アスランとラクスが、シャニとクロトに案内され通された部屋。
そこには大小様々な機械の部品と工具が散らばっていた。
全員が部屋に入ったのを確認し、シャニは扉を閉める。
クロトは机に散らばっていた機械の中から、何やら丸いものを拾い出した。
それをアスランに投げ渡して口を開く。
「幻惑装置。それ使ってカーミンに入ってきた軍を混乱させて誘導する。
それで10分かそこら持てば上出来かな」
アスランは渡された丸い機械のスイッチらしいものを入れてみた。
カチン、と音がして、部屋の中が真っ白になるほどの光が溢れる。
その光はほんの数秒で淡くなると立体映像を映し出した。
映るのは縮小されたカーミンの町。
かなり精巧に映されており、アスランは感嘆の息を漏らす。
「これを別の場所に設置して、そちらに軍をおびき寄せることが出来れば完璧か…。
で?この映像を現物そのものにまで拡大させる方法が分からない、と」
「そのとおり。何かいい方法ない?」
「…難しいな」
そのままクロトとアスランは機械を挟んで論議を始めた。
話の内容がさっぱり分からないシャニとラクスは、それを眺めるだけ。
ラクスがふと言葉を落とした。
「皆でここを出る方法は分かりましたわ。けれどこれは…」
先を理解したシャニはため息をつく。
「危険?力なき者はそのままだから?」
「ええ」
「でも他に方法はないし。この町にいる悪魔は、みんなそれくらい分かってる。
パルーデの奴に殺されることを承知でここに移ってきたんだ。
そうじゃない奴は単なるバカかパルーデのスパイか、そのどっちかだね」
「……」
アスランがふいに声を上げた。
「そうだ。1つでやるのが無理なら2つにすればいい」
「はあ?」
怪訝そうな顔のクロト。
アスランはその辺を飛び回っていたハロを捕まえる。
「ちょっと無理があるけど、このハロに映像機能をコピーするんだ」
「…それに?」
「そう。それで君の作った方とハロを、町の端と端に置いて動かせば…」
「あ、なーる…ん?でもそのピンクのって、んなこと出来るわけ…?」
「出来る」
「…あ、そう。どれくらい時間掛かる?」
「そうだな…軽く見積もって4時間強」
「だってさ、シャニ。どーする?」
突然話を振られたシャニも聞き返すことはせず、考えた。
「じゃあ、今から6時間後。それくらい経てば町全体に情報届くし。
それにアンタたちのことも、そろそろパルーデに漏れる」
ラクスは表情を険しくして頷いた。
情報は漏れるもの。
ならば、そうとして掛かるしかない。
ハッとレイが目を覚ましたとき、シンはまだ眠っていた。
「俺は…」
ゆっくりと立ち上がる。
頭がぼんやりとして、何があったのか咄嗟に思い出せない。
目にかかる髪を掻き上げ視線を上げると、鏡に映る自分が目に入った。
「!」
途端に記憶が呼び起こされ、思わず自分の右手を見た。
…何もない。
だが、ホッとしたのも束の間だった。
信じがたいものが鏡に映った気がして、再び視線を上げると鏡を見る。
鏡に映った自分の右手の甲には、"黒い蝶"の紋様が浮かんでいた。
自分の見たものが信じられず、レイはまた自分の右手を見る。
そこには何もなく、しかし鏡に映った右手には…"在る"。
「まさかシンも…」
彼の左手の"黒い蝶"も、鏡に映せば彼の目に映るのでは。
いや、それよりも。
(右手のこの紋様をどうするか…)
レイは右手を目の高さに上げて見つめた。
自分には見えないが、これはシンの目にも映るだろう。
これを知ってしまえば、彼はおそらく自分を責める。
自分のせいで巻き込んでしまった、と。
レイに言わせてみれば、それはまったくの逆で。
先ほど遭った"破滅"の言葉からして、自分が彼らの興味を惹いてしまったのだ。
シンに取り憑いた理由はよく分からない。
しかし彼は力ある者で、それは自分も同じで。
そして普段から、アウルと共にシンの隣りに居るがために。
偶然と必然が重なった結果。
レイは救急箱から包帯を取り出すと、シンの左手に巻いたのと同じように自分の右手に巻いた。
術は掛けず、ただ巻いただけ。
シンの左手の包帯に掛けた術は、"黒い蝶"が力ある者にしか見えない場合を考えてのもの。
だが、それはどうやら無用の長物らしい。
右手に刻まれた"黒い蝶"。
レイはその事実を誰にも告げず、己の内に秘めることを決意した。