中立国として名高いオーベルジーンは、すでに滅んだ。
それ以外にあった中立国も、天使のアラバストロ、悪魔のパルーデに滅ぼされた。

残るはアプサントのみ。

シャニは少し考えた。
確かに、それは以前から皆で言っていたこと。
だが、まだ実行するには危険すぎる。

「カーミン全体で移動するには、危険なんだよね」
「それは…そうだろうな。パルーデの目が光っているようだし」

シャニの言葉にアスランも腕を組み、考え込んだ。

ほんの数人が町を出て行くには問題ない。
しかし全体で移動すると嫌でも目立ち、パルーデにいらぬ疑いを持たれてしまう。
力ある者と力持たぬ者が同時に移動しなければ、殺される。
そのためにはやはり、全体で動かなければならない。

「準備はしてるんだけど…ちょっとまだ無理っぽい」

シャニはステラが上っていった階段を見る。
"アレ"が完成するのに、あとどれだけ掛かるか。



階段を駆け上ったステラは、目当ての部屋の扉を勢い良く開けた。

「クロト!アウル生きてるって!!」

いきなり開かれた扉に目を丸くしていた人物は、続くステラの言葉にさらに驚いた。
ステラはそのまま部屋へ入り、さらに続ける。

「今ね、アプサントの天使が来てるの。
その人がアウル生きてるって!アプサントで軍人やってるって!!」
「……マジ?」
「うん!」

群青色の目に橙の髪を持った少年…クロト・ブエルは目を瞬かせた。
手に持っていた工具を机に放り投げ、部屋を出るステラに続く。
階段を下りると、2人の天使の姿が目についた。

「シャニ!アウルの話、マジか?!」
「…嘘つく理由はないんじゃない?」

答えたシャニの言葉に、アスランは苦笑して言った。

「彼って、楽天的でどこか物事を軽く考えてるだろ?」
「うん、そう」
「大きな戦闘の後だったか。他にも何人か怪我人を連れて、アプサントに来たんだ。
"向こうに戻るのは面倒だし、何とかなるからここに住んでもいいか"って」
「…アイツらしいね」
「アウルならやり兼ねない…」
「つーか、滅茶苦茶じゃん」

語られたアウルの様子に揃って返すシャニ、ステラ、クロト。
アスランの言っていることが真実だと理解するには十分だった。
シャニはクロトを振り返る。

「クロト、アレ出来そう?」
「…何ていうかさあ、どうすれば範囲広げられるか分かんねえ」
「意味ないじゃん」
「そうだけどさ」
「「……」」

会話のボールを投げて沈黙してしまった2人に、ラクスもアスランも首を傾げた。

「どうなさいましたの?」
「アレっていうのは…?」

ふと、クロトがアスランに尋ねた。

「なあ、あんた器用?」
「は?」
「機械作んの得意かって聞いてんの」
「あ、ああ。まあ得意だが…?」

クロトはシャニへ頷き、シャニはまたラクスたちへ視線を戻した。

「ここじゃちょっとヤバいから。ステラ、あと頼むね」
「分かった」

ステラをその場に残し、シャニとクロトはアスランとラクスを2階へ案内した。





デュランダルに面会し、シンは己の決心を告げた。
"力ある者"として、アプサントを守る軍人になる…と。
別にならなくても良いと言ってくれた。
フレイも、議長も、アウルも、そしてレイも。

シンとフレイは、そのままレイとアウルの家に住まわせてもらうことになった。
だから家に閉じこもったままでも良かったのに。

けれど、それが怖かった。

孤独には慣れてる。
けれど誰の声もなく、誰の存在もなく、"無"となるのは本当に嫌だった。
原因は、自分でも分かっている。

"鏡"だ。

自分にしか見えない姿。
自分にしか聞こえない声。
自らを"破滅"と称する存在の声が。
恐ろしいはずなのに、心のどこかで求めてしまう"声"が。

それが怖くてたまらない。

「あ、ミーア!」

視界の端に赤いハロを捕らえ、シンはその思考を無理矢理追い払った。
気付いた彼女も足を止める。

「シン?」
「How are you?」

彼女に合わせて話すハロに笑ってしまう。
ミーアはシンの手を取ると微笑んだ。

「軍に入るのね!フレイさんに聞いたわ」
「あ…うん」
「がんばって!私はここでこうやって話を聞いたり、伝えたりするしか出来ないけど。
でも私も皆も心配して待ってるってことを、覚えててね?」
「…うん」

頷いたシンに、ミーアも満足げに頷いた。
シンはふと浮かんだ疑問を口に出す。

「レイとアウル、どこ行ったか知らない?」
「あ、えーっと…確か…」

ミーアは視線を宙に泳がせ、立てた人差し指を頬に当てる。

「さっき議長に会いに来て…えーと?あ、そうそう!
ザッフィロ大学の博士に会いに行ったわ。イザークさんとニコルさんのとこ」
「誰?」
「2人とも、1年くらい前までは軍のトップだったわ。今はそのトップにレイとアウル。
彼らは古代学の先駆者よ。最近は"黒い蝶"について調べてるって」
「…"黒い蝶"?」

それは、どこかで聞いた言葉だ。
どこで聞いた…?
誰に聞いた…?


誰ガ、ソウ言ッタ…?


「…そのザッフィロ大学ってどこ?」
「ここから南に3kmくらい。見たことあるでしょ?教会みたいな大きな建物」
「あの古そうな…?」
「そうそう。そこの南の塔が古代学専門。行ってみる?許可証出そっか?」
「うん。お願いする」
「了解♪じゃ、ちょっと下まで来て」

ミーアの後をついて降りながら、シンは妙な違和感を感じていた。
何か…別の誰かが勝手に言ったような。
レイとアウルの居場所を聞いたまではいい。
だが、その先は。
別に古代学に興味があるわけでもないし、2人に用事があるなら家で待っていればいい。


(なんで俺は、あんなことを聞いたんだ…?)