シンの問い掛けに一瞬、鏡の中の鏡像が揺れた。
『ふふっ、珍しいこともあるもんだね。どうしたの?』
くすくすと面白がる言葉が響く。
シンは鏡に映る人物を軽く睨むと、尋ねた。
「ねえ、"破滅"って何?」
鏡の人物がわずかに首を傾げる。
「あんたは"破滅"って存在だって言ったけど、一体何?
それに、何で俺にしか見えないんだよ?」
鏡の人物は呆気に取られたように押し黙り、そして突然笑い出した。
『アハハハハ!君、おもしろいね!やっぱり、今回は降りてみて正解だったよ』
「え?」
『僕は"破滅"。世界の滅びと再生を行う者。今はまだ、"実体"を持てないけど。
君にしか見えない理由は…その真っ白すぎる心かな?』
「真っ白すぎる、心?」
『そう。だって"あの場所"に来た"生きたモノ"は、君が初めてだったから』
「…あの場所?」
鏡の人物は、にぃと口元に笑みを貼り付けた。
『そうだね。どうせ記憶は消えるから教えてあげるよ。
君はね、 一 度 死 ん で る も 同 然 な ん だ 』
ズキンッと頭に激痛が走り、シンは思わず目を固く閉じて頭を抑えた。
ほんの数秒で痛みは治まったが、気付く。
「あ、れ…?俺、ここで何やってんだろ…?」
確か城に来て、フレイに会って、それから…?
そう、それから。
軍に入るかどうしようか悩んでいた。
「…?まあいいか。ミーア探さなきゃ」
議長に会うにはまず、彼女を捜さなければいけない。
シンは部屋を出ると階段を下りた。
記憶が消えていることに、気付かぬまま。
カーミンの町へ足を踏み入れた、ラクスとアスラン。
この町では見ない天使に、行き交う人々は皆足を止めた。
しかしラクスはにこにこと微笑みを絶やさず、アスランはさりげなく視線を走らせるだけ。
特に気にする様子もない。
シャニとステラに至っては、どこへ2人を連れて行けば良いかと今さらになって考えていた。
「で、どこに連れてくの?」
「…集会所?」
「教会よりは人集まるもんね」
「でもあの2人、何しに来たんだろ?」
「あ…ホントだ」
「戦いに来たのとは違うし…」
「さっき聞いとけば良かったね」
そんなこんなで来た場所は、集会所。
シャニとステラの後に入ってきた2人の天使に、やはり誰もが目を見張った。
ステラがラクスを振り返る。
「人がたくさんいるところで、話したいことがあるんでしょう?」
「よく…お分かりになりましたわね」
「危険すぎる南側に、わざわざ来るくらいだから」
「確かに、そうですわね」
ステラに微笑んで頷くと、ラクスは自分たちを見る悪魔の住人たちへ問い掛けた。
「皆様に、お聞きしたいことがございますの。…天使が、お嫌いですか?」
すぐにあちらこちらから答えが返って来た。
「嫌いだったら、あんたたちを見てるだけなんか出来ないぞ」
「俺たちはパルーデをわざわざ抜けたんだ」
「あの国はもう、最悪よ。"天使"と聞いたら"殺せ"が合い言葉だもん」
このカーミンの町は、パルーデを抜けた悪魔が作った町。
アプサントでは風の噂に聞く程度だったパルーデの考え方に、ラクスは悲しげに俯いた。
「そうですか…。では、天使との共存は可能とお考えですか?」
シャニもステラも、誰もが頷く。
「じゃなかったらアンタたちここに居ないってば」
「それに、羽が違うだけでしょ?」
ステラの表情がふっと陰った。
「でも…アウルがいないのは、天使のせいだよ。天使と戦ったときだから」
彼が突然居なくなったのは。
天使の一国と戦った後、彼の姿がないことに気付いた。
死んだとは思えなかった。
あれだけの、大きな力を持っていたのだから。
けれど帰って来なかった。
シャニやステラにとって大切な仲間だった、彼は。
「今、"アウル"って言ったか?」
アスランが初めて口を開いた。
シャニは頷く。
「そう。アウル・ニーダ。水色のクセッ毛髪のヤツ」
「そいつならアプサントにいるぞ」
「「ええっ?!」」
その場にいた悪魔の誰もが、驚きの声を上げた。
ステラも驚きに目を見開く。
「アウル…ホントに?」
「ああ。アプサントの軍人で、確かNo.2の実力者だったはずだ」
No.1は、アスランの同僚であるイザークから任を譲り受けたレイ。
外で平和を説くラクスの護衛になったため、詳しい話はよく分からないが。
ステラの表情がみるみる明るくなっていく。
「生きてるんだ!教えてくる!!」
シャニにそう言うなり、ステラは集会所の奥にある階段を駆け上っていった。
首を傾げるラクスとアスランにシャニは告げる。
「俺とステラとアウルと、それから上にいるもう1人。
パルーデの軍事施設で育ったんだ。兄妹みたいに」
扱いは最悪で、思い出すのも嫌な場所。
自分たちは必死に軍の中核を担う実力者へと上り詰めて、自由を手に入れた。
そして、パルーデを抜けた。
あんな国は二度とご免だ。
「そうでしたか…」
ラクスは俯き呟く。
哀しい話ばかりだが、わざわざここまで来た甲斐はあった。
「皆様、アプサントへいらっしゃいませんか?」
中立国としての力。
それを説くために。
天使と悪魔の共存を、果たすために。