黒い蝶の名は"破滅"。
世界を滅ぼす者を、滅ぼす者。
遺跡に残る黒い蝶の"証"。
血色の言葉は、先人の忠告。


「…信じられませんわ……」

ラクスが半ば呆然と呟いた。
ニコルはそれに頷く。

「それが普通なんです。誰も信じないただの物語。
ですが僕らは、"破滅"に遭ってしまった。そして"破滅"の口からそれを聞いた…」
「…つまり、"破滅という存在そのもの"に遭ったということなのか？」

アスランが尋ねた。
代わりにイザークが答える。

「正確には、ある人物の存在を借りた"破滅"だ」
「存在を…借りた？」
「身体を乗っ取るとでも言えばいいか？"破滅"自身もそう言った。『面白そうだから出てきただけだ』とな。
俺たちだけじゃなくて、そこにいるレイとアウルも証人だ」
「……誰の存在だったんだ？…その、"破滅"は」

イザークは答えなかった。
ニコルを見たが、彼も首を横に振る。

「それは言いません。本人は気づいていませんから」
「…どういうことだ？」
「記憶が消えていくそうです。"破滅"に関することが、古いものから順番に。
その人物が"破滅"と何かしら接触していたとしても、すでに消えてしまっているでしょうね」
「……」
「では、その"破滅"に、直接話を伺うことは出来ませんの？」

ラクスが言った。
レイは首を横に振る。

「それは無理でしょう」
「なぜ？」
「…『驚かすのも飽きた』と言っていましたから」
「「え？」」

イザーク、ニコル、そしてアウルの驚きの声が重なった。

「そんなこと言ったのか？アイツ…」

アウルが尋ね返すが、レイは何も言わない。
黙って聞いていたデュランダルは、徐に口を開いた。

「ちょっと良いかね？」

全員の視線がデュランダルに集まる。
それを確認して、彼は先を続けた。

「その話が真実だとして、…疑う余地もないような気もするが。
どうも、防ぐ手立てがないと思うのは気のせいかい？」
「…気のせいでは、ないですね」

ニコルは慎重に言葉を選ぶ。

「防ぐ方法があるとすれば、それはたった１つ。
アラバストロとパルーデの対立構造を無くすことです」

今のこの状態では、難しすぎる。
それは誰もが分かっていた。
しかし、他に方法はない。
両大国がアプサントのように、天使と悪魔の溝がない状態になれば。
そうすれば、"最悪"は免れるはず。
保証はないが、その確信は誰もが持っているものだった。

退路はもう、ないのだ。





晴れない思考のまま、レイは部屋へ戻った。
シンはまだ眠っていて、そのことに少なからず安堵する。
何故かは分からない。
"破滅"が現れないことに安堵していることは、確かだ。

しかし部屋を横切ろうとした瞬間、右手に激痛が走った。

「…っ、鏡？！」

シンに気を取られていたからか、部屋を出るときは気が付かなかった。
壁際のクローゼット。
その扉の中の１枚に、全身用の板ガラスが嵌められていた。


『諦め悪いな、お前』


以前と同じように鏡の背景が薄暗くなり、黒一色の人物の姿が映し出される。
気のせいか、以前よりも鮮明に見えた。
右手を左手で押さえつけ、レイは声を押し殺す。

「何の用だ…？」

嘲笑が返って来た。

『ーーに聞いただろ？あんまり俺を抑え込もうとすると、後がヤバいぜ？』

名前らしい言葉はやはり聞き取れない。
２文字の単語らしいことが何となく分かっただけ。
レイは鏡の中の人物を、ただ睨み据えるのみ。

『俺は別に構いやしないがな。そんなに大事か？あっちの器が』
「……」
『ま、どうせお前らは最後だからな』
「最後…？」

その言葉が引っ掛かった。
だが"破滅"は肩を竦めただけ。


『どこまで悪あがきが続くか、楽しみにしとくぜ』


そう笑って、"破滅"は鏡から姿を消した。