シンが目覚める気配はなく、レイは後をアウルに任せてシンを家へ連れ帰った。
ベッドに寝かせて、自分はそこへ腰掛ける。

思考を支配するのは、"破滅"の言葉。


『表には出ない感情。それは見えないだけ?それとも気付かれないだけ?』


まるで、心の中を見透かされたようだった。
自分で気付くまいとしていたことを。

シンが、大切なのだと。

レイがシンと出会ってから、そう時間は経っていない。
けれど彼を助けて、声を聞き、話し、行動を共にして。

護りたいと願った。

何故そう思うようになったのかも分からない。
ただ大切で、失いたくないと。
彼が笑う姿を見ていたいと、そう思う。


『真っ白すぎる心。絶望に染まった心は元に戻らない』


そして引っ掛かる言葉。
オーベルジーンで、一体何があった?


「う…」

シンが身じろぎし、薄らと目を開けた。
ぼんやりとした目がレイを捕らえる。

「レ…イ…?ねえ、俺…何かした…?」
「え?」
「大学行って…イザークさんとニコルさんに会って…それから、俺、どうした?」
「……」
「思い出せないんだ。何やってたか、何言ったのか、何で…あそこに行ったのか」

"破滅"の言葉や行動、その全てがシンの記憶と思考を無視している。
"黒い蝶"の紋様が、シンには認識出来ないように。
シンは身を起こし、レイを見つめた。

「それに、レイ…泣きそうな顔してる」
「え…?」

身を乗り出し、シンはレイを下から覗き込む。

「ねえ、俺、レイに何か酷いこと言っちゃったのか?」

レイは首を横に振った。

(泣きそうなのはどっちだ…)

シンの腕を引き、そのまま抱きしめた。
何か抗議の声が上がるが、聞こえない振りをして。

「お前は言ってない。言ったのは…お前じゃない」
「!」

シンがハッと息を呑む様子が伝わってきた。
きっと、自分の声もどこか震えていたのだろう。

「アイツ…アイツが何か言ったのか?!俺を使って…!!」

"アイツ"とはおそらく、"破滅"のこと。
シンはそれと分かるほどに震えていた。


「どう…しよう…?」

シンの紅玉のような眼から、涙が零れ落ちた。


「アイツ、レイたちに言ったんだろ?!
世界を滅ぼすとか、それは止まらないんだとか、そういったことを!」
「…ああ」
「俺、どうしよう?!俺がアイツのいる場所に行っちゃって、アイツは面白がって俺を殺さなくて…!」
「シン?!」
「何で…何で俺は殺されなかった?何で死ななかった?
あのとき死んでれば!そうすればこんなこと、誰も知らなかったのに…!」

シンは確かに、レイを見ている。
しかし、彼の目はレイの姿を映してはいなかった。
流れ落ちる涙は彼らの服を濡らし、シンはレイへ尋ねた。

「ねえ、何で俺は生きてるのかな…?力があるから簡単に死なないだけなのに」

まるで独り言のように呟く。
虚空を見つめる瞳もレイへ尋ねた。



『何デ俺ハ生キ残ッタ?』



それ以上は、聞くに耐えなかった。
更に言葉を発しようとする口を、レイは自分のそれで塞ぐ。

「…っ?!」

発せられるはずだった言葉は飲み込まれ、シンは瞬きをした。
驚きと戸惑いを入り混ぜた目がレイを映す。
それを確認したレイはシンから離れ、彼の頬に触れた。

「それ以上、考えるな」
「え…?」
「考えてどうにかなるものじゃないなら、それ以上考えるな。
お前のそんな姿を見て、喜ぶ奴はいない」

哀しみを底に秘めた笑みを浮かべると、レイはもう一度シンを抱きしめた。
"破滅"に触れられたときとは違い、お互いの体温が心地よい。
レイは宥めるようにシンの背を軽く叩いた。

「お前のせいじゃない。だから、もう少し周りを見ろ」


誰も拒絶しないから。
シンの存在を、否定などしないから。


「レ…イ…」

それでも頬を伝う涙は止まらない。
シンは何か言おうと口を開くが、再び与えられた口付けに飲み込まれてしまう。
しかしそれを拒まず、むしろ乞うように、シンはレイの首へ手を回した。