「ラクス!アスラン!!」


城に入ったところで2人は誰かに飛びつかれ、倒れそうになった。
アスランが何とか踏みとどまる。
ラクスは苦笑して、抱きついてきた少女の頭を撫でた。

「心配をお掛けしましたわ、ミーア」

その様子を後ろで見ていたアウルを除くシャニ、ステラ、クロトは、目が点になった。

「…ドッペルゲンガー?」
「んなバカな」
「あれ、双子?」

シャニは横で平然としているアウルに尋ねる。
アウルも実際にラクスとミーアが一緒にいるのを見たのは初めてだったが。

「うん、双子だってさ。マジそっくりだよな〜」

その声に気付いたのかミーアはシャニたちへ歩み寄り、にこりと微笑んだ。

「ようこそアプサントへ、カーミンの方々。私はミーア。
お疲れでしょうが、デュランダル議長がお待ちですのでご案内致します」


彼女はラクスとアスランの前に立つと、正面の階段を上る。
アスランとラクス、シャニとステラ、クロトとアウルという順について行く。
ミーアが1階と2階の間の踊り場へ足をつけたとき、後ろから声が掛かった。

「ミーアさん!…って、アスランにラクスさん?!」

声の主はニコルだった。
掛けられた声にアスランは驚いたが、一番下にいたアウルはその後ろの人物に驚いて駆け寄る。

「シン?!レイ、一体どうしたんだよ?!」

ニコルの後ろにいたレイは、気を失っているらしいシンを横抱きに抱えていた。
レイ自身、ニコルに聞いたわけではないのでその理由がよく分からない。
ミーアは階段を下りてニコルに話を聞く。

「…上層部に部屋が開いてるはずだから、そこに」

そう告げるとミーアはラクスに何事か伝え、今度は急ぎ足で上っていった。
レイとニコルがそれに続く。
彼らを見送って、シャニたちは前にいる2人を見た。
ラクスが答える。

「アスランとわたくしがご案内しますわ」

階段を上りながら、ステラはアウルに尋ねた。

「あの黒い髪の子って、助けてくれた子?」
「そう。後で理由聞かないとな…」

シャニたちと国境を越えた後、すぐに町の中に入ったために後のことは分からない。
ただ、レイは途中まで一緒だったが、シンの姿がなくなっていたことは覚えている。
ニコルがいるのは、要請を受けて警備に出ていたからだろう。


エレベーターで上層部へ上ったミーアは、一番奥の部屋にレイたちを通した。
この部屋は客室として作られているため、豪華さも結構なものだ。

「ニコルさんは先に議会室へ。イザークさんもそろそろ見える頃でしょう」
「…分かりました」

心配そうにシンとレイを見やってから、ニコルは部屋を出て行った。
ミーアもレイを振り返る。

「レイも、落ち着いたら議会室へ来てね」

彼がそれに頷くのを確認して、ミーアは部屋を出ると議会室へ向かった。





シンをベッドに寝かせて、レイは窓から外を眺めた。
まだ夕方には早い時間帯だが、年中雪の降るこの国では空の変貌が見られない。
この部屋は西に面しているので、わずかな色の変化は見ることが出来る。

ふと、窓枠に置いた右手が目に入った。

突然に招集されたため、周りに気を配る余裕は誰も持っていなかった。
その上アウルに手を貸した際にパルーデ軍の攻撃を受けてしまい、巻かれた包帯の不自然さは消えた。

シンには左手に、そして自分には右手に、"黒い蝶"がいる。
気付かれるわけにはいかない。

特に、シンには。

思考に沈んでいたレイは、シンがベッドから起き上がったことに気付かなかった。
後ろから近づいた彼に気がついたのは、窓ガラスに姿が映り込んだとき。
シンは何を思ったのか、レイの右手に自分の左手を添えた。

「…シン?」

不審に思ったレイはそれを声に出す。
レイの包帯を指でなぞり、シンは唇に綺麗な弧を描かせた。


「何でそんなに抑える必要があるの?」


ギクリ、と背筋に冷たい汗が流れる。
レイはゆっくりと首を動かし、シンを見た。
シンはそんなレイの様子を、面白がるように見上げる。

赤いはずの眼が、鮮やかなアメジスト色をしていた。

「なーんだ。せっかく教えて上げたのに、あの学者さんは何も言わなかったの?」

いささか興醒めしたように、彼…"破滅"は肩を竦めた。
レイは混乱する思考を何とか収めようと努める。

「なぜ…」

声になったのはそれだけでしかなかった。
しかし"破滅"は、以前見たものと同じ艶やかな笑みを浮かべる。

「この子は僕の存在を、拒絶どころか完全に受け入れた。
僕がこうやって身体の支配権を持ってるのは、まあ…その延長線上かな」

驚きに言葉を失ったレイに、今度は声を立てて笑う。

「でも、驚かすのもそろそろ飽きたからね。鏡らしく忠告してあげようと思って」

"鏡らしく"
鏡は、自分では見えない自分の姿を映す。
つまり、誰かを映し見る者として忠告をしてやろう、と。
"破滅"はベッドの上に腰掛け、足をぶらつかせながらレイの右手を指差した。


「そのうち"本人"から言ってくると思うけどね。
あんまり抑え込むと、膨大なツケを払うことになるよ?」


それだけ言うと、"破滅"はそのまま仰向けにベッドに転がり、目を閉じる。
数秒も経たないうちに小さな寝息が聞こえ始めた。
それを確認したレイは、ようやく詰めていた息を吐き出す。

「膨大なツケ…か」

随分とご丁寧なことだ。
しかし、譲れないものは譲れない。


(…好きにさせてたまるか)