「…じゃあ、ラクスさんとミーアはハーフってことになるのか?」
「そうね。見た目はそのままだけど」
「母が悪魔で、父が天使でしたわ。2人ともすでに亡くなりましたけど…」
「ハロハロ!ワカッタカー!」
「Hallo! That's Right!」
城の上層部、小さな広場とも言える廊下の踊り場。
シンはミーアとラクスと、他愛無いお喋りを楽しんでいた。
ミーアの赤いハロとラクスのピンクハロが3人の周りを飛び回り、非常に賑やかだ。
カーミンの住人が避難してきて、もう数ヶ月が経とうとしている。
アラバストロもパルーデも、まだ大きな動きがない。
それは結構なことで、そして不安を誘う。
嵐の前の静けさ。
今まさにこのとき、静けさは破られた。
「ミーア様!!」
衛兵の1人が、血相を変えてエレベーターから転がり出てきた。
ラクスとシンの姿を認めて、衛兵は律儀にも敬礼する。
ミーアは衛兵に駆け寄った。
「何があったの?」
ラクスとシンも駆け寄る。
そして衛兵の信じ難い言葉を、間近に聞いたのだ。
「アラバストロとパルーデが、武力衝突を起こしました!!」
偵察に赴いていたレイとアスランは、信じられない面持ちで目の前の光景を見つめていた。
場所はアラバストロとパルーデの中間とでも言えばいいか。
その光景には、惨状という言葉が相応しい。
両大国の軍隊は、それこそ大軍。
力ある者がこれだけ居たのかと、場違いな感嘆を起こしてしまいそうだ。
様々な色の混じる光。
光同士がぶつかって弾ける、覆い尽くすような光。
まるで、小さな太陽がそこに生まれたかのように明るい戦場。
その中で派手に飛び散る羽と、紅い血。
こと切れた身体は、敵味方の区別もつかぬ光に砕かれていく。
「…戻りましょう」
レイは何とか声を絞り出した。
ここで見ているだけでは、何も出来ない。
アスランも何とか頷いた。
「…ああ。戻って報告をして、この戦いを止めないと……」
止めなければ。
どんな手を使ってでも、止めなければ。
それが出来なければ、さらに取り返しのつかないことになる。
自分たちの手で、事を動かせるうちに。
すぐさま代表や指揮官たちが議会室に招集された。
少しでも早く状況を伝えるために、フレイのような城の職員もいる。
シンはフレイの横に立って、現場の報告が来るのを待った。
イザークやニコル、アウルやシャニたちも居る。
そしてカガリも。
程なくして、レイとアスランが入ってきた。
2人の報告に誰もが言葉を飲み込む。
両大国の戦いを止めることなど、本当に出来るのか?
アプサントの力だけで、何とか出来るものなのか?
いっそのこと、傍観者のままでいた方が良いのではないか?
慌ただしく会議が始まり、様々な議論が飛び交う。
たくさんの声を聞きながら、シンは何だか妙な感じがした。
(なに…?)
その妙な感じは、自分の身体の奥から込み上げてくる。
(何だろう…?)
それが何か分からない。
シンは片手で自分の胸を押さえた。
ー ド ク ン ッ
心臓が、熱い。
ー ド ク ン ッ
どんどん熱くなる。
「あ…っつ……」
「シン?どうしたの?」
フレイがシンの異変に気付く。
まっすぐに立っていられず、シンはすでに前屈みになっていた。
ー ド ク ン ッ
心臓が、熱い。
痛みはなくても、熱くてたまらない。
シンはついに膝を折る。
「シンっ?!」
フレイの叫び声に、議論の声がピタリと止んだ。
レイやアウルもシンの傍へ駆け寄る。
「おい、シン?!」
「ねえ!しっかりしてよ!シン!!」
彼らの声はもう、シンには聞こえていなかった。
(そうか。終わるんだ…)
誰もが信じられない光景を目にした。
シンは翼を仕舞っていたため、彼の悪魔の翼は表に出ていない。
「おい…シン…?」
アウルが呆然と、しかしフレイも1歩、シンから遠ざかった。
シンは床に膝をつき肘をつき、何とか重力に耐える。
その背から、少しずつ翼が生えてきた。
静かに音も立てず、ゆっくりと。
それは悪魔や天使の翼よりも大きく、長い。
バサリ、と音を立てて広がったのは、天使の翼。
しかしすべての色を塗り込んだ、黒い翼だった。
それは今一度バサリ、と音を立てて羽ばたくと、パッと空間に散った。
ひらりと舞う羽はやはり黒く、地に着く前に消えていく。
「シンっ!!」
それは、力尽きたと言う表現が相応しい。
シンはどさり、と床に倒れ伏した。
フレイがシンの肩を揺さぶるが、彼はピクリとも動かない。
散った黒い羽は次々と消える。
"それ"が何か知っているレイは、驚愕に目を見開く。
そして1枚の黒い羽がレイの目の前を落ちた、その瞬間。
レイの全身を激しい痛みが襲った。