蝶の名は"破滅"。我らは世界を滅ぼす者を、世界から滅ぼす。
前の世の天使と悪魔は、黒き翼の元に滅んだ 』



黒い蝶。
世界を滅ぼす者。
滅ぼす者を滅ぼす存在。
それが、黒き翼の者。

イザークは写真を凝視したままのレイとアウルを見た。

「これがお前たちの問いの答えだ。"黒い蝶"は破滅の存在の証。
そう簡単に信じられるものではないがな」

アウルがぽつりと呟く。

「じゃあ…さ。俺たちがこれを見たってことは…?」

ニコルが答えた。



「世界が…いえ、僕たち天使と悪魔が、世界を脅かす者と認識されてしまったということですね」