カーミンからアプサントへ行く。

言葉にすると至極簡単だが、実線にするとかなり遠い。
訓練されている軍人でも、必死に飛んで約2時間弱というところか。
一般人であるカーミンの住人やラクスの速さなら、3時間は掛かる。
そういった体力の差で、アスランは思ったよりも早くラクスに追いついた。

「ラクス、大丈夫か?」

彼女は歌姫という立場であるため、肉体労働にはまったく耐性がない。

「まだ大丈夫ですわ。他の方はどうですの?」

彼女の言う通り、確かに表情にはまだ疲れが見えない。
アスランは肩越しに後ろを振り返った。

「かなり距離が空きましたが、皆着いてきていると思っていいでしょう。
あの3人もそろそろ追いついてくるはず…」


言いかけたとき、遥か後方で巨大な光柱が上がった。


「やっべーぞ!あいつらもう追いついてくる!!」
「だからってどーにも出来ないじゃん」
「…まだカーミンじゃないの?」

文字通り最後尾の(とは言っても、前に誰の姿もない)シャニたち。
翼の切る風は少しずつ冷たくなってきて、雪がちらほらと舞い始めている。
しかし境界線を越えたばかりで、アプサントは未だ見えてこない。
ステラが周りを見回した。

「ねえ、今何か光らなかった?」
「「え?」」
「さっき横の辺りで…」

木々の間を飛ぶ3人の背後から、無数の光の帯が襲ってきた。

「うわっ?!マジで追いつかれたっ!!」

軽く舌打ちしたクロトは、飛行高度を地表ギリギリまで直角に落とした。
クロトを狙っていた光の帯は目標を失い、樹木の上部に激突。
ぶつかられた樹木共々消失していく。

「……」

ステラは無言のうちに後ろを確かめると、ひゅっと風を鳴らして急旋回した。
北という方向はそのままに、そびえる樹木を右へ左へ稲妻形に縫っていく。
稲妻形にステラが曲がった角では、樹木が光の帯で砕け散った。

「…マジうざい」

ただ一言述べたシャニは速度を急激に上げ、クロトとステラを追い越すと後ろを振り返った。
そして自分を狙って飛んでくる光の帯に向けて手を翳す。
淡く黄緑がかった光が手元に球を成し、直後にそれは無数の光の矢となって光の帯へ放たれた。
一瞬にして互いの光が相殺される。
相殺されて弾かれた力が溢れかえり、場は一瞬の間だが光の壁に遮られた。
ほんの一瞬でも、時間稼ぎになったことは確かだ。

一時的に追っ手を振り払ったシャニたちは、北へ向かうことに意識を集中させた。





警備についてから何時間経っただろうか。
南の城壁から森の向こうを見ていたレイとアウルは、森の中で光が上がるのを見た。
顔を見合わせ、見張りを他の隊に任せると城壁の外へと飛び出す。
アプサントの国境を越え、さらに南へ。
白い光と緑がかった光がぶつかったのが見えた。

「あの光!」

見覚えのある力だ。
上空から森の中へ入ると、10人程の悪魔と2人の天使が、深い雪の中から身を起こしたところだった。
レイとアウルは2人の天使へ駆け寄る。

「ラクス様っ?!」
「ザラ隊長!!」

その声に彼らも驚きの声を上げた。

「レイ!アウル!」

ラクスとアスランだった。
ということは、周りにいる悪魔はカーミンの住人か。
レイは素早く頭を巡らせ、状況を把握で来ていない住人たちへ怒鳴るように言った。

「アプサントはすぐそこだ!追いつかれる前に早く!!」

悪魔たちが雪から飛び立っていくのを追うように、また光の帯が森の奥から襲ってくる。
レイは右手を翳し力を放とうとして、自分のその行動に目を見開いた。

動かそうと思う前に動いたのだ。

右手が。

わずかに青みがかった光が放射状に放たれる。
それは鋭い音を伴い、一瞬のうちに光の帯を消し去った。
彼を良く知っているアウルやアスランでさえ、驚きに言葉を失う。

(何だ?今のは…)

レイは呆然と、自分の右手を見つめる。


「アウル!お前はもっと南に行くんだ!」
「ええっ?!」

アスランがもっとも早く我に返った。
しかし突然言われたアウルは素っ頓狂な声を上げる。
ラクスが先を続けた。

「シャニさんとステラさん、クロトさんが最後に町を出ましたの!」
「えっ…?」

聞き間違いかと思った。
けれど2人の目は真剣そのもので。
アウルは迷いを半瞬で振り切り、たった今レイが吹き飛ばした森の向こうへ飛び去った。

「ザラ隊長は、早くラクス様と行って下さい」

レイはアスランを急かした。
この状況も、先ほどのことも、迷っている暇はない。
それが分かっているアスランも頷き、ラクスと共にアウルと反対の方向へ飛び去った。
彼らを見送ったレイは、アウルが向かった方向からの爆音を遠くに聞く。



自分の意思とは無関係に動いた、右手。
放たれた、想像以上の…本来のもの以上の力。

(あれは…"黒い蝶"の力だ)


シンの身体で絶望を告げた、"破滅"の力そのもの。