「おい!シンッ!!」
呼びかけるが、シンは完全に意識を失っている。
レイには何故こうなったのかが理解出来なかった。
前は、自分が彼の左手に触れたのが原因。
だが今回は?
「一体何が…」
その場にいた誰もがそう思ったとき。
ピクリ、とシンが反応した。
「シン?」
薄らと目を開け、彼は俯いたまま自分の手を見つめる。
レイやイザークにはその表情が見えない。
「フフッ、やっぱりちょうどだった」
突然、シンがクスクスと笑みを漏らした。
驚くレイから離れて数歩分距離を取り、彼は笑ってその場にいる4人を見回した。
その笑みは、普段の彼とはあまりに違うもの。
「案外呆気なかったな、この子も。『絶望』っていうのはそんなにすごいことなの?」
「何を…」
自分の身体を見下ろし、感心したようにため息をつく。
彼は、何を言っているのか。
にこにこと微笑むシンは、同じはずなのに違う。
「誰だ…?」
レイはそんなシンをまっすぐに見据え、問い質した。
アウルやニコルは不可解な面持ちでレイを見、イザークは黙って彼らを見つめる。
問いに対しきょとんと首を傾げたシンは、レイも知る姿。
だが次に彼は、不敵な笑みを口元に浮かべた。
それは彼らの知るシンが、決してしないような妖しさを含んで。
「あらら、どうしたの?そのためにここで話し合ってたんじゃないの?」
くすくすと笑って自分の左手を目の高さまで上げ、じっと見つめる。
「この子には見えないよ。聞いたことも、そう時間が経たない内に消えていく。
まあ、当然のことだね。"あの場所"に来ちゃったんだから」
開いた手の指の間から、シンはイザークとニコルを見た。
「そうでしょ?賢い学者さんたち」
そこでふと、レイはシンの身体が宙に浮いていることに気が付いた。
彼は翼を広げていない。
ならば何故…?
イザークが静かに口を開く。
「お前は…"破滅"か?」
「「「なっ?!」」」
レイもアウルもニコルも、彼の言葉に驚愕する。
しかしイザークは、シンから目を逸らさない。
「お前はシンであってそうじゃない。
シンの声を、思考を、身体をすべて乗っ取って、何が言いたい?」
するとシンは声を上げて笑った。
酷く無邪気に、とても楽しそうに。
それは残酷な笑みで。
「本当に賢い人。でも遅いね、気付くのが。
"気付いたときにはもう遅い"っていう言葉がよく似合うよ」
「何だと?」
「僕は"破滅"。世界の滅びと再生を行う者。
この子にしか見えない理由は、その真っ白すぎる心。『絶望』に染まった心は元に戻らない」
「な…」
「気付いて遅くない時期は、その存在が"世界"に呼び出される前。
呼び出されてしまえば止まらない。世界を脅かす存在も止まらないから」
驚くイザークに、シンの存在を借りた"破滅"は笑い続ける。
「今回はおもしろそうだから降りてみただけ。事実、おもしろくて入り浸っちゃいそうだけど。
だから足掻いてみてよ。どれだけ滅びの日を伸ばせるか、やってみたらどう?」
二の句を告げられないイザークから目を離し、"破滅"はレイを見た。
そして謎めいた笑みを浮かべると、ふわりと彼の前へ降り立つ。
「表には出ない感情。それは見えないだけ?それとも気付かれないだけ?」
「?!」
目を見開いたレイに手を伸ばす。
「この子は僕の"器"に本当にちょうど良かった。
フフッ、君もちょうどいいね。その力も、その能力も、全てが」
レイを含め、誰も動けなかった。
アプサントで5指に入る実力者でありながら。
シンの…否、シンの姿を借りた"破滅"の力が、想像を絶するものだと理解出来るがために。
"破滅"の伸ばした手が、レイの頬に触れた。
「どういう意味かはいずれ分かるよ。
大丈夫。君の一番大切なこの子と同じ場所に、すぐに堕としてあげる」
「!」
そして"破滅"はレイに口付けた。
感じた温度は、触れた傍から熱を奪われるほどの、冷たさ。
シンの身体でありながら、それは生き物の温度ではない。
動けないレイに満足げに笑った"破滅"は、目を閉じた。
刹那、ガクン、とシンの身体が崩れ落ちる。
レイはもう一度彼の身体を支える羽目になった。
「…シン?」
呼びかけてみるが、彼は深い眠りに落ちたように目覚める気配がない。
誰からともなく溜息が漏れた。
「一体何が…と言っても、答えてくれる人は居ないのでしょうね…」
呟かれたニコルの言葉は、緩んだ空気に溶けていった。