雪の降らない、世界の南側。
カーミンの町から少し離れた場所。

「ねえ、誰か来る」

掛けられた声に、シャニは閉じていた目を開けた。
身を起こし、木立の間の道向こうを見つめる。

「軍隊じゃないね。しかも1人…?」

同じように道の向こうを見るステラ。
2人はカーミンに住む悪魔だ。
"力ある者"であるため、いろいろと危険に晒されている町の見張りをしている。
…シャニ・アンドラスとステラ・ルーシェ。
数ヶ月前まで、彼らはこの町よりも南にある悪魔の大国、パルーデの軍人だった。
カーミンは、パルーデを抜けた元軍人や元政治家が集まる町だ。

「これ…歌?」

だんだんと近づいてくる声に、シャニは目を細めた。
道の向こうから1人の少女が歩いてくる。
この辺りにはもう居ないはずの、天使が。
美しい歌声と共に。
その少女は、シャニとステラに気づくと足を止めた。

「ハロハロ!テヤンデイ!!」
「「は?」」

少女の脇から、濃いピンク色の物体が飛び出してきた。
妙な言葉を話すそれに、2人は間の抜けた声を発する。
にこりと微笑んだ天使の少女が、口を開いた。

「こんにちわ。この先に町はありますか?」

ふわりとした笑みで尋ねた、桜色の髪を持つ少女。
殺意は欠片も感じられないが、同時に"力ある者"でもないと分かる。
シャニが答えた。

「あるよ。悪魔しか住んでない町が1つだけ」

少女は微笑みを絶やさず、また別のことを問うた。

「そうですか。では、わたくしがそこへ入ることは出来ますか?」

シャニはステラと顔を見合わせた。
まさか、本当にそう聞いてくるとは思わなかった。
口に出してはいないが、答えはYes。
パルーデは完全に天使排除を掲げてしまったが、カーミンはそれに反発した者たちが作った町。
保証は出来ないが、天使でもまだ安全な場所だ。

「出来るけど?でも、"力ある者"でしかも姿を現さないヤツを連れてるアンタは…信用出来ない」

少女は驚いたようにシャニを見返した。
カサリ、と木々の上の方から別の音が降りてくる。
紺色の髪を持った、"力ある者"である天使の少年が。

「攻撃を仕掛けてくるわけでもないんだな、君たちは」

少年の問い掛けにステラが答える。

「だって、理由がないから。私たちも強いけど、貴方も強いって分かるから」

ふっと空気が緩んだ。

「それでは、私たちをその町へ案内して下さいませんか?
わたくしはラクス・クライン。中立国家アプサントの者ですわ」
「同じく、アスラン・ザラだ」
「そう。私はステラ・ルーシェ」
「俺はシャニ・アンドラス。
じゃあついてきて。俺たちと一緒にいれば、みんな信用してくれるから」







アプサントの城の上層。
シンはそこから、北の国境を眺めていた。

「軍人…か」

シンが勧められたこと。
それは、アプサントを守る軍人となること。
オーベルジーン軍の中核を担っていたシンならば、すぐにもレイやアウルと同じく前線に立てるだろう。
デュランダルはそう言った。

自分でも分かっている。
だって、他に出来ることが無いのだから。
それに軍人になれば、城の上層まで自由に出入り出来る。

けれど。

シンは周りを見回した。
一番奥の窓際から振り返って廊下を見ると、すぐ傍にある部屋のドアが開いていた。
誰もいないことを確認して、シンはその部屋へ入る。

「…あった」

目当ては、部屋に必ず備え付けられている、鏡。
シンは鏡をじっと見据える。


「居るんだろ?そこに」